響子Ⅱ

 金髪の髪をした彼女は、多分僕が今までに出会った女性の中で最もちゃらんぽらんな性格をしている。正直奏を超えて僕を悩ませる人が現れるとは思わなかった。まあこの店のバイトに入ったのは僕の方が後なので、現れたという表現は甚だおかしい。どちらかと言うと僕の方から彼女に近づいた形だ。


 加えてサバサバとした性格で、正直彼女と話をしていると女性ではなく男友達と会話しているような錯覚を感じる。年上なのに僕よりよっぽど子供じみたところがあり、実年齢に精神年齢がまるで追いついていない。彼女を対象にすると、詩音の可愛さがより際立ってしまう。いや、響子先輩が可愛くないという意味ではないのだが、女性特有のお淑やかさがまるで感じられないので、どうにも可愛いという印象よりもかっこいいの印象が強い。実際彼女は男よりも女にモテる。リアルにこんな人がいることに、僕は普通に驚いた。


「だと言うのにピアノの音は繊細なんだよなぁ・・・」


 僕は彼女の演奏を思い出し、独り言のように呟いた。はっきりと聴いていなかったとはいえ、その音色は耳に残っている。そのサバサバとした性格からは想像できないような音を奏でるため、彼女の性格を知る前までは素敵な人だと思ったものだ。今は・・・・・いや、みなまで言うまい。だが詩音とどちらが巧いかと問われると答えにつまるくらいに、彼女のピアノの実力は本物だった。


「ところでせいじゃ君はピアノを弾けるようにはなったのかな?」


 楽器を拭きながら、彼女は僕に尋ねた。


「嫌味ですか」


「いやいや、真面目にだよ。でも確かに聞き方が悪かったね。『弾きたいか』じゃなくて『弾きたいと思うようになったか』だね」


「・・・何でそんなことを聞くんですか」


「いやぁ、もし弾きたいと思うのなら、お姉さんが手取り足取り教えてあげようかと思ってね」


「・・・・・」


「手取り足取り」


「・・・・・」


「腰取り尻取り」


「乙女がなんてこと言うんですか!!」


 本当に女性の発言か!


「まあ腰取り尻取りは冗談として、どうかな?確かにせいじゃ君はピアノなんて弾けなくても作曲できる天才だけど、弾けたら弾けたで楽しいと思うよ」


「そう、ですね」


 言っていることは間違ってない。確かに僕だって「ピアノを弾いてみたい」と思う気持ちが、ないわけではない。彼女のような上級者が教えてくれると言うならば、これほどおいしい話はないだろう。


「確かに、少なからず弾いてみたいとは思いますよ」


「お?本当かい!?」


 彼女の表情がパッ、と明るくなる。


「でも、今更って気持ちが強いんですよ。ピアノが巧い人って、本当に小さい時からやってるじゃないですか」


「まあ、そうだね」


「実際せん・・・響子ちゃんはいつからやってるんですか?」


「私は四歳の時に始めたよ。親がなかなか厳しくてね、正直あの練習の日々は思い出したくないなぁ」


「そんな思い出があったんですね・・・」


「まあそのおかげで今の私がある以上、なかったことにはできないけどね」


「まあ、つまりそういうことですよ。結局巧くなるには必死に練習するしかない。だけど今の僕は、そんな努力するほどの気力がありませんし、そもそも努力したくないです」


「なんて駄目な男の発言なのかしら」


「今更そんな努力に時間を割けるほど、時間がないってことですよ。勉強とか就活とか、考えなきゃいけないことが沢山ありますしね」


「せいじゃ君は作曲家としかやっていくんじゃないのかい?」


「それで食べていけるなんて思ってませんよ」


「夢がないね。やりたいことをやってこその人生なのに」


「響子ちゃんのくせに心に突き刺さること言わないでもらえます?」


「私のくせにって!?」


「でも実際羨ましいですよ。響子ちゃんみたいに自分に正直に生きられる人」


「へっへー!そうでしょうそうでしょう!よく私のこと分かってるじゃない!」


「いや分かりますよ」


 彼女ほど自由に生きてる人はそうはいまい。多分僕以外の人でも彼女の生き様に気付いてるだろう。


「じゃあせいじゃ君も自分に正直に生きてみないかい?」


 と、気付けば彼女は僕の真後ろに立っていた。そして僕の腰に手を回し肩に顔を乗せてくる。


「そんなにくっついたら胸が・・・」


「ん?」


「ありませんでしたね響子ちゃんは」


「私泣くよ?」


「すみません」


 流石に今のは失礼すぎた。


「まあ・・・取り敢えず今回は保留にしておいて下さい。もう少し考えてみます」


「そういう人は大抵やらないんだよね。時間がないからとか言いながら自分でさらに時間をなくしてる」


「だから正論はやめてください、心に刺さります」


「真実は言わない方がいい時もあると、分かって頂戴」


「響子ちゃんの胸も」


「真実は闇の中よ」


「イエッサー」


「分かればよろしい」


 彼女は僕から体を離す。


「まあ、そう言うならもちろん無理強いはしないけどね。弾いてみたくなったら私に言って頂戴ね。いつでも教えてあげるから」


「そんな優しい響子ちゃんが大好きです」


「私も素直な君が大好きよ?遠慮とかしないでね?」


 正直彼女の性格には振り回されることが多いが、話していて一番楽しいかもしれない。


「ところでピアノを弾いてみるなら、どんな曲が弾いてみたい?よかったらせいじゃ君の好みにあった練習曲、用意しておくわよ」


「それはそれは、涙が出るくらいありがたいことで」


 僕はほんの少し逡巡して答えた。


「スタッカート」


「初心者には難易度が高いかもね」


「アンドゥ」


「それ意味分かって言ってる?」


「スケルツォ」


「『2つのスケルツォ』に感化でもされた?でも難易度的にはいいところね」


 ・・・・・。


 真面目に答えたように思われたけど、ただの冗談なんだよなぁ・・・。

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三人のピアニスト 青葉 千歳 @kiryu0013

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