実録 魔法少女焼死事件その真相

ピクルズジンジャー

前編

 その年の三月、彼岸を数日後に迎えるというのに日本海側のその町には雪が降った。


 水分を多く含んだ重たい雪を被った椿の林に横たわる焼死体を発見したのは、山林の持ち主である男性A氏である。おなじ集落に住む知人から、椿の林からこのあたりの住人らしくない声がすると連絡が入り、気になって様子を見に来たのだという。A氏の持つ田畑から近くにあるその椿の林は山の麓に接しており昼間であっても薄暗く人目に付きにくい。


 よからぬ輩が悪さでも働いているのかと、恐怖と憤懣のないまぜになった心境でその年の冬に降った雪が厚く溶け残る椿の林を訪れたA氏は損壊の激しい焼死体の第一発見者となった。


「びっくりしたのしないのって、そんな、簡単に言えるもんじゃないですよ」

 今でも目をつぶったってあの死体が瞼に浮かぶんですから、とA氏は語る。



 子ども程の大きさに縮み胎児のように身を丸めた黒焦げの焼死体の損壊は激しく、司法解剖の結果、十代後半から二十代前半の若い女性のものであること、また亡骸の主は小動物を胸にだく形で絶命したことが明らかになるのみであった。


 その冬かけて降り積もった雪の上に遺体が横たわっていたにもかかわらず周囲を踏み荒らした足跡がまったくみられなかったこと、そして完全に炭化するほど死体が焼けているわりにガソリンなどの可燃物を撒いたような形跡が見られず周りの椿は全くの無傷であるなど周囲の不自然な状況が検証される至って、亡骸は生前ただの少女ではなかった疑いが濃厚になる。

 少女が胸に抱いていた小動物がどうやら本来なら地球上に存在しえない生物であることからそれは決定的になった。

 

 この亡骸は数か月前に世間を騒がせた、ある魔法少女のものである、と。


 魔法少女ツバゼリツバメ、それがその少女の名前だ。

 所属事務所ハニードリームの社員構成員約二十名を殺傷したのち表舞台から姿を消した敗北動画のスターとして世の中を騒然とさせていた少女に違いない、関係者はそう確信したという。


 失踪するまでの数年間、彼女はパートナーであった映像作家のツキノワの手掛ける動画の主演を務めていた。

 ツバゼリツバメが、独特の美意識が細部まで貫かれた映像で注目されていた映像作家・ツキノワのミューズでもあり公私のパートナーであることはファンの間ではよく知られていた。

 国内外に多くの支持者を抱える有名クリエイターでありながら高すぎる美意識と作品への拘りから所属事務所上層部とのいさかいが絶えず、幹部の某に疎まれた末に制裁を受ける。その傷のために映像作家として再起不能になったツキノワの報復を誓ったツバゼリツバメが彼らを返り討ちにし、手に手を取って逃げることにした。

 これが二人の失踪の理由だとファンの大多数は今でもそう信じて疑わない。


 結局、この焼死体がツバゼリツバメのものであるとは公式には発表されることはなかった。

 捜索願が出されていた行方不明者リストの中に亡骸と同じ特徴を持つ少女は発見されず、行旅死亡人として処理され最終的には無縁塚に葬られた。遺体が抱きしめていた小動物の骨は、亡骸のそばに落ちていた焦げた煙草のフィルター一つとともに遺留品として警察署に保管されている。


 現在、魔法少女には二種類に大別される。


 職業柄オープンにされはしないが、この世界の住人としての籍があり普段は当たり前の日常生活を送っている少女と、もはやこの世界の住人として生きる資格を失った異世界の住人として生きざるを得なくなった異形の少女の二種類に。

 前者の少女はこの国の法律に守られるが、後者の少女に適用されるのは異世界からやってきた妖精たちの法のみである。表の世界の法から自由であるかわりに庇護もされない彼女らが何をしでかしどこへ消えようがこの国の司法は気にかけることはない、無辜なる一般人が巻き込まれでもしない限り。


 ツバゼリツバメは後者の魔法少女である。

 異世界の妖精達と魔法少女になる契約を交わす前にあったはずのこの国の戸籍は見つからなかった。契約時に妖精の魔法で彼女に関する一切の記載がこの世から失われたと見るべきであろう。


