株誤発注を仕掛けて儲けろ

田舎人

第1話 株取引で大損

 大神陽彦32歳。独身。中堅商社勤務。陽彦はどうしようもない窮地に陥ってしまった。

 始まりは株取引に興味があり、貯めた小遣いでネット取引を始めたことであった。本を読んだりネットで株の学校に入ったりして万全の体制で取り組んだ。成功はすぐ目の前にあると思った。事実、最初は儲かった。自分は天才だとうぬぼれた。

 しかしそうは問屋が卸さなかった。ビギナーズラックは最初の半年間で終わり、その後は失敗続きだった。それまでに貯めた金が砂漠にまく水のように瞬く間に消えた。こんな筈ではなかったと思った。しかし、大丈夫!金さえあれば、いま狙っている株は間違いなく値上がりする。そう考えた。負のスパイラルに嵌まりこんだ瞬間だったのだが、そうとは思わなかった。

 とりあえずクレジットカードで工面した。しかしその金もすぐに消えた。もくろみはまたしても外れ、散々迷ったが、結局陽彦は会社の金に手をつけた。それでも株価は上がらなかった。それどころか下がり続けたので損失は膨らみ続けた。お粗末な話というしかないが、世間では結構な頻度で起こるケースでもある。そして彼もまた、過去の失敗事例通りに会社の金をどんどんつぎ込んだ。そして遂に使い込み金額が20億円を超えた。その時初めて、まずい、監査の目をくぐり抜ける限界を超えたと思った。この金額では10億円の宝くじが2回連続で当たってもトントンだから間に合わない。そもそも、宝くじなんて当たるはずもない。

 株取引で失敗した馬鹿な奴らの仲間入りをする最悪の想定未来図が浮かんだ。 

 しかしどうしようもないかと、半ば諦めながら、スマホで取引口座のポートフェリオを眺めた。取引の株が全て赤字で表示されているのを見て、頭が痛くなった。

 しかし、どんなん悩んでも悲しんでも腹は減る。外に出ていつものように牛丼で昼飯を済ませたが、今日は特別に味がしなかった。

 会社に戻ってPC画面を眺めていると、背後から声がした。

「大神さん、今夜良いかな」そう言って、口元で飲む仕草をした。課長の吉田の飲みのお誘いだった。部下の大神に、さんをつけるのは、経理を丸投げしている負い目があるからだろう。陽彦は不意をつかれて、断る理由が見つからないので行くことになった。本当は月末までに何とかして監査の目をくぐり抜ける算段をしなければいけないのだ。とはいうものの、すでに利用出来る顧客の取引先口座は使い切っている。だから新たに引き出す当てはないのだが、何とかならないか、まだまだ諦めないぞ、と気を取り直して思いを巡らしていたのだ。

 考えてみれば、この課長が何も分からないのでここまで不正が発覚しなかったのだ。逆にいえばこの課長でなければ会社の金に手をつけることもなかったとも思ったが、吉田を恨むという思考回路を陽彦は持ち合わせていなかった。

 ふたりは珍しく定時退社で、いきつけの居酒屋でいつものように、鶏の唐揚げと焼き鳥と湯豆腐を注文して飲み始めた。

 最初の一杯を飲み終えて「実は大神さん。近々、移動があるんだよ」と言った。

陽彦は飲みかけのビールが喉につかえた、と感じた。

「赴任先は決まっていないけど、東南アジアのどっかで、マレーシアかな、肩書きは支社長らしいけど左遷だよ。僕は英語出来ないし、経理も出来ないし、営業も出来ない、だから僕にやめてもらいたいのさ。何しろ僕は親父のコネ入社だからな。そろそろ年貢の納めどころだよ」

そう言って吉田は残っていたビールを飲み干した。それからおもむろに焼酎のお湯割りを作り、グイッと、あおった。完全なるやけ酒である。

 それを見ていて、陽彦は青ざめた。新任の課長が来たら全てがばれる。完全にお終いだ。万事休すとはこのことかと覚悟した。しかし自分の動揺を悟られないように吉田を慰め、励まし始めた。どうしたことか、そうこうしている内に何故かふたりは妙に意気投合状態になった。今までにないことである。それでふたりはもう一軒もう一軒と街を徘徊し始めることになった。やけ酒にはしご酒が加わった。

