弱者に対しての城の危険性


千段にも及ぶ緩やかな階段を上り、ジロは魔王城の扉へと手をかけようとすると、扉が勝手に開き始めた。


「……こんな城門みたいな巨大な扉が俺の力で開くか不安だったが、勝手に開いたな」


「魔人を感知すると勝手に開くんだっ! 凄くない!?」


「それでなんで、お前サラがドヤ顔するんだよ……」


 言いつつも自分も、領地経営に携わっていないのにも関わらず、父や兄の功績を人から褒められると満更でも気分になった事を思い出し、それと似たような気持ちかとジロは納得した。


「城に愛着持ってるんだなぁ」


「アイチャク?」


「この城が好きだって気持ちだ」


「あるに決まってるだろ~」


内部に入ると、ヒンヤリとした空気と静寂があった。


 城内部は、外部と同じく黒い魔石で内部もできていた。

 ただ、そこが城内での動線であるのか、フカフカでほこり一つないフカフカの赤い絨毯じゅうたんが入り口からその先にある階段へと伸び、階段の踊り場から左右に分かれている。


 普通の城とは違い、紋章の類の装飾品などは一切ない。


「城内はちょっと殺風景に見えるな」


「えっ!? どこがっ!?」


「どこがって……人間の城には敷布だけじゃなくて壁際に花が飾ってあったり、兵士が立っていたり、城主の家の紋章が編まれた布が壁にかかげてあったりするからな」


「そうなのか……。知らなかったなぁ~。前の城もこんな感じだったのになぁ」


「前の城?」


「魔王城は魔王が変わる度にちょっと変わるんだ。そんな事も知らないのか?」


 そう言ってサラは、階段の方向でも通路の方向でもなく、壁しかない方向に向かって十歩ほど歩いて止まり、大きく蟹歩きをしたかと思えば後ずさったりしながらも、ジロからは目線を外さない。


 すでにサラの子供特有の脈絡のない動きに慣れていたジロも、そんなサラを目で追った。


「……初耳だ。えっと……人間が魔王城に派遣隊を送るようになったのは、いつからだった――」


 途端、階段の踊り場が砕け散り、轟音よりも先に十mはあろうかという程の壁面の残骸がジロに見えた。


 ジロはわずかに体を動かす事ができ、頭を左に傾けたところで、破壊された巨大な魔石が体をかすめていった。


 ジロの体が、ウーからもらった独楽のようにぐるぐると回った。


 魔人になった時ほどではないが、激痛に心が支配される。


ジロは何が起きたのか確認しようとして、右肩から先がなくなり、噴水のように吹き上がる血を目撃する。目を下ろせば腰骨と右足が全て無くなっていることに今さらながらに気づく。


 巨大な魔石がジロに直撃した事という事をジロはようやく理解した。


 絶叫を上げようとするが、あまりの痛みで声すら出ずに、左足だけとなった体はバランスを崩し、床へと倒れる。


「よわっ!!」


 階段はなおも崩壊し続け、轟音を発している、しかも心が痛みに支配されているのにもかかわらず、サラの声はハッキリとジロの耳に届く。


「テンチョーってば、こんなのも避けられないのか~」


 ジロはパクパクと口を開ける。すでに肩や腰からの血の噴水は収まっている。最初の数秒でジロの体内にあった生命の源でもある血が噴き出しきり、その血は今、魔石製の床を、絨毯の赤とは違う赤色で染めていた。


 ジロの目に壁と同じ色をした巨大な何者かが一歩一歩跳ねる様にして近づいてくるのが見えた。人型の石像だという事に気づき、石像の手には場違いな大きな木のモップと塵取りが握られていた。


 人界では滅多にお目にかかれないゴーレムがそこに――


「あれ?」


 ジロは思考が再びクリアになった事を感じ取り、血溜まりの中から身を起こした。

 左手で右肩を触るとそこには当たり前のように右肩があり、両足で地面を踏みしめている。


 顔を触ると布に触れ、変装している事を思い出す。


「あれ?」


「どうした、テンチョー?」


 いつの間にかにジロの隣に立つサラが、キョトンとした顔でジロを見上げている。


「俺、死にかけてなかったか? 幻覚? 魔法攻撃を受けてるの……か?」


 足下を見れば、そこには巨大な血溜まりがあった。


 だが体を欠いて、その血溜まりを作り出したはずのジロの五体は全て揃っており、血が出ている様子もない。


 だが、ジロの装備や着衣には異常の痕がありありと残っていた。

 着ていた革鎧の右肩や右胸の一部が完全に無くなっており、その境目はいまだに血が滴り落ち、血に塗れ、左肩だけで鎧の重量を支えている。


 右下半身は股間の際どい部分まで素肌となって、つま先が魔法鉄で出来たハーフブーツ、魔法の糸で編み込まれたズボン、動きやすい魔法付与された革製のクウィス

など全てが無くなっていた。

 そして上半身と同様に、左半身に装備、衣服の乱れは無い。


 ジロの今の姿は左半身は魔界用の旅装、右肩と右腰から下は素肌をさらし、裸足で立っている。という奇妙な格好となっていた。


 素肌の部分は傷一つない。試しにジロは右手を開けたり閉じたりするがどこにも痛みも異常も感じ取れなかった。


 ジロは唖然あぜんとなりながら両手を大きく広げ、その姿をサラに見せる。


「ん? テンチョー、どうした?」


「なんだ、この格好は――」


 途端にジロの頭ほどもある魔石の破片が、ジロとサラとの間を豪速で飛んでいった。


 慌てて目で追うと、魔石の破片は、いつの間にかに見るも無惨に破壊された扉を抜け、そのまま長い階段を越え、さらには芝生の広場を抜け、森の木を破壊しながらジロの視界から消えていった。


 ジロは破壊され尽くした元階段の場所へと目を向けるが、そこには誰もいない。


 だが、風がうなる音が聞こえ、ジロの髪を乱す。


 まるで全力で空を飛んでいる時のような、爆音で周囲は満たされ、時々、勝手に壁面や床に新たなクレーターができていく。


「逃げた」


 サラの声は相変わらずよく通って聞こえた。


 そのささやくような小声も、どんな音をも消し去るような風切り音が満ちるこの空間でも、よく聞こえた。

 まるでサラの声が耳を通さず直接ジロの頭に入ってくるかのようだった。


途端、風の音が止み、ジロとサラの100m先に、人狼族が忽然こつぜんと姿を現し、鼓膜こまくが破れそうな程に大きく鳴り響いていた風切り音が、んだ。

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小ぢんまりとした道具屋(仮)経営を夢見る騎士の英雄譚 北浜ヒトシ @kitahama-hitoshi

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