 本件で被害にあったのがすべて異世界の妖精たちばかりだったことから警察は早々に捜査を打ち切った。

 無辜なる一般人の被害もA氏が軽いPTSDを患ったこと、また焼死死体が発見された日にはどこからともなくやってくるツバゼリツバメとツキノワのファンが椿の林に無断で訪れては供えてゆく、花や手紙や線香の処分にA氏の親族が毎年頭を悩ませる程度で済んだことも彼らにとっては幸いした。


「全く、いい迷惑ですよ。なんでよりにもよってウチの敷地内でおっ死ぬんだか。こんなこと言いたかないが、よそでやってほしかったですよ」


 事件から数年経ってもA氏の怒りと苦しみは消えない。


 ◆◇◆


 事件の現場となったA氏の山林のある北国の町の中心街、シャッターの降ろされた店が目立つ商店街からほど近くにあるアパートに、父娘を名乗る二人連れが転居してきたのは事件の半年ほど前、あぜ道に彼岸花咲く頃だった。


 父親に見える男は、筋肉の上に脂肪ののった恵まれた体格の中年でサングラスをかけていた。目が不自由なのか、傍らにつねにいる少女がいて男の行動を細やかに補助していた。

 娘にしか見えない少女は、大きな眼を伏し目がちにし肩をこす長さの黒髪が印象的で、黒いセーラー服を着ているにも関わらず十代の少女にしては浮ついたところのまるでない姿が印象的だったとアパートの隣人だったB氏は語る。


「見るからにワケありだったね、あの二人は。娘さんの方はそりゃきれいなんだけど、なんていうか、暗くてねえ。髪は黒いし肌なんか真っ白で、化粧っ気もないのに唇は赤くって。見るからに幸が薄そうっていうか、三十から四十年くらい早く生まれたんなら居場所があったんじゃないかっていうタイプでさあ。今時黒地に赤いスカーフのセーラー服なんか着てるのが嘘くさいじゃないですか、この辺の高校でそんな制服の学校ありゃしませんし」


 セーラー服を着ているにも関わらず、その娘は日ごろ学校にはいかず父らしき男の世話をやいて生活していた。父らしき男は光を失ってまだ日が浅いらしく日常生活に往生することが多いようだった。

 ごつごつとしたグローブを思わせる手にほっそりした手を添えて、気をつけて、雪が降り積もる時期になると、そこ滑るよ、といった声をかけながら、二人連れだって道を歩いている様子を時々みかけたとB氏は語る。


「まあ明らかにワケがありそうだったにしても、いい子だね、なんてあたしは単純に思ってましたね。熊みたいにいかつい男にああやって献身的に尽くしてさ。たかだか十六、七の女の子がですよ? だから、そんな親父に若い時分をささげるなんてもったいないことしてるなあなんて、心の中では思ってましたね。思うだけでしたけどね、若い時なんてそりゃあ、口うるさい酒で声が焼けたババアの忠告に耳なんて貸しやしないじゃなですか。分かるんですよあたしも、そういう頃がありましたから」


 B氏は二人に関してそう語る。隣に住んでいた二人が、失踪した魔法少女とそのパートナーたるマスコットであるかもしれないという噂は耳にしていたけれど、信じてはいないと笑いながら語った。


「まさか、だってねえ。魔法少女ってあれでしょ? ちっちゃい女の子が見るアニメみたいなああいうの。あの子は全然雰囲気が違いましたよ? 魔法のマの字もありゃしませんでしたもん。連れてる親父も熊みたいな大男でしたしねえ、今日日どこでも煙草吸って、たまに出す声もガラガラした低い声で。『おい』とか『行くぞ』なんて声もその筋のもんって感じで、妖精じゃなく妖怪っていうならまだしっくりしましたよ」


 それでもB氏の隣の部屋に住んでいた謎の二人が、A氏の管理する椿の林で身元不明の焼死体が発見された日から姿を見せないのは抗いようのない事実である。

 その点からB氏も無残な焼死体が隣に住んでいた少女のものであると確信はしているようだった。


「本当にねえ。肌が本当に白くって、暗いけど奇麗な女の子だったんですよ。愛想はなかったけれどたまに話しかけるとちょっと笑ったりして、一人になるとぬいぐるみのクマなんかと話したりして。うっかりそういうところを見ちまうと恥ずかしそうにするんですが、そうすると初めて娘さんっぽくなるような控えめな子で。そんな子が真っ黒こげの焼死体になるなんて。辛くってねえ。何があったかわかりゃしませんが、あんな親父とうつつをぬかしていた分悪い連中とのトラブルに巻き込まれちまったのかねえって考えると、やっぱりまともな生活に戻りなって声かけた方がよかったのかねえなんて後悔しちまいますね、柄にもなく」


