バッドエンドループが往復ビンタで襲ってくるけど、最後に笑って祝盃をあげてやる

かぎのえみずる

第1話 プロローグ

 ――もしも、過去に戻れるならば、何を望む?

 ――もしも、未来を知っているなら、何を知りたい?

 ――もしも、現在が選択肢の分かれ目だと自覚できたら、どの選択肢を選ぶ?


 全部、自由自在にできても、きっと人間は満足しないで、やり直しを求め続ける。

 やり直さないでイイと思った瞬間が、きっと自分にとってのハッピーエンド。

 ハッピーエンドがくるまでやり直しを願う見苦しさや、醜悪さを自覚せよ――きっと、〝時間〟はそんな言葉を言いたいのだろう。



 時計が動く、針が一秒もずれないで時を刻む。

 古くからの時計は毎晩それを繰り返していた。子兎にはそれが不思議だった。

 子兎とて時計は持っている、親から貰った大事な時計だ。

 だけど、子兎の時計は時間狂いが酷くて、いつも入念に時間をチェックしている。

 きらきらぺかぺか、月の明かりでも、太陽の眼差しにも、どちらに当てても美しい懐中時計だった。

 とても美しくて、誰もが羨む、自慢の時計。気にくわない点があるとしたら、時間狂いが酷いという点だけだ。



 屋敷には古くて大きな時計がある。ぼぉんぼぉんと不気味な鐘を鳴らすので、子兎は古時計が大嫌いだった。

 古時計を弄っている老人と出会ったのは、子兎が人間になった時だった。

 何故人間になったのかと子兎には判らなかった、ただ必要だったのだろう。これから出会う登場人物と会話したり、コミュニケーションするのに必要だったのだろう。

 猿が人へ進化したように、きっと子兎から人間へ進化するタイミングだったのだと子兎は悩みを自己完結させた。

 人になってから一番始めに出会った老人は、子兎の自慢話を聞いてくれた。

 古時計をやんわりとした布で汚れを必死に取っている老人ならば、懐中時計の価値を判ってくれると感じた。睨んだとおり、老人は子兎の自慢話を飽きもせず、何度も何度も嬉しそうに聴いてくれた。

 だが、宝石で出来た時計を持っているんだと大威張りに実物を見せたら、老人は寂しそうに笑った。




「君も時間に縛られてしまったんだね」


 子兎は老人の夕陽が沈むような寂しい顔が忘れられず、毎日老人の元に訪れた。

 老人が悲しむ顔を見たくなくて、必死にどうすれば笑ってくれるのか考えたが、子兎は不器用故に皆目見当付かない。

 老人は寂しい顔を見せては、子兎が話しかけると、時間狂いしている懐中時計を直してくれていた。古くからの時計は毎日、ぴったり一時間後に時の分だけ鐘を鳴らす。

 ぼぉんぼぉんと脳に響く余韻のある音が子兎はそのうち気に入っていた。どうしてあんなに嫌っていたのか思い出せない程に、大好きになった。

 老人と話すのも、自慢話だけでなく、老人の気持ちを汲んで会話したくなった。

 老人は何を願っているのか、老人はなぜ此処にいるのか、老人はどうして古時計に触れる際悲しげなのか。

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