輪廻転生スイッチ

@rakuline0099

第1話 スイッチ


「俺、スイッチする事に決めたよ」


 夕日の斜光が射し込んで薄っすらと赤く染まる高校の教室の中で、俺の目の前に座った智也の表情に陰鬱とした陰は俺には見えなかった。


 むしろ、日に焼けた智也の晴れ晴れとした顔は、ここ数週間の智也とのギャップに違和感を覚えて戸惑ってしまうくらいだ。


 彼は数か月前まで白球をグラウンドで追いかける高校球児で、坊主頭から数週間経った伸び賭けの髪と今もカッターシャツ越しにも分かる鍛えられた上半身が彼がスポーツマンだった事を物語っていた。


 その智也が座るクラスメイトのイスの机には松葉づえが立て掛けられており、背もたれに肘を置いた彼の右足にはギブスが嵌められている。


 詳しい事は智也は大きなケガをした事もない俺には分からなかったけど、もう本格的に野球をする事は出来ないらしい。


 ケガで野球を失った智也の塞ぎ込みようは、クラスメイトだけじゃなく友達の俺でさえ声を掛けるのを躊躇するくらいだった。


 それだけに今の明るく笑う智也に俺はどんな事をしていいか分からなくて、顔が強張ってしまう。


 それに……。


 「ハハ。そんな変な顔すんなよ」

 「そりゃ、いきなり友人にスイッチしますって言われたら、変な顔にもなるよ」


 どう受け止めていいのか分からない俺は、智也の言葉をはぐらかして教室の窓から校庭を見下ろす。


 でも、それは今の状況を更に気まずくさせるだけだった。


 「あいつら、頑張ってるよな」


 智也が言うあいつらとは、校庭で一際大きな声を出して練習している野球部の部員たち。そして、それは、智也のかつて一緒に甲子園を目指した仲間だった。


 「もう三回戦まで勝ち上がってるみたいだ」


 智也の言葉にドキリと心臓が跳ね上がる。


 ケガした後の智也は野球部の部員たちと話すのを避けていた筈だ。

 

 そう、そう思った瞬間に理性が追いつかずにチラリと智也の顔を盗み見てしまって後悔する。


 智也も、俺の視線に釣られたのか、教室の窓から校庭を見下ろしていた。


 彼の表情は、なんて言えばいいのか、諦めたような、痛みを耐えるような複数の感情が入り混じった複雑な表情をしていて、とにかく罪悪感が沸き上がって来る。


 「俺、あいつらとさ、どうしても甲子園に出たかったんだよ。俺の実力じゃ、プロにはなれなかっただろうけど。せっかく強豪校に来たんだ。甲子園くらい行かないと、俺が野球やって来た意味なくなっちゃうだろ?」

 「そんな事ないさ。内申点が良くなるとか色々あるだろ」

 「俺が野球馬鹿で、勉強でこの学校のレベルについて行けてないの知って言ってる?」

 「あぁごめん。悪い」


 どんどんと重くなる空気に、誰か教室に来てくれてこのまま何も知らずに有耶無耶に終わってしまえばいいのに思ってしまう自分が嫌いだ。


 智也は、本当にスイッチしてしまうのかな?