 涙声のB氏は鼻をかむ。そして父親らしき男を批判する。


「それにしたって薄情じゃないか、あの子の父さんのふりをしていたあの男は。目が見えないからってあの子を守りもしないなんてさ。あんなレスラーみたいな図体していたんなら反撃の一つもできたんじゃないのかね、あの子一人見殺しにして自分ひとり一体どこでのうのうと生きてやがるんだか」


 隣に住んでいた二人連れが妖精業界で手配書が出回っていた魔法少女とそのマスコットだとは頑なに信じない、それどころか異世界交流が珍しくなくなったこの時代であっても魔法少女が実在することを受け入れられないらしいB氏は、焼死体が抱きしめていた小動物が彼女のマスコットであるという仮説があることを一笑に付す。


「そんな噂は隣に住んでたあの子を知らないから言えるんですよ。あの二人を一度でも見ていたら、そんな噂バカバカしくって信じる気も失せちまいますよ。あのクマみたいな親父が、妖精って」


 かつての二人が暮らしていた部屋はまだ空き室のままだ。

 事情を知らない人が何度かこの部屋の主になるものの、どこからともなくやってきては周辺をうろつくツバゼリツバメとツキノワのファンに困惑してすぐに去ってゆくのである。

 B氏もそんなファンに話しかけられ隣に住んでいる二人連れについて尋ねられたことが何度かあるそうだが、その都度「そんなことあるもんか」と笑い飛ばしているうちに全く相手にされなくなったと語った。


「あの人たちの話す内容は、まあ漫画じみていてねえ。おばちゃんにはついていけやしませんよ」


 ◆◇◆


 映像作家・ツキノワが手掛けた動画は今でもアダルト系の動画サイトで閲覧可能だ。

 正義の魔法少女が怪物や魔物に敗北し凌辱の限りを受けるというこの種のジャンルの定石に従いつつも、どこまでも魔法少女が主演する動画においては異端であり独自の美意識にのみ忠実であろうとした気迫と気概がうかがえる。


 構成される色彩は黒と白。黒と白を混ぜ合わせた灰色の濃淡で奥行きを情感を表現し、そこに血を思わせる赤が差し込まれる。赤は動画に主演するツバゼリツバメの髪をまとめた椿の簪や滑空する燕が染め抜かれた丈の短い着物風コスチュームの裏地の色でもあり、首に巻かれた襟巻の色でもあれば、変身すると十三、四になる少女の裸体を縛り付ける縄の色の時もあり、その体が裂かれた時に溢れる大量の血や臓物の色でもある。


 ツキノワの手掛ける動画のストーリーはおおむね同じだ。もっとも敗北動画という媒体で語られるストーリーはクリエイターが異なれど皆ほぼ同じ、あってないようなものであるのだが。

 

 この世の裏側からやってきた魑魅魍魎、またはその魑魅魍魎を操る怪僧や妖術師の類から人々を守るために何の因果か少女の身の上で退魔稼業を引き受けている忍者型魔法少女のツバゼリツバメが戦いを挑んで敗北し、無残な姿を晒すというものだ。異世界からやってくる怪物の類と戦って敗北するというこのジャンルでは約束事になっている流れを忠実に、そしていささか投げやりな態度で踏襲している。


 特異なのはやはりその映像美と責めさいなまれる様子を鑑賞するというジャンルであっても過剰にすぎる暴力性であろう。ツキノワの手掛ける世界に、まぶしいほど白い裸身を晒して目をそむけたくなるほど過酷な責めに耐えて飲み込みついには破れちるツバゼリツバメの幼さの残るほっそりした肢体の美しさと、少女とは思えない迫真の演技力が特異性を推し進める。

 縛られ、炙られ、掘られ、叩かれ、割かれ、臓物が零れ落ちる寸前にあっても、悲鳴ひとつあげず赤い唇を結んで苦痛に耐える少女の表情には見る者の視線を引き付けるものがあることはツキノワの作品をみたものが認めざるを得ない所だ。たとえ描かれるのが目をそむけたくなるような凄惨な暴力であったとしても。



