後編
魔法少女ツバゼリツバメとそのパートナーであったマスコットのツキノワは、肉体が炭化するほどの火力で焼かれて絶命した。
水分を多く含んだ雪の上、周囲の椿林には焼け焦げ一つ与えない、そんな不自然な火力を用意できる者もまた限られている。
魔法少女を殺した者もまた魔法少女である、そう結論づけられるのは当然といえよう。
◆◇◆
本来のカラーとは異なるが故に今までのファンにはいなかった新たな客層の注目を浴び支持を受けたツバゼリツバメの動画は瞬く間にハニードリームの看板商品の一つとなった。ツバゼリツバメも一気にスターダムにのし上がる。
故に、同事務所の看板女優だったアサクラサクラとは新旧看板女優争いを演じることになり水面下では激しいバトルが繰り広げられたという噂がまことしやかに囁かれていた。アサクラサクラが陰湿にツバゼリツバメをいじめ抜いた、そういう話は枚挙にいとまがない。
しかし実際にはワイドショー映えするようなスター同士の熾烈なトップ争いなどはなく、特に波風は立っていなかったようだ。
ツキノワのことは嫌ってやまなかったアサクラサクラだが、ツバゼリツバメに本人に関しては思う所は別になかったらしい。彼女のSNSには、彼女の嫌いな人間や腹の立つ人間への悪口がたびたび書き連ねられたが、ツバゼリツバメに関する悪口や陰口の類は見当たらない。反対に褒めるような発言も親しさをアピールするような発言もない。そこから導き出せる結論は「アサクラサクラはツバゼリツバメには良くも悪くも関心が無かった。あるいは無関心であると印象づけたかった」になろう。
そもそもツバゼリツバメもツキノワも、二人の世界の充足して周囲との交流を最低限に絞っていた節がある。ファンが期待するような醜い争いを演じるような接点がそもそも無かったとみるのが自然ではないだろうか。
むしろアサクラサクラは二人の対立を煽る行儀の悪いファンに閉口していた節が見られる。
ツキノワのものへと思われる悪口へ寄せられたツバゼリツバメをどう思うかというリプライに関して、彼女はまさに「吐き捨てる」といった調子でコメントを返している。
「他人の人間関係に首つっこむ前にやることあんだろ、暇人かよ」
「男の趣味が悪いとは言っていましたけれど、彼女の仕事ぶりは暗に認めていましたよ。『誰かの為に』ではなく『自分がやりたいから』でこの業界に入ってきた子にはそれなりに敬意をもって接する子でしたから、ああ見えて。信じてもらえないのは日ごろの言動が悪すぎたせいでしょうね。自業自得だわ」
先述の天野ミネルヴァ氏はアサクラサクラについて語る。友人関係だったのかと問うと激しく否定するるが、氏は彼女と忌憚なく対等に話し合えるおそらく唯一の同性同業者であったことは認めている。
素行の悪さを手加減せず斬り捨てる舌鋒の鋭さから、賽の山トンネルの魔法少女虐殺ショーを起こす前までのアサクラサクラとは時々あって食事でもする程度には距離の近い間柄であったことを意識させられる。
ツバゼリツバメを追撃し、とどめをさしたのはアサクラサクラではないかという問いかけに関して、天野ミネルヴァ氏はこう答える。
「そういう噂があることは耳にしています。ですが、『耳にしている』以上のことを申しあげることはできません。私とあの子は所属元が違いましたし、皆さんが思うほど密なやりとりもしていませんでしたから」
きっとこれまでに同じことを何度も訊かれているのだろう、天野ミネルヴァ氏はうんざりした表情を隠さない。
「ツバゼリツバメの一件に関して私が知ることは皆さんと大差ありませんので、私にはアサクラサクラがツバゼリツバメを手にかけたとも手にかけていないとも断言することはできません。裏付けのない発言の拡散に加担するのは私の主義に反しますので」
