最終話

 再び高校生活を送ることとなったエマは、自身の学費を稼ぐためにアルバイトを始めていた。かつてのように頭痛で悩まされることもほとんど無くなり、それなりにハードではあったが充実した毎日を過ごしている。

 夏休みに入ったある休日、エマは白いカーネーションと供え物として菓子を持って公営霊園のとある墓を訪ねていた。


「やっと来れたよ、しのぶさん」


 エマは少し前に奥貫の一周忌にあたる昇天記念日に参列したことで、彼女と過ごした日々の記憶を取り戻していた。初めて出会った日のこと、院内公園で彼女お手製のお弁当を一緒に食べたこと、ダンスパーティーを抜け出した彼女と満月を見た夜のこと……。


「出来ればの時に出逢いたかったなぁ……」


 エマは墓の掃除をしながら一人そんなことを呟いていた。マジお前が羨ましいよ……エマは心の中に潜む別人格の“エマ”に毒吐いていた。


『だったら彼女みたいな女性を探さないとね』


「そうそういねぇだろあんなイイ女……」


 脳内に響く声に思わず反応してしまったエマの背後からコツンと音が聞こえてきた。振り返ると蕪木が立っていて、この日は杖の支えを借りている。


「そっちも墓参りか?」


「あぁ、お前もたまには従姉さんに挨拶くらいしろ」


「本当ならそうしなきゃいけねぇんだろうけど……どっか絵空事なんだよ、親のことなのに」


「寂しいこと言うんだな」


 蕪木は甥っ子の言葉にため息を吐く。


「自分でも冷たいとは思うよ、けどしのぶさんの墓前で嘘は吐けねぇわ」


 エマは奥貫の墓前に向き合った。ここでなくても蕪木にはいずれ話そうと思っていたことだった。薄情な息子だと思われても仕方が無い、それでも世間の常識に合わせて両親を偲ぶ振りをするのは無意味な気もする……そんな考えもあってどうも足が向かないままだった。


「建前だけで墓前に立たれても嬉しかねぇだろ、多分。それにあんたが考えてるほど俺寂しくねぇし」


「そうなのか?」


 蕪木は意外だと言わんばかりの表情を向ける。


「まぁガキの頃は寂しく思うこともあったけど……母親・・はそれなりに愛情向けてくれてたし逃げ場もあったから」


「逃げ場?」


「あぁ、俺はあんたを逃げ場にしてたんだ。その分迷惑も掛けてるけどな」


「俺は一瞬たりとも迷惑だと思ったことは無いぞ」


「……」


 蕪木はエマの傍に歩み寄り、頭にポンと手を置いた。エマは下を向いて何かを堪えるかのようにぐっと小さく呻き声を上げた。小さく震える甥っ子をそのまま引き寄せると堰を切ったようにエマは嗚咽を漏らして泣き出した。


「大人になったからって一人で生きていけるほど甘い世の中じゃないんだ。辛い時は逃げたって甘えたって構わない、それはお互い様なんだから迷惑掛けてるとか思う必要なんてどこにも無い」


 蕪木はエマの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

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刹那 谷内 朋 @tomoyanai

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