「ツキノワ作品にある種の芸術性、おそらく美と呼んでいいものがあることは私も認めます。彼の作り出す映像の世界を求める人々がいることも理解はできます。でも、主演を務めているツバゼリツバメは当時実年齢も未成年です。そんな少女が過度の暴力を受けている映像を、その芸術性のみで擁護することは私にはできません」


 異世界の女騎士という出自から自身も敗北動画で活動した経歴を持ち、この世界に帰化したあと夫と共にアダルト動画制作会社を運営しながら同媒体で活動する女優・俳優の労働条件向上のための活動し積極的に発言する天野ミネルヴァ氏は語る。


「当時の魔法少女業界は魔法の力を求める少女の切なる願いに付け込んで不当な契約を結ぶ、今なら到底許されないやり口が堂々とまかり通っていましたから。ツバゼリツバメは当時のいい加減な商習慣の犠牲者の一人であり、ツキノワは彼女を搾取した大人の一人としてみるのが妥当。それが私の見解です」


 己の美の世界に殉じた男と同行した影のある少女、そして迎える無残な死。


 ツバゼリツバメとツキノワ、この二人をめぐる物語に惹かれるものは事件から数年経った今日でも少なくない。

 時代錯誤ともいえる二人の逃避行に、魔法少女ときくと半笑いを浮かべざるを得ない中高年ですら無関心ではいられなくなる。ツキノワの手がける20世紀後半におけるこの国のサブカルチャーに薫陶を受けた懐古趣味の横溢するものであったことがよりこの世代を引き付けた。

 よって彼らの事件を元にしたさまざまなフィクションが作成されることとなる。小説、漫画、映画にドラマ等。

 天野ミネルヴァ氏はそれらに批判的である。


「立場上、この世に生み出される様々なビジョンやイマジネーションを批判することは致しません。しかし、不当な条件を結んだ少女相手に己のセックスファンタジーを押し付けた男とその犠牲になった少女の物語を『至高の愛である』と語る感性を私は今後も持ちえません」


 彼女は強い口調でそう断言した。


 ◆◇◆


 ツキノワと出会うまで、ツバゼリツバメは別の名前で活動する魔法少女の一人であった。魔法少女カメリアアリア、それがその名である。


 当時、業界最大手の敗北動画制作会社として名を轟かせていたハニードリームに所属していた魔法少女の一人である。ゴシックロリータ風のコスチュームの似合う昏い雰囲気の美少女だと一部マニアからは注目されたようだが、その当時は名もないスター候補生の一人にすぎなかった。ピンクや水色、レモン色のコスチュームをまとった元気で明るい美少女が無残な目に遭うのが売りだったハニードリームの作風に、暗く陰気で薄幸そうなカメリアアリアは嵌らなかったのだ。


 嵌らなかったのはカメリアアリアと呼ばれていた少女だけではない、ツキノワもうそうだった。黒と白と赤を愛する妖精の映像作家は、上層部の指示でネオンカラーの衣装をまとった少女たちが異世界の怪物に蹂躙される動画を撮っていたが、その際やる気がまったくないことを隠そうとしなかったと語られる。



「この業界になんか大層な芸術家意識もってやってくるヤツ死んでくんねーかなマジで。芸術やりたいなら自分で金集めて自主映画でも撮ってろ。クラウドなファンディングにでも頼っとけ」

「前に酒飲んで仕事場に来た上に煙草吸いだすヤツとかがいてクソ腹立ったから現場から追い出してやったし。しょうがないからその時の撮影あたしが仕切る羽目になるし」

「あーもう今思い出しても腹立ってくる。今この瞬間にでもトラックに轢かれて後輩に嫌われてんのに気づいてないどっかのバカ大の映研部長にでもうまれかわってくんねーかなあのクソ熊」

 

 

 二年前、俗にいう賽の山トンネル魔法少女虐殺ショー事件を繰り広げ、今なお逃走中の魔法少女アサクラサクラはかつてSNSでこのように発言している。

 「大層な芸術家意識もってやってくるヤツ」「前に酒飲んで仕事場に来た上に煙草吸い出すヤツ」「クソ熊」、これは全て同一人物を指すといわれる。無論ツキノワだ。


 映像の上では愛らしく元気のいい、それこそ女児向け番組にでてくるようなヒロインの型だけを真似たようなピンク色の少女に徹しながら舞台裏では自らそのキャラクターの虚構性をはぎ取り歯に衣着せずずばずばと軽快に毒を吐くというキャラクターで一部界隈では人気を博していた魔法少女アサクラサクラとツキノワの相性は、本人が語るように最悪だったようだ。「ようだ」と、伝聞調になるのは二年前の事件により当時のことを知るハニードリームの関係者がほぼ全員この世ににいない為である。


