第2話 プロローグ2
全てを知りたいと思った。その為、子兎は知りすぎてしまった。
ある時、子兎と老人は運命を変える会話をしだした。子兎の運命が変わる話を。
子兎が眠りに就く前に、ぽんぽんと暖かい布団をかけてやって、軽く叩いてやる。
枕元には暖色系の明かりを点けて、明かりから温度が伝わりそうな暖かい夜だった。
やけに穏やかな夜で、遠くで犬が鳴いている。時々森のほうから、ばさばさっと夜なのに鳥が羽ばたく音が消えて、子兎はこの屋敷が怖かった。
子兎のように、「人間でない」者がたくさん集い、働く屋敷だというのに。
この屋敷で働く者は皆、屋敷に役目を与えられていた。
何かしら「物語」を持たない者の結末は、誰も覚えていない――それはそうだ、誰だって端役に興味ない。端役になって誰も覚えてくれない存在になるのが、とても怖かった。
「ロワ、いいかい。私達はあくまで脇役なんだよ、いつかくるお嬢さんが主役なんだ。とてもとても可愛いお嬢さんだよ」
「ディースの話はいつも分からない。脇役と主役って何だ? 俺は俺だぞ、ディースもディースだし、琥珀は琥珀だ」
子兎は欠伸をしながら答えた、老人はいつもなら怒らないのに、珍しく子兎に「真面目に」と聞くように促した。
「ロワ、私達はね、物語の登場人物なんだよ。君は主役に必要な物を運ぶ役割なんだ。とてもとても大事な役目を持っているんだよ」
「ディースは? ディースはそれなら何の役目なんだ?」
「私かい? 私は、……異端者だよ。昔、物語に逆らおうとしたんだ、そうして今こうしてここにいる。私の物語は変わったんだ、もう君たちの物語に関われない。君が子兎から人へ変わったように、私も老人へと変わったんだ」
老人は首をふって、自分はいかにも無関係だと示す。子兎からすればそんな馬鹿げた物を意識する老人のほうが、物語とやらに関わっているように見えるのに、もう関われないだと?
――それなら、誰が老人と未来を紡ぐんだ? 老いぼれだからと未来が無いように扱うのはおかしい。もっと、栄光が約束された未来があっても良いはずだ。
子兎は布団の中で鼻をひくひくとさせてから、睨み付ける。
「ディースと俺は関わってるぞ。今は俺の物語に関わっているんじゃないのか?」
暗に「オレが輝かしい未来を連れてきてやる」と意味して、鼻を高くして誇らしく語ってみる。どうだ、魅力的な誘いだろう、と。
老人は子兎の気持ちを汲んでる様子だが、今はその暗示に対して何も言ってくれなかった。
「今はね、未来の君が物語を変えているんだよ。君の物語が、この間、ちょっと変わったんだ。それは未来の君によるもので、今の君によるものじゃない。いつしか、君は私と関わる時間も失っていくだろうね」
老人が何を言いたいのか一切合切判らない、しかし老人はなぜか別れを予知させた。子兎は人寂しさを露わにして、不機嫌な声で喚いた。
「そんなの嫌だ。ディースといつまでも遊びたい!」
子兎は子供独特の、癇癪を起こした。
「ロワ、我が儘を言っちゃ駄目だ。君は良い子だ、わかるね?」
良い子というものが何もかも黙らせる行為に繋がるのなら、良い子になんてなりたくなかった。
けれど、老人が子兎を可愛がってくれるのは、子兎が良い子だからだ。
子兎は、良い子でなくなり、老人から可愛がられなくなる恐れを抱きながら、不満を口にする。
「でも……ディース、俺はお前と関わる時間を失うくらいならば闘いたい。お前とずっといたいんだ。
お前の時計を聞きたいんだ。お前の時計はとても素敵な音がする、綺麗な秒針の音がする。そんな音をさせられるのはディースしかいない。ディースともっと一緒にいたいんだ」
子兎は感情を伝えるのが下手で、何事もストレートに言うしかなかった。
子兎の感情は、「物語」への反抗であるも同然で、忌むべき感情。その場で、老人が頷けば子兎は消えていただろう、何も生まれなかったように。
声の余韻ですら、気のせいだとされていただろう。
老人は子兎のために物を隠すのがうまかった、この時も屋敷に「見られている」と知っていたから、子兎には何もできないと証明するために黙っていた。
だが老人には「物語」を変える力がある、故に老人に敵意は向いてもやむを得なかった。
進行通りに行かない「登場人物」など必要ないのだ。
おそらくは、勝負をしかけている「時間」を名乗る〝少女〟も見ているだろう。
あの少女の名前さえ判れば、この勝負は終わるのに――。
老人は兎に角、「時間」の興味が子兎に向かないように必死だった。
「ロワ、世界最古の物語が何か知ってるかい?」
「何だ? 何があるんだ?」
いつもの寝物語の始まりかと、子兎は新しい興味に胸を躍らせた。
「神話だよ。世界には色んな神話がある――今日は、北欧神話のノルン……運命の三姉妹の話をしよう」
「ノルン?」
「運命を決める乙女がいるんだ……勝利を左右する存在。過去を司るウルド、現在を司るヴェルダンディ、未来を司るスクルド。……とても、有名だよ。この屋敷にも、どこかにいるよ、ノルンは」
ロワの興味はその話に夢中となった――。
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