第4話 序1ー鳥の星
例えるなら目の前に居る少年は星のような美しさだった。
どんな言葉も少年の声を通すと、押しつけがましくなく、優しくて美しくヒカル。
キラキラした光るだけの美しい星じゃない、燐が燃えて世界に広がっているんだと叫び続ける強い光を持つ星。
そんな佳麗さを込められている瞳を見つめていた。
何もかも諦めてる目をして、少年の目は見つめ返すと燐のように強かった。
触れれば火傷するのかもしれない、呼吸をするのも止めて見つめていたいと思う程。
少年といつ出会ったのか思い出せない。気づけば少年は目の前にいた。
私はどうして此処にいるのだろうと必死に頭を働かせた、指の爪先から髪の毛先まで、情報を集めようと意識を向けて集中した。それでも思い出せない、そもそも髪の毛やつま先に情報なんて、痛みや何か刺激物でしかないのだ。
暗い暗い夜闇のなか。フクロウすらもいない、生命の息吹ではなく、退廃の死を感じるような死んだ森。
鴉は声もなく飛び回り、夜だというのに、がさがさと草木が鳴る世界は無表情だった。
生き物がいる癖して、生き物は無音なのだ。細やかな息づかいさえ、聞こえてこない。
何もかもが黒くて、少年の持ってるカンテラ以外に明かりはなくて。
だから余計に少年の瞳が、燐のように強く光ってると思えてしまったのだろう。
思いだそうと何回も少年を見つめる。不思議な少年を見つめれば見つめるほど、少年を忘れていってしまいそうな感覚に見舞われる。
少年はそれすらも許してる瞳で、何もかも今の事情を判っているような気がした。
赤茶の髪の毛が風に揺れて、少年の表情を少しだけ隠す。
「お兄ちゃん」
私の口は、私の記憶を通らずとも少年の存在名を呼ぶ。
そうか、少年は私の兄なのだ。
「お兄ちゃん、ここはどこ?」
「お前が気にする場所じゃない。もうすぐ此処から出られるから、お前は忘れるんだ、いいな? 俺のことも忘れろ」
忘れたくないよ、お兄ちゃんのこと忘れたくないんだよ。
私はお兄ちゃんの手を握る、お兄ちゃんは私の不安や恐怖を読み取って強く握り返してくれた。
お兄ちゃんは、私の頭を一回撫でると、強い燐の燃える瞳になる。強い強い意志で、私を守ると繋いだ手で教えてくれて、歩き出す。
辺りは、森だ。黒い影の木々、青さは黒みを乗せた空。星はきらきらとしても、小さな光。あんな星なら、お兄ちゃんのほうが綺麗な星になれるとさえ思うほど弱い光。
月は三日月よりも細くて頼りにならない上に、雲で隠れてる。
動物は鳴きもしない鴉しかいない。時々、木々の上が大きく揺れて、私はびくりとしてしまう。
普通の森って、こういうとき歩き回ると迷子になるんだよって誰かが教えてくれた。教えてくれたのはお兄ちゃんだったのに、なぜかお兄ちゃんはしっかりとした足取りで歩いてる。
カンテラで先の道を照らし、目を細めて警戒しながらも進んでいく。
「お兄ちゃん帰り道判るの?」
「判らない。だけど歩くしかない、立ち止まっていたら間に合わなくなる」
「何に?」
「俺とお前、どちらが世界に残るか決定権はこっちにまだある。けどな、いつ向こうに決定権を委ねられるか判らない。早くお前を帰さないと、選べなくなる」
世界に残る? お兄ちゃん何を言ってるの、まるでこれから私かお兄ちゃんのどちらかが知らない場所へ行かなきゃいけないみたいな話じゃない。
お兄ちゃんの言葉には不安が何一つなくて、知らない場所へ行く覚悟にも見えた。
お兄ちゃんの覚悟が、私にはとてつもなく怖く思えて、ぶるりと震えてしまう。
向こうって何? 誰のこと? お兄ちゃんはどうして何でも知ってるの?
「お兄ちゃんは何を知ってるの?」
私は時々躓きかけながら、お兄ちゃんと手を繋いだまま歩いていた。
しっかりとした足取りのお兄ちゃんは躓かない、お兄ちゃんと私は同い年なのに。お兄ちゃんと私は、そうだ双子だった。ほら、私そっくりの髪色じゃないの。
じゃあ私の目にもあのキラキラとした瞳が、燐のような瞳があるのかな。
お兄ちゃんは一度こちらをちらりと見て何かを考え込んでいた、でも何を考えていたのか知るのが怖くなった私は慌てた。お兄ちゃんがなぜ何もかも知ってるのか、そちらを知りたい意志を伝えた。
「お兄ちゃんはどうして何でも知ってるの?」
「兄貴だからだ、妹を守る義務がある。家族も守りたいしな」
お兄ちゃんがあっさりと告げる。当然だろ、何を言ってるんだ。そんな口調で、あっけらかんとしていた。
「どうしてお兄ちゃんが全部背負うの? 義務なんて知らない、怖いなら逃げればいい、今みたいに」
「――……違う、違うんだ。今、逃げているんじゃない。帰るだけなんだ、お前が」
「お兄ちゃんも一緒に帰ろう!」
私は急にお兄ちゃんはいなくなると近い未来に気づいて、一気に恐怖心を追い出すようにお兄ちゃんに呼びかけたというのにお兄ちゃんは立ち止まって微苦笑を向けてきた。
「……リカオン、王子様って知ってるか? 野郎だけがなれる特殊なお仕事だ。王子様はな、女の子を守るんだ。みんな、女の子は言うよ、王子様は綺麗でかっこいいって。とんでもない、王子様だって汚い奴やよわっちい奴、下劣で野蛮な奴だっているよ、世の中にはきっと。でもみんな話さないんだ。綺麗な部分だけ話すんだ、女の子が夢を見られるように。オレは今までどうして話さなかったのか判ンなかったが、今ちょっとだけ判った気がする。見栄を張りたいんだ、野郎は頑丈だってな。そんで、守るべき女の子に安心して貰うにはやっぱりかっこいい存在なんだって思って貰わないとな」
「……女の子は王子様になれないの? 今のお兄ちゃんにも必要でしょ?」
「ぶはっ、リカオン、馬鹿言うんじゃねぇよ。オレは既に野郎だぜ?」
お兄ちゃんは大笑いしながら前へ進む。私は少し怒って、お兄ちゃんの背中に軽くパンチを入れる。
ぼふって服がガードしてくれただけだった。
私は真剣なのに、って言いたかったけれど、お兄ちゃんも真剣だったから文句が言えなかった。
「リカオン、オレは王子様なんていらないんだ。むしろお前が必要なんだよ、これからの人生、お前を守ってくれる王子様を見つけな。オレはもう側にいられねぇからよ」
「やだ、私がお兄ちゃんの王子様になる。私の王子様は、私がなる!」
「心強いな――……よし、帰り道見つけた」
カンテラで照らされた先に、何かの塊が転々としている。
道の先々にパンくずが置いてあった。まるで何かの物語のような発見の仕方。
お兄ちゃんは、私を前に押し出してカンテラを持たせる。今度は私を先頭にして歩かせる。
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