第3話 プロローグ3
「物語」の話をしてから数日後、老人は倒れていた。老人の手元には絵本が置いてあった。
絵本を読むと、子兎は何もかも理解していった、自分が何のために生きているのか。老人が誰だったのか。老人が死んでいるのは、物語の変更を行おうとしたからであり子兎も含め老人は、老人の大事な物全て守ろうとしたからなのだと。
絵本を読んでから、変わらない思いは一つ。
「ディースを取り戻す。ディース、時計を貰うぞ。守ってくれて有難う、だがなお前がそんな役目のまま終えるのは認めない、俺はお前の物語を手に入れる」
ぼぉんぼぉん、鳴り響く時計。
老人の懐にあったカトラリー。カトラリーは銀色にぴかぴかと新品のように光っていた。
物を食べるという行為は不思議だ、全て自分の中に吸収して消化して、体内に巡らせる。
子兎はカトラリーで時計を「自分の中に消化できないか」と阿呆な考えをしだした。
普通ならばできない、普通ならばただの馬鹿。
しかしてこれは「物語」、面白い展開は好まれるのだ、それが世界に
子兎はカトラリーで古時計を食べる。この行為を、屋敷内では「グラン・クヴェール」と呼んでいて、ディースが若い頃にしてきた行いだった。
グラン・クヴェールは貴族の仕事の一つで、誰もが認める美しい所作で、美味しいと人々が噂する食べ物を食べる行い。豪華な食事、たとえばデザートにアイスクリームなど、グラン・クヴェールが行われてる当時では希有な物などを、美味しそうに人々の前で食べるのだ。美しく食べる行為により、食べている物が食べ物と遠ざかっていても食べたくなる他人の心境から、グラン・クヴェールと屋敷では名付けられた。
普通の人が時計なぞ食べたら、喉は破れるし、硬くて噛めなくて歯だってぎざぎざに砕けるだろう。
だが、子兎は「物語」に認められ、きちんと古時計を食べる行為ができた。
子兎が最初から貴族であるかのような、醜さが見える振る舞いもなく、ただ一筋口元から血を垂らした。口内は鉄臭い味でいっぱいだったが、気にしない。
懸命に苦みや痛みを堪える、溢れ出る鈍痛は嫌気がさした。
胃からこみ上げるものがあっても、飲み込んでそれらは子兎の喉を引っ掻いた。
それでも子兎はぐっと堪えて、まっすぐと何かを睨み付ける。
何かが見える。ディースにしか見えてなかった何かが。
「少女」のような形を取った物が――うっすらと。
形になった物体は、明るい笑い声が聞こえそうな程笑顔だったというのに、笑い声が耳には残らない。
気づけば、自分の時間は停止している。
古時計を食べると、宝石の時計に狂いはなくなった。
「ディース、お前は誰も愛していないのだな。誰も愛していないから、特別誰か一人を助けたいと願うでもなく、皆を救おうと思ったのだな……それはまるで……」
子兎は言葉をつぐんで振り返る。老人の遺体を抱いて、涕泣する。老人を抱きしめる力は、壊れそうな物にでも触れているくらいの、やんわりとした物。大事な物を決して離さない力だ。
その力強さに、これから起きる運命への度胸が窺える。
「お前に、『大きな古時計』の運命を落とさない――もうちょっと違う物語だと思い出させてやる。老いる程、苦しみに時間を費やさなくていい運命に運んでやる。少しの間、おやすみ。ディース……」
ずっと幾つもの時間を読み続けてきた人生は苦しいだろう、子兎は老人の生きてきた年月を考えると悲しくて悲しくて。こっそり涙したくなる。
少しでも老人の運命を変えたかった、何せ自分は勝利を呼ぶ運命を背負ったのだから。一緒に去りゆく時計は消した、さぁ後は時間との戦いだ――もう泣く必要もない。
ああ、それと「読者」との闘いも――。
小さく、窓の外の星が青色に瞬く。
窓の外の星は、途轍もない大事な物を失った時の残酷さに似ている妖艶さであった。
「お前は、一人じゃ無いよ。だから、どうか――」
悲しみを弔おう。
――もしも、過去に戻れるならば、何を望む?
――もしも、未来を知っているなら、何を知りたい?
――もしも、現在が選択肢の分かれ目だと自覚できたら、どの選択肢を選ぶ?
全部、自由自在にできても、きっと人間は満足しないで、やり直しを求め続ける。
人間は満足しない生き物、だからやり直し続ける。
だがふとした瞬間に疲労し、もう繰り返すのは嫌だと泣きわめくだろう。
――泣きわめくまでの、長い長い道のり。
それまで、誰にも気づかれないように、欲望を押し殺して、些細な願いを持つ行為で自分自身を保ち、いつしか期待が息絶えていくまで。
他の誰かが、正気を取り戻すまで、自分自身が正気である個性ですら殺す。
それは、まるで――人間じゃ無くなり、ロボットになるのを願うかのような、切なる想いだ。
やり直したいから自分を殺すのか、自分を殺すからやり直せるのか。
その答は、未だ見つからない、だから悲しみを弔っていつか理解できる日を待とう。
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