 映像作家ツキノワの不遇時代、アサクラサクラはすでに敗北動画の女王であった。ハニードリームといえばネオンカラーの魔法少女たちが怪物に犯されながら嬌声をあげる映像というイメージを植え付けたのも彼女の功績であろう。



「魔法少女、なりたかったんですよね~。土日の朝とかにやってたりテレビの歌番に出てるような、正統派のキラキラした女の子見てるうちに自然に憧れて。でもなんかあたしの憧れって他の子となんか違うなーって気がついて」

「これ言うと大体ドン引かれるんですけど、あたしあの正統派の子たちが敵に捕まってピンチになるシーンが異様に好きだったんですよ。ちっさい時から録画してたのを親に隠れて何度も再生してたりして。あの服ビリビリに破いたりすればいいのになあ、なんて考えたりして。あ、ホラ引いた」

「いつだったかな~、友達のお兄さんとかが持ってたマンガかなんかで可愛い魔法少女が触手にグルグル巻きになってパンツ剥かれかけてるような絵を見ちゃって。その瞬間『これだ!』ってなっちゃったんですよ。『あたしがなりたいのはこれ!』って」

「それで速攻うちの事務所に履歴書送って、でうちのボスと形だけ面接してそのまま契約って形になって。さすがにあたしみたいなヤツ、めちゃめちゃレアっぽいですね。他の子なんて殺された両親の仇をとりたいとか、好きな人の病気を治したいとかそんな理由で契約してるやつばっかだし。だから馬鹿正直に語る度に毎回ドン引きされてましたよ」

「エッそんな理由で魔法少女になったの? 引くわ~って目で見られるのがもうめんどくせーから最近は『借金のカタにとられた工場とりもどそうとしてテンパった挙句、よせばいいのに手を出したバクチのドツボにはまって三日に一回はビルのてっぺんで鉄骨の上歩かされてるうちのバカ親を助ける為』ってことにしてます」

「そうしとくと楽なんですよね、魔法少女仲間は勝手に傷舐めモードに入ってくるし。偉いおっさんたちはなんか同情して小遣いくれるし。イヤお前ら鉄骨の上歩く貧乏人みてゲラゲラ笑ってる方じゃん、このはした金鉄骨歩いてる貧乏人に恵んでやれよ、ツッコミ待ちかよってなりますけどねー。まあ小遣いくれるのは嬉しいんでツッコミませんけど、黙ってますけど」


 

 SNS上のキャラクターが敗北動画や魔法少女ファン以外にも認知され始めユニークなインフルエンサーとして注目され始めた頃のインタビューに、アサクラサクラは自身がなぜ魔法少女になったかをあっけらかんと語っている。その当時は「愛らしい外見に反した過激で突飛な言動をするキャラクター上の演出」として受け止められ、誰も本気にしなかったのだが。そして彼女もそれを見こして語っていた筈である。


 賽の山トンネルの虐殺ショー事件以降、彼女がただのアダルトコンテンツで活動するアイドル女優ではなかったこと、その魔法の力を駆使しハニードリームの勢力拡大のために妖精達の業界で実力を行使し暗躍していた一面も徐々に明らかになりつつある。しかし、それでも自身の活動場所であった敗北動画の撮影には高いプロ意識で臨んでいたことは事実である。

 自ら進んでなりたかった魔法少女になった彼女は、天職として敗北動画の出演及び作成に取り組んでいた。その演技、映像、プロ意識は、彼女の裏の顔が明らかになりつつある今でも評価が高く支持者は多い。

 

 プライドと熱意をもって臨んでいる職場に、全くやる気を見せない者が監督という立場でやってくれば諍いが起きるのも当然であろう。


 ◆◇◆


 ツキノワはハニードリーム所属の妖精である。生前、メディアに露出する機会の極端に少なかった彼がどういった出自で、何故に敗北する魔法少女の動画を撮影することになったのかは想像を交えて語らなければならないことが多すぎる。