こういった天野ミネルヴァ氏の発言や態度は結果的にアサクラサクラを庇うものと見なされ、彼女のアンチ勢から目の敵にされる一因となっている。
悪い妖精の手先となって同業者を殺すような魔法少女を庇うのかと。普段から悪い妖精に酷使・搾取される十八禁媒体で活動する魔法少女やそのほか出演者に労働者の権利を認める活動をしていると標榜している癖に、悪い妖精の手先になっていた魔法少女を庇うのは筋が通らないではないか、と。
そのわずらわしさもあって、彼女はこの件について積極的な発言を避けている節が見られる。
◆◇◆
表向きアダルト系動画で活躍するアイドル女優でありながら、ハニードリームの構成員として同事務所が異世界からきた妖精業界の覇権をもぎ取るための各種工作にアサクラサクラは協力していた。そのことは既に明らかである。
もはや誰も素直に信じる者はいまいが、敗北動画には「異世界からの侵略者と戦って敗北する様を記録し編集した正義の魔法少女のドキュメンタリー映像である」という、どうみても十八歳以下の少女が出てくる性的な映像を流通させるための方便がある。
前半のバトル後半の凌辱映像ともに一応筋書きはありはしても建前上は「実録映像」「ドキュメンタリー」なのだ。演出や筋書きカメラワークを徹底するツキノワのやり方が異例なだけで、大抵の現場ではその場の雰囲気による偶発性や出演者によるアドリブが重視される。
バトルや凌辱場面を演出ナシの本気でやろうということも、ベテランの撮影現場ではままあることだった。アサクラサクラが最も得意とする現場もこのタイプである。
異世界からの侵略者を演じる怪物役の俳優は、実際に異世界の騎士団や軍隊、特殊部隊に所属していたものが少なくない。戦闘力においては間違いなく本物だった。彼・彼女らと互角に渡り合わねばない敗北動画の魔法少女に与えられている魔法の力もそれに見合ったものが与えられる。
戦闘に長けた異世界の怪物たちと互角に渡り合い、敢えて魅力的に負けて魅せることのできる敗北動画の魔法少女は、ある意味では土日の朝に清らかな愛で敵を浄化する正統派の魔法少女たちより戦闘が巧みであるといえた。
少なくとも、並みの人間なら確実に死亡する彼らの責め苦に耐え抜けるのだから、肉体精神ともに頑強であったことは間違いない。
最低限の筋書きのみ、監督による演出はなし、負けて見せながら思い描いた通りシーンを作り上げる協力者として共演者を巧みにリードする「ガチ」の動画撮影を最も得意としたアサクラサクラの戦闘力を疑う者はいない。
ツバゼリツバメの事件の後から、アサクラサクラは世界のあちこちを訪れてはその旅の模様をSNSや動画サイトで報告するようになった。
リゾートを楽しみ観光地を訪れては綺麗な風景や愛らしい食べ物を写真に撮ってはアップする見るからに気楽なSNSの投稿もあれば、住民が大量死したことで知られるゴーストタウンを野次馬全開で探索するバラエティ番組風動画など、その旅の報告は多岐にわたる。
彼女の旅先がハニードリームが他の妖精の国と縄張りをめぐってトラブルを起こしている土地であったことは後によく知られることとなったが、当時の魔法少女ファンの多くはそのことを知らなかった。
決して撮影されることがない、そしてわざと負けなくてもいい現場で、彼女は持ち前の好戦的な性格と戦闘力を存分に発揮していたらしい。
なぜ彼女は所属元の勢力拡大に協力したのか。
この件に関しては、ストレス解消説、自分の理想とする撮影環境を手に入れる為に組織内で自分の地位と発言力を高めるためだったという説、成功した際に支給される臨時ボーナスが目当てだったという説の三つが有力である。おそらくその三つとも正解だったのだろう。
しかしもう一つ、単純かつ深刻な理由があった。
ハニードリームが深刻な人材不足に陥ったためである。