 お互いに何も言わない、沈黙の中で俺は、この前パソコンで見た番組を思い出す。


 番組の内容は、一人の俺たちと同い年の高校生が主人公のドキュメンタリーだ。


 出て来たのは、如月(きさらぎ)さつき。


 彼女には、前世があった。


 さつきの前世は、自殺した高校生。ありていに言えば、高校入学して夏休みが終わってからいじめが始まった。


 両親にも言えず、世間にもいじめがあった事を告げる事も出来ないままこの世を去った。


 そのいじめが発覚したのが、つい最近の事。


 彼女は、前世の記憶を持ったまま如月さつきという人間に転生して、自分の前世でいじめていた奴らを告発したのだ。


 彼女の告発が信じられた一番の理由としては、魂の存在が照明されて15年の時間が経ったからだろう。


 そして、如月さつきの告発が齎したのは、魂が廻る輪廻転生が事実だと言う情報の拡散だった。


 輪廻転生が出来る事は、テレビや新聞、SNSを通じて爆発的に拡がり、中高生を通じて自殺を今を生きる事から来世へとスイッチすると言いかえて流行していった。


 俺の通う高校でも、何人かの生徒が学校から居なくなった。


 「智也、本当に自殺するの?」


 俺は、校庭から目線を校庭から逸らさないまま智也に言う。


 「自殺じゃない。スイッチするだけ」

 「自殺と違わないだろ」

 「違う!俺は、違う。来世に俺はスイッチするんだ……。絶対!絶対にもう一度生まれ変わって、今度は甲子園に出るんだ……」


 ドンっ!っと目の前の机が悲鳴を上げて、心臓だけじゃなく体ごとビクリと跳ねる。


 振り下ろされた拳の衝撃に校庭に向けていた顔を智也へ向く。その顔は必至だった。


 感情の蓋がズレ漏れ出た感情が、表情に出てしまったように。


 甲子園だけが、野球だけが全てじゃないなんて、真正面から見た智也の鬼気迫る表情を見てしまったら言えない。


 俺は、智也に言える言葉が何も見つからないんだ。


 俺の好きな2000年代のドラマだったら、死んでなんになるんだって言えたば、説得力もそれなりにあったのかもしれない。


 でも、智也は死ぬのが終わりじゃないと如月の所為で思い込んでいるんだ。自殺する事で、いい未来が開けると考えてる。


 どんなに人間に転生する可能性が小さくたって、未来がある事が常識になってしまったんだ。


 そんな常識にした如月さつきが俺は憎い!

 

 「あ……あの」

 「ごめん!純(じゅん)!ただ、スイッチする前に純にさよならって挨拶したかっただけ……だから」


 意を決して言葉を喉から絞り出そうと瞬間、言葉を遮るように智也は言葉を重ねて、俺に背を向ける。


 前の席から松葉づえを取るカタリと言う音がなって、イスがズズズっと床を引きずられて移動した。


 行かせちゃだめだ!なんか言わないと……何か。


 だけど、言えなかった。その前に智也が松葉づえを右わきに抱えて、振り返った。

 

 「あのさ、俺が生まれ変わったらまた友達になってくれない?きっと、その時は甲子園ですっげぇ活躍して、前世で俺と友達だった事が自慢になると思うんだよね」


 なんで、笑ってそんな事言うんだよ……。


 「だから、純、泣かないでくれよ」

 「ど、どうぢても……」

 「ごめん。もう行くよ。じゃあ……またな」


 なんで、こんな大事な時に震えるだけで身体が動かない!声が詰まってうめき声しか出ない!なんで!?


 教室のドアがしまってから机に落ちた涙が乾くまで、頭の中はぐちゃぐちゃで動くことが俺には出来なかった。


 


 あれから、数週間の時間が過ぎた。


 学校の中は相変わらずで、黒板にチョークを打ち付けるカッカッっと鳴らす社会の村沢(むらさわ)先生のいつもの癖は、智也の机が教室から撤去されても変わらなかった。


 スイッチは、世界中で流行っている。でも、本当にスイッチして、生まれ変われた人間は如月以外にまだ誰も出て来てない。


 俺たち人間はもう衰退のスイッチを押してしまったのかもしれない。


 恐竜の時みたいに、隕石が落ちて来て派手に皆で死ぬ結末を神様は用意してくれてはいなかったみたいだ。


 皆、希望に縋ってちょっとずつ減って行くんだろうか?


 多分、俺が生きてるうちには答えは出ないと思う。


 でも、俺は自分が生きていられるうちは、智也を待ちたい。

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