 しかし酒飲みとは不思議なもので、ふたりで飲んでいてどちらかが潰れると、どちらかが介抱するという役割分担が自然に出来あがる。今回は当然だが、吉田が先に酔い潰れた。ややもすると寝込んでしまいそうな吉田をやっとのおもいでタクシーに乗せて無事に家に帰した。やれやれと思ったその時には酔いから完全に覚めていた。

 マンションに戻って、やることもないのでいつものようにPCを開いた。間違っても値上がりしているはずはないよな、と、思いながらもポートフェリオを開いた。残念、間違いは起こっていなかった。

 いっそのこと、またリーマンショックにならないかなあ等と考えていたら、突然PCから声が聞こえてきた。飛び上がるほど驚いた。それはそうだ、あり得ない事なのだから。

「困ってますね、陽彦さん」女の声だった。

「私は巫女です。貴男のおじい様から助けてやって下さいとお願いされました」

陽彦は何を言っているんだ、この馬鹿女と思った。祖父の喜八は昨年の7月から植物人間に陥って、何も認識できない。会話も出来ない有様なのだ。

その陽彦の心が読めたのかどうか

「疑っていますね。確かに喜八様は植物状態ですが意識はあるのですよ。認識しているのですよ。ただ、残念なことに人間との交信手段を失っているのです。貴男が会社の金を使い込んで困っているのを知って、霊界で西行法師を探してお願いされたのです」

何を荒唐無稽なことをと陽彦は思った。

「その昔大神家のご先祖様が山で怪我をした西行法師を助けたのです。喜八様は大神家に伝わるその伝説を思い出して、霊界で西行法師を探し出して頼んでみたのです。法師様はずいぶんと悩みましたが、今回特別に助けることになったのです」

 大神家に伝わる話は確かに陽彦も小さいときに聞かされていた。しかし西行法師を助けた。それがどうした、と思っていた。当然である。ところがこんな馬鹿な話をする女が出てきた、一体どうなるんだと思った。

「馬鹿な話ではありませんよ。陽彦さん」と女が言ったのを聞いて陽彦は、あらあらまた心が読まれた。もしかして本当のことか?とも思ったが、そんなはずはないと思い直した。心を読むなど、あり得ない話だ。

「何年も前になりますが、ある証券会社の社員が入力ミスで株価を10分の1で売りに出すというミスを犯しました。ほんの数分で売買が成立しました。会社はミスを説明して取引のやり直しをお願いしたのですが、個人投資家の一人が引き下がらず、結局その投資家は大儲けをしました。覚えてますか」

 陽彦の記憶の片隅にそれは確かにあった。

「今回、株価を100分の1で売り出させますから、すぐに買いなさい。そして借金を清算して、株取引の世界から足を洗いなさい」

巫女のその言葉を聞いて

「その話は本当か」

と、思わず聞き返した。

「本当ですよ。売り出される日と銘柄を知りたければ真人に連絡しなさい」

そう告げて真人の携帯番号を教えると、プツンと音がして真っ黒になり、それから初期画面に戻った。

 狐につままれたかと思った。しかし、電話番号をメモった紙が目の前にある。

陽彦はすぐに電話をした。呼び出し音が聞こえた。速く出ろ、と念じた。

 すると留守電を告げるメッセージが流れた。拍子抜けを食らったが「折り返し電話をします」と言った。

「ふう」とため息をついて、立ち上がり冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

一口二口飲んだところで折り返しの電話が来た。

電話口から真人の声が聞こえた

「陽彦さんですね。明日12時にXカンパニーに来て下さい。住所をメール送信します」そう言って切れた。

 陽彦は缶ビールを飲み干し、冷凍庫からピザを取り出してレンジアップした。赤ワインを開けてピザを食った。

 信じられない展開だが、もしかしたら、本当に運が向いてきたのかも知れないと思った。なにはともあれ、全ては明日のことだ。果報は寝て待てというという諺を思い出した。

 悪いやつほどよく眠るというが、陽彦も仲間入りをしたようで、すぐにいびきをかき出した




 

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株誤発注を仕掛けて儲けろ 田舎人 @makotokagaya

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