ツバゼリツバメの報復行動によって有能な幹部たちの半数が殺傷されたのだ。その穴を埋めるために急遽、アサクラサクラは本業以外の裏の仕事も任されるようになったと考えられる。
アサクラサクラの武器はハートのオーブのついたステッキである。攻撃対象をそれで遠慮なく殴りつけるといった物理攻撃にも使用されることもあれば、魔法少女らしくピンク色の魔法のビームを放って対象を焼き尽くすことも勿論あった。
必殺技は杖を弓状に変形させてから放つ、ハニードリーム所属の魔法少女最高火力をほこるビームである。
ブロッサムアローと呼ばれる異世界からの侵略者専用の魔法が人体に向けて放たれるとどうなるか、賽の山トンネル魔法少女虐殺ショーの動画をみれば明らかである。
◆◇◆
敗北動画に出演していた魔法少女の戦闘力は極めて高い。
それは勿論、ツバゼリツバメにもあてはまる。
ましてツバゼリツバメは魔力でサポートした徒手空拳で戦うのを得意とした魔法少女だ。おまけにツキノワの演出による過剰な暴力にも慣れていた。
焼き鏝を押し付けられても、縛り付けられ槍で突かれても、時には体を割かれても、あらかじめ肉体再生の魔法をかけられていたツバゼリツバメの肉体はものの数分で全快した。肉体再生魔法は敗北動画で活躍する魔法少女には不可欠であるがツバゼリツバメのそれは最速と呼んで申し分のないものだった。
この再生能力の高さと、過酷な撮影に耐え抜いてきたためにカメラの外で向けられる暴力や苦痛に対する恐怖に恐ろしいほど鈍くなっていた感受性こそ、彼女と対立した時もっとも厄介な面であると言えた。
並みの人間なら致命傷と呼ぶレベルの傷を負ってもものの数分で全快し、どんな武器や倫理観が狂い箍のはずれた嗜虐性をもつ人間が現れても、撮影の外では顔色一つ変えなくなった少女が向かってくるのである。
何があってもお前たちだけは倒す、それのみで。
制裁を受けて映像作家として再起不能になったツキノワの報復のために、ハニードリーム幹部が会合の場を襲撃した際の現場が、敵に回した時の彼女の恐ろしさを端的に物語る。
特殊な客の特殊な会合専門の場であった、ある料理屋の離れがその現場だった。
土壁や天井に撃ち込まれた銃弾の数、破壊された刃物の数、乱闘で破られ倒された襖、鮮血で染まった障子。警備のために雇われた手練れの護衛、この世界に進出以後、地元団体や同業者との間で起きた諍いを元ととする修羅場の数は相当になる幹部連中含めて総勢二十の血の海に転がるクマの姿をした妖精達の亡骸はすべて胴から首が斬り落とされていた。錦鯉の泳ぐ池には妖精の血液がたらたらと滴り落ちる。
この離れを片付けた出入り業者の口から部屋の惨状がもれ伝わる。
そこからは、自分の身がどんなふうになろうとも幹部連中はきっちり仕留める。そういった気迫と執念が感じられる。
別の部屋へ料理を運ぶ途中だった仲居が、胴体に撃ち込まれた銃弾をバラバラと落とし、袈裟斬りを受けたらしく顔面を斜めに走った傷から鮮血を吹き流し平然と庭を歩く、全身血まみれの十三から十四の少女を目撃する。腰をぬかしてしまったためにあたり一帯に料理がぶちまけられた。それを見て、死んでいないとまずおかしいレベルのダメージを負っている少女は、申し訳なさそうに微笑んだのだという。
「悪いね、怖いものを見せちまって」
悲鳴も上げられなかった仲居の前で、少女の肉体は見る間に再生される。血は消え、着物のようなコスチュームも本来の黒さを取り戻す。肌は白く、花びらのような唇は赤い。忍者のような姿をした魔法少女。店員の前で彼女は印を結んでどろんと煙を出し姿を消した。それこそ忍者のごとく。
料理屋の外に出た少女はネオンのささぬ暗がりで椿の簪を髪からぬく。古いテレビドラマでしか見かけなくなった黒地に赤いスカーフのセーラー服を着た黒髪の女子高生が夜の街へ消えてゆく。
そんな目撃情報は報告されてはいないが、忍者姿より古臭くて嘘くさいセーラー服姿の少女の方が紅灯の巷では目立たない筈だ。