 確かなことは、ツキノワがどこかで昭和の後半のサブカルチャーに強い影響を受けていいたことと、己の描き出したい映像の世界が所属元の指向する世界と相いれないものであった点だ。



 不遇の妖精ツキノワは、ピンクや水色にレモン色など自分にとっては不快でしかない色彩が渦巻く現場で、ファンたちが運命と称するような出会いを果たす。

 

 その相手こそ魔法少女カメリアアリアだった。


 異世界の怪物に攫われ嬲られるという端役でその日の撮影現場に訪れていた、ゴシックロリータ調コスチュームの薄幸そうな少女にツキノワは目を止めた。

 白い肌に黒い髪、黒いドレス、その中であって唇と椿の髪飾りだけが赤い、伏し目がちで世を拗ねたような少女に。

 

 撮影終了後、ツキノワはカメリアアリアに声をかける。

 事情を聞きだす。

 そしてあくる日には上層部立ち合いの元、カメリアアリアと直接契約を結ぶ。その際に名前をツバゼリツバメに変更させた。変身後のコスチュームも同様に。


 かくしてゴシックロリータ風魔法少女は、それまでのイメージを一変した忍者型魔法少女として再デビューをはたすことになったのだった。


 ◆◇◆


 巷に蠢く魑魅魍魎の気配を察知するや、懐から椿の簪を取り出しす。。

 身に着けていた衣類が翻り、一瞬裸身をさらす少女の体に丈の短い着物のようなコスチュームが纏われ、赤い襟巻が首を覆う。伸びて結い上げられた黒髪に椿の飾りのついた簪を指す。

 それがツバゼリツバメの変身の行程である。


 通常の魔法少女はローティーンの少女がハイティーンに成長する、もしくはミドルティーンの少女がコスチュームだけ着替えることをもってして変身となるが、ツバゼリツバメが特殊だったのはそのセオリーの裏を張っていたことだ。

 変身前の少女・侘助つばめは独特の影のある雰囲気をまとった大人びた女子高生だが、変身すると十三、四の敏捷そうな体躯の少女となる。高校生とは思えないほっそりとしていながらたおやかなシルエットを持つ少女が変身すると、少年めいた体格を有する中学生程度の少女になるのがまず珍しい。

 いかにも嗜虐趣味と相性の良さそうな変身前の姿ではなく、あえて未成熟な少女の状態に変身させてから苛烈な責めを加えるというスタイルからツキノワの性癖や性的嗜好・指向を云々する声も多い。

 なんにせよ、敏捷な少年めいた体格を持つ少女忍者というツバゼリツバメの姿こそがツキノワのインスピレーションを最大限に発揮できるものであったことは疑いようがない。



 忍者型魔法少女という設定を活かしているためか、魔法少女と名乗りはしても彼女の戦闘スタイルは高い身体能力を活かした徒手空拳であった。魔法の効果でどれだけ投げても尽きない苦無を投擲する。燕の名の通り時にひらりと宙を舞い、見た目が十三から十四の小さな体で俊敏に動き、抜いた小刀で仕留める。襟巻をほどいて締め上げる。かかる血しぶきに怯みもせず、眉一つ動かさない。分身や幻術という忍者らしい技も勿論駆使する。

 メインディッシュに相当する敗北シーンへつなげるための前菜として雑魚の敵を一掃する派手なアクションシーンを用意するのもこの種の動画の約束事であるが、ツキノワ作品におけるツバゼリツバメのアクションは華麗の一言に尽きた。本番のシーンは見ていられないが前段階のアクションシーンは好きだという者も少なくない。

 


「お前のような年端もいかぬ娘が何故かような修羅道へ」

「この道の風があたしを呼んだ、ただそれだけさ」



 ツバゼリツバメの主演第二作『散華 魔法少女地獄行脚Ⅱ』にて、ツバゼリツバメが中盤に登場する敵組織の幹部の首を斬り落とし、勝利する際のやりとりである。

 これはただの台詞ではなく、少なからず魔法少女となったこの少女の実感がこめられている筈だとみる者は多い。


 カメリアアリアだった時期を経てツバゼリツバメと名乗るようになった少女が、そもそも何故に魔法少女になることを選んだのか。

 敗北動画ファンに向けた雑誌『月刊 うぃっちめいと』の「注目の新人」として紹介されたカメリアアリア時代の彼女は、魔法少女になった理由を一言でそっけなく片付けている、「ここなら生きていけると思った」と。