ツバゼリツバメの襲撃事件で傷を負った無辜の一般人は運の悪い仲居だったC氏一人ということになる。
「お給料の高さから特殊な料理屋であることは承知していました。あそこで見聞きしたことは誰にも喋るなと言い含められましたから」
しかしC氏は生きているのがおかしい姿のツバゼリツバメを目撃してしまう。
そして、椿の林で黒焦げの焼死体を発見したA氏同様、目を閉じれば血まみれの少女を思い出すという事件前の自分に二度と戻れない身となってしまった。
C氏という無辜の一般人が被害にあったにも関わらず、この件は警察には届け出はだされていない。ハニードリームが補償することで手打ちとなった。
C氏はこの料理屋を辞め、現在は別の職場で働いている。元の職場で口止め料も兼ねた相当額の退職金を手渡されたこともありあの店で見聞きしたことは生涯胸に秘めたままにしておくつもりだったと語る。
「でも、あの血まみれの女の子を見てしまったことだけはどうしても私一人の胸におさめられなくて。ここ数年、あれには本当に苦しんだんです。一時期は心療内科に通ったくらいで。病院に通ってるのにその原因を正直に語れないのがまた辛くて」
ツバゼリツバメを目撃した一件のみについて語る、それ以外のことは何があっても喋らないという条件を徹底させたことから、C氏の義理堅さや口の固い性格が伺えた。
自分を数年間苦しませた出来事を語る際にも「口外しない」という約束を反故にする苦しみを眉間に表していたほどだ。
そんなC氏が取材を受け入れたのは、どんな相手でもいいから血まみれの魔法少女の残像と思い出を一人で抱え込むことに限界が訪れたためであろう。
約束を破ったと責められても、自分の主義信条に反して口外してはならないと言い含められた案件について語る苦しみに向き合うことになっても、もうこれ以上は我慢できない。
誰でもいいから語って楽になりたかったのだ。
◆◇◆
ツキノワが制裁を受けた理由は一つしかない。
己の美学に殉じた映像が「実録」や「ドキュメンタリー」の範疇で収まらなくなっていた、これに尽きるだろう。
魔法少女の戦闘を、限られた色数で表現し複雑なカメラワークで撮影し記録する必要などありはしない。まして、風に招かれ修羅の道に落ちたと嘯く少女の生きざまを情感をこめて編集するような手間などかける必要はない。
「実録」「ドキュメンタリー」その方便を守るためにはできるだけ無造作にただ撮って出した、そういう風に作る。その範囲で仕込める限りのファンタジーを仕込む。そういうさりげない作り方を良しとしていた業界であるというのに、ツキノワは頭から無視し、自分の考えるファンタジーを限界まで詰め込んだ。
方便を無視した映像が法の目を掻い潜って流通している状況には、表の世界は当然警告をせねばならない。十八歳未満にしか見えない少女がいかがわしい動画に出演しているようだが、と。
ハニードリームは表の世界で円満な商売がしたかった。いくら芸術性が高かろうが国内外のクリエイターが絶賛しようが、それがきっかけでビジネスの足場を危うくするというなら上層部にとってそれはただの不良品に過ぎない。
上層部の忠告を無視し続けた結果、制裁は下された。
「これで生きやすくなんじゃない?」
ツキノワ引退に報に接したアサクラサクラのツイートはこれのみだ。
己の信じる美の世界に囚われそれを表現することに憑りつかれたツキノワがようやくその業から解放されたことを労い寿いでいる、ようにはやはり読めず、いわゆる死体蹴りを食らわせているとしか思えないこの発言は、突然の引退の報に驚き嘆くツバゼリツバメとツキノワファンのバッシングを浴びて軽い炎上を招いた。
ツキノワ引退の報が魔法少女ファンに衝撃をもたらした数日後に、ツバゼリツバメはハニードリーム上層部を襲い、姿をくらませることとなる。
◆◇◆
暴力によって視覚を奪われた芸術家と、若く美しいそのミューズ。
秋の気配が強まり冬を迎えるばかりという時期に、よりにもよって北へ向かう二人。
古い流行歌の世界を地で行くような、小説、漫画、映画、ドラマ、様々な媒体で浪漫と尺をかけて語られるツバゼリツバメとツキノワの逃避行の実態は、さまざまな物語の作者か制作班が詳しいだろう。
終焉の地となったあの町にたどり着くまで二人は安宿、安アパートを転々としていたようだ。ネットカフェの類を利用せず、かつて私娼窟があったような場所にある安宿をわざわざ選んで逗留したのはツキノワの美意識の発露だと考えられている。
それに共鳴する層も厚いが、また「あまりにもベタすぎる」「クサい」「恥ずかしい」と鼻白む層もまた厚い。
しかしこれは本当にツキノワの美意識によるものだったのか。
ツバゼリツバメはツキノワの美意識にただ従うだけのモデル、インスピレーションを与えるだけの中身のないミューズだったのか。
本当のツバゼリツバメがどのような少女だったのか。
少なくとも何度かは彼女と接したことのあるアサクラサクラの彼女への評は、天野ミネルヴァ氏曰く「『自分がやりたいから』でこの仕事を選んだ子」というものだ。様々な物語で語られるような、ただパートナーに諾々と従うだけの少女だったとは思えない。
カメリアアリアを名乗っていた時代にはまだ未成熟だった明確な意志が、ツバゼリツバメとして生まれ変わりツキノワとのパートナー関係で表現者としての意識が確固たるものになっていったと考えられはしまいか。
ツキノワの制裁以後、今度はツバゼリツバメが作家となって自分たちの物語を演出することを決めた。
時代錯誤な映像美を炸裂させた映像作家とそのパートナーに相応しいように、古い流行歌に似合いそうな寂しい土地土地を訪れながら北へ逃れよう。それはきっと絵になる、様になる。
ツキノワの制裁から二人の終焉に至るその道程の物語は、どうにも陳腐で安っぽい。安酒を提供する居酒屋で流れる有線の歌謡曲のようだ。
安穏とした日常に埋もれることが我慢できず嗜虐趣味や古びた風俗を面白がる気質の少女がとっさに閃いたものであることを思わせる、気恥ずかしくて杜撰なものだ。
であるからこそ却って人の心を強く打つ。
北へ向かう男と少女、そのビジョンを思い浮かばずにはいられない。
その結果、二人の道行から様々な物語が作られ語られ、ファン達は二人のことを追いかけまわす。
後年、自分たちの逃避行が物語と注目されると見こした末にこのような演出を思い至り、所属事務所の幹部大半を手にかけたのちの逃亡生活の末に雪の上で焼かれて果てたというのならば、ツバゼリツバメも立派な表現者だったと言えるのではないか。
いつ削除されるか分からないアダルト動画とは異なり、彼女の演出したストーリーは、歌い継がれる歌謡曲によって受け継がれ醸造されるどうしようもない感受性に直接訴えかけるが為に、決して消されることはない。
耐用年数の高い作品を作り上げたという点のみに絞って評価するならば、ツキノワよりツバゼリツバメの方が表現者として上手であると言うことも可能だ。
この推測がただしいのならば、という仮定の話にはなるが。
◆◇◆
ツバゼリツバメとツキノワを魔法で焼き尽くしたのはハニードリームの追手である点はおそらく間違いない。
だが巷間で囁かれるようにアサクラサクラが犯人であるという証拠はない。
事件があった日、アサクラサクラが件の町から電車で数駅離れた海辺の温泉街を訪れていたのは本人のSNSの投稿からも確かである。
立て続けに投稿される真っ赤にゆだったカニを前にした自撮り写真には、温泉を舞台にした動画の撮影のためにやってきたという趣旨のキャプションが添えられている。
しかしその北の町を訪れた証拠はない。