 表の世界に順応できなかったことを仄めかすこの言葉は、北の海辺のとある町で焼死体が発見されて以後、「この道の風があたしを呼んだ」の台詞とともにファンに引き合いにだされることとなる。そして、身内から捜索願すら出されていないというおそらく天涯孤独の身の上だったことから、さまざまな憶測と伝説が生み出されることとなった。


 ツバゼリツバメになる前の少女は、ある罪を犯した少女だった。

 いや、反対に犯罪の被害者だった。

 親が裏世界の住人だった。

 実は異世界出身の少女だった。


 これらの伝説や浪漫は、この事件を題材にした物語のイメージの土台となった。

 ツバゼリツバメとツキノワの逃避行をモチーフにした一連の作品群で採用されやすい伝説は以下のものが多い。


「肉親の情に恵まれなかったツバゼリツバメはツキノワに父性を求め、擬似親子的な関係からパートナーとなった」

「ツバゼリツバメは魔法少女になる前に既に筆舌尽くしがたい体験を経ており、その結果犯罪行為に手を染めている」

「生来の事情で判断能力を失してしまったツバゼリツバメに因果を含ませ過酷な動画に出演させていたツキノワが、自分の芸術の道具として見ていなかった少女に外道らしからぬ優しい情を抱くようになった。」


 これらは全て時間概要からファンが捏造したストーリーであり、どれも一切の根拠がない。繰り返し語るが、二人ともよほどのことがない限りメディアには顔を出さず発言もしない演出方法を採用していた。ここに至るまでの半生といった、当然あるはずの轍などあるはずないと言わんばかりに触れもしなかった。


 ファン達はまたある一時期、少女が起こした事件や反対に少女が犠牲になった事件から、ツバゼリツバメの正体を探るゲームに熱中した。その結果、何人もの少女がツバゼリツバメの正体だとみなされた。その少女たち全てが彼女とは何の関係もない一般人ないし何の関係もない事件の犯人であり被害者であったことは既に証明されている。

 魔法少女の正体はもっとも秘匿すべき情報だ。妖精達の手で徹底管理されているそれが、素人の捜査で明らかになるはずがない。

 

 状況から明らかなことは一つ、後にツバゼリツバメになる予定の少女が、土日の朝にはふさわしくない魔法少女の世界にある種の居心地の良さを感じて自ら立ち入ったことである。

 多くの魔法少女達のように、魔法の力を求める切実な願いや動機があったわけではおそらくない。


 ただ、そこなら生きていけると思っただけだという。


 その言葉が嘘偽りない彼女の本心であったと仮定した上での推論になるが、魔法の力と引き換えに叶えてもらいたかった彼女の願いとは「この世界から消えたい」「別の世界で生きたい」であったのであるまいか。

 それは他の魔法少女たちの願いに比べて明確な意思を感じさせず、ただ曖昧模糊としている。カメリアアリア時代の彼女が今ひとつ目立たなかったのは明確な意思に欠けていた為であろう。


 ここではないどこかへ行きたい、安穏とした日常に馴染めない。


 そこから浮かび上がる少女像は、この世界に生きる意味を見いだせない、いつの世にも一定数はいるありふれた十代の姿に近しい。十代の精神に感応するように作られた安っぽい流行歌の歌詞に「これはまるで自分のことのようだ」と共感するような、どこにでもいるそんな少女だ。

 前世紀の末であったなら、十代の女子というものに過剰な意味を見出さずにいられない社会学者がフィールドワークと称して接近し、彼女らのつたない言葉をつごうよく抽出し論文やコラムという形で自分の思い描く女子高生像をまき散らしていたことだろう。


 ありふれた少女の好きな色がたまたま黒と白と赤で、たまたまツキノワの求める美意識に親和性の強い容姿と雰囲気を持ち、昼間の世界の平明さに馴染めず夜の世界の暗がりに心が慰められる気質を有するが故に、異世界からやってきた不遇の妖精に声をかけられた。そしてその場で即座に法の外で生きる道を自ら選んだのではないか。


 ぬいぐるみのクマのような妖精の誘う世界こそ、が自分の所属する世界だと信じて。


 しかしこれも全て憶測である。

  

   

 

 

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