確かなことは一つ、アサクラサクラの放つ魔法のビームを受けた人体は跡形残さず蒸発してしまうことである。彼女の魔法で人体は炭化しない。これは件の賽の山トンネル魔法少女虐殺ショー事件の動画でも確認できる。
人体が消し炭になる程度に魔力の出力を変えたことも考えられるが、それより一つ気になる証言がある。
事件当日、駅の傍にあるコンビニを訪れた少女がいたという。
藍色のブレザーに藍色のプリーツスカートという、このあたりの中学の制服によくにた服をきた少女が煙草を買い求めた。ブレザーの下にスウェット地のパーカーを着こみ、そのフードを目深に被った少女だった。あまりにもフードが深くおろされていたためにレジに立っていた店員には少女の鼻と口元しか見えなかった。
どうみても未成年、しかも小柄な中学生だったために、レジに立っていた店員は規則に従い煙草の販売を断った。
少女はそれに大人しく従い、温かい飲み物と中華まんを購入して店の外に出ている。
雪の降る町、コンビニのひさしの下で中華まんを食べていたのを店員は目にしている。
ほどなくして、がっしりした体の中年と黒地に赤いスカーフのセーラー服をきた女子高生の二人連れがコンビニに入店した。
女子高生は時々日用品や食料品を買いにくるので店員も覚えていた。よくも悪くも目立つ少女だったので記憶に残りやすかったのだ。
熊のような体形の中年は、もう夜だというのにサングラスをかけており女子高生に手を引かれていた。そのことから目が不自由なんだなと店員にも察せられた。
床がぬれていますのでお気をつけください、と声をかけると、見た目にどおりの厳つい声で「ありがとよ」と答えたという。介添えの女子高生もはにかんだように微笑んだ。
「いかにも訳ありだったけど、案外いい人っぽいなって、ホッとしましたね。男の人の方は見るからにカタギじゃなかったんで余計に」
目の不自由そうな男は煙草を求め、店員のD氏は滞りなく会計をする。
女子高生と中年男の二人連れは店の外に出た。
印象に残りやすい二人連れだったためになんとなくD氏は二人の後ろ姿を目で追う。二人の傍には中華まんにかぶりついているさっきの女子中学生がいる。ちょうど最後の一切れを口に放り込んだところのようだった。
ほお袋に木の実を詰め込んだリスのようになった女子中学生が、中年男の手を引く女子高生に話しかけているのをD氏は目撃している。
D氏はその後しばらくカウンター業務を続けた。何度か店の外を気にしていたがほんの数分経つと三人の姿は忽然と消えていた。
「雪も降ってるのにもう行ったのか。早ええなあ、なんてぼんやり考えてましたね」
あのセーラー服の女の子ここしばらく見かけないね、と、バイト仲間との雑談の最中にうつろう話題としてあの少女が登場したことでようやくD氏はあの雪の日以来彼女の姿を見ていないことに気が付いたという。
「どこ行っちゃったんでしょうね。あの子。国道沿いにある新しい方のコンビニに行っちゃったんすかね。店長には言えませんけど、古いし狭いしおでん臭がしみついて取れなくて夏でも匂うくらいですしね、うちの店」
D氏はこの町の住民ではない。より海に近い町から通学とアルバイトのためにこの町に通っている。
この町の山沿いで焼死体が発見されたことは耳にしていたが、それをあの雪の日に見かけた少女のものだと関連づけてはいる様子はなかった。
「なんなんすかね。自殺っすかね。でも他人の敷地内ではマズイっすよね。どう思います?」
反対にそのように尋ねられた。
◆◇◆
当時キリサキキッカという名前でハニードリームに所属していた異世界出身の魔法少女の面倒を、アサクラサクラが買って出ていた。
親切心というよりも、異世界出身の少女のただならぬ資質を見抜いて手駒にしようとしていた節が見られる。その目論見は終盤で裏切られることにより破綻するわけだが。
キリサキキッカは敗北動画ではなく、魔法少女同士の戦闘を見世物にするショー専門のキャストとしてスカウトされた少女だった。
異世界のある戦争で難民となり、ブローカーに売り飛ばされて少年兵となり戦場で生き抜くために軍隊式の戦闘魔法を身につけた少女である。このあたりのことは先日刊行された本人の自伝に詳しい。
アサクラサクラが引き起こした塞の山トンネル魔法少女虐殺ショー事件に同行した後に彼女を裏切り、失われた国の王族である出自を明らかにすると自らの宿敵とハニードリームボスを圧倒的な魔力で屠って配信視聴者の度肝を抜いた。
そのキリサキキッカが、蛹から羽化する蝶のように小柄な中学生の姿から光り輝くように美しい成人女性へと一気に成長した壮麗かつ堂々たる大変身は今でも伝説として語り継がれる。
かつてのキリサキキッカ、現在の魔狼王国女王は、この時に見せた強烈なインパクトや美しい女王姿に反したとぼけた言動に見られる親しみやすさ、そして子供が戦争や悪い妖精の犠牲になるような事態を決して許さない姿勢で一気に世界のヒロインの一人に名を連ねることとなる。
少年兵として異世界各地の紛争地帯の悲惨な現実を目の当たりにしたこと、そうとは知らなかったとはいえ悪い妖精の元で悪事を働いていたことを包み隠さず明らかに語り、であるからこそ甘言を弄して子供たちが不幸に誘う戦争を起こす大人たちや悪い妖精たちを決して許さない。そのための事業を立ち上げ、積極的に活動を行う。
そんな彼女には現在世界の各地に無数のファンがいる。その支持層は変身前のローティーンの少女姿に孫や友達のような親しみを感じる老若男女から、魔法の銃火器を使いこなす戦闘力の高さに圧倒される青少年層、変身後の堂々とした女王姿の振る舞いや発言を支持する著名人まで多岐にわたる。今や立派なセレブリティだ。
そんな彼女がこの世界に来てまだ間もなかった三月のあの時期にあの北の町にいたことは間違いない。
「地球と呼ばれる世界に来て間もない頃、私は初めて雪を見ました。今まで比較的暑い所にいることが多かったせいで、雪はとても珍しく、寒さにこごえながらもその白さや冷たさに感激したことを覚えています。
そこで先輩の一人に出会いました。とても強くて綺麗な方でした。口に咥えた煙草に火を点ける仕草が、今まで生活を共にしていた仲間たちとはまるで違うことに驚いたことを覚えています。
ただ戦えばいい、作戦内容だけ頭に入れておけばいい、そう仕込まれて育った私たちの仕草はどうしてもがさがさと粗く荒んだものになってしまいます。でもその人の仕草にはどこかしっとりと濡れたような所がありました。
このような雰囲気を持つ人は、この数年私の周囲には一人もいませんでした。
その当時はつとめて思い出さないようにしていた幼いころの記憶、特に亡き母の記憶が蘇りそうになったので怖くなり、慌てて別のことを考えました。
作戦命令以外のものにたくさん触れていると、このようにしっとりと濡れたような雰囲気の人になるのだろうか、煙草の匂いを嗅ぎながら降ってくる雪を見つめ、そんなことを考えていました。」
地球に来た当初の思い出を、自伝の中で魔狼王国女王は「はじめてみた雪」というタイトルをつけてこのように綴る。
自伝とはいうものの、少女時代の女王が見聞きしたことに関する思い出を独特の抒情を交えつつ主観的に語るのがメインの本だ。少年兵時代の過酷な体験、そこで目にしたはずの戦争犯罪、ハニードリームの悪事の実態など大多数の読者が期待したことは何一つ語られておらず、しょせんタレントのエッセイ本でしかないと批判されながらもその年のベストセラーになったことは記憶に新しい。
固有名詞は全て伏せられ、キリサキキッカ時代に接したであろう魔法少女達は直接行動をともにしたアサクラサクラを含めて全て「先輩」として語られている。
煙草を咥えて火を点けたのが誰と誰なのかが分からぬよう恣意的にぼかしているところからみられるように客観的事実など語る気はないと宣言するも同然な本書で、わざわざ女王はこの雪を見た日の思い出に一章を割いている。
とても強くて綺麗で濡れたような雰囲気の先輩が、それだけ印象深かったのだろう。
先述のD氏は、雪の日に不思議な三人を店員として応対した日に、以下のようなやり取りを目撃していた。
中華まんを口の中にほうりこんだ為に頬をふくらませた女子中学生が、目の不自由な男と女子高生の二人連れに話しかけていたのを目撃した直後、D氏はレジ内の作業に気をとられて三人から目をそらす。
その後D氏がなんとなく再び店の外に目を向けると、あろうことか女子中学生が男から差し出された煙草を受け取り、一本唇に咥えていた所だった。
さっきまで中華まんにかぶりついていた無造作な唇に煙草、あか抜けない制服姿でなければ小学生でも通じそうな小柄な少女だったからこそD氏は驚いて店の外の様子を凝視する。
女子中学生が咥えた煙草に、女子高生が手慣れた仕草でライターに火を点けてやる。身をかるくかがめて煙草の先に風が当たらぬよう手で壁を作り、ライターの火を近づける。火をつけてもらった女子中学生は無造作に会釈をし、手慣れた様子で煙を吹かす様子までをカウンターからD氏は眺めていた。
「見ての通り、ここ近くに学校があるんですよね。そこの先生もしょっちゅう利用してますし。せめて隠れようとか人目を避けようとかそういうこと考えた方がよくね? なんてことを考えてましたね」
そのせいでD氏の頭にはこの雪の日のことが記憶されていたと思われる。
この雪の日の一件以後、女王の自伝に登場する「先輩」はアサクラサクラを思わせる人物が多くなる。
裏付けるようにアサクラサクラのSNSにもキリサキキッカはよく登場するようになる。写真に見切れる、突拍子もない彼女の言動をイジる、等。こうすることによって手駒として利用するだけでなく、可愛い後輩を次期スターとして育てる意志はあったようだ。
以上の情報から判明する事実のみを抽出するとこうなる。
ツバゼリツバメとツキノワ終焉の地にアサクラサクラは訪れていない。
キリサキキッカは魔法の銃火器の扱いに通じていた。
お互い変身前だったキリサキキッカとツバゼリツバメ及びツキノワは、この町で顔を見合わせている。
キリサキキッカはこの日のことを忘れがたい思い出の一つにカウントしている。
この時に出会った先輩をとても強くて綺麗な人だったと語っている。
この一件以後、アサクラサクラはキリサキキッカを使える手駒であり可愛い妹分として面倒をみるようになった。
誰がツバゼリツバメとツキノワを雪の上で焼殺したのか、ここから導き出される結論は一つしかない。
◆◇◆
今年も雪の上で黒焦げの少女の死体が発見された日となった。
その年とは違い、今年のその町は雪は降っていない。まだ溶けきるには時間のかかる雪が地面や空気を濡らしていたが、春めいた土の香りが漂っている。
一年ぶりに訪れると椿の林の入り口に、真新しい小さな地蔵が鎮座していた。
二人のファンの有志がA氏の許可を得て設置したものだという。その前に花や線香が既に供えられていた。これらのお供えは地蔵を設置した有志が片付けることで話がついたそうだ。
「無断で敷地内を歩かれるくらいならこうした方がいいとおもいましてね。結局どこの誰が亡くなったのか本当のところはわかりませんし、迷惑もこうむりましたけど、まあやっぱり可哀想ですよ。若い女の子がこんなところであんな姿になっちまうのは」
A氏はしゃがんで地蔵に手を合わせた。
実録 魔法少女焼死事件その真相 ピクルズジンジャー @amenotou
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