イカリソウのせい



~ 四月七日(土)P.M. 人の噂も七十五日 ~


   イカリソウの花言葉  君を離さない



「バカねえ」

「バカなの」

「バカだな」

「バカねえ」

「バカなの」

「バカだな」

「うるさいよ! ゆうさんが一番バカでしょうが!」


 品川駅で絶叫。

 恥ずかしさをごまかすために、魂の限りの大声を上げました。


 穂咲とおばさんは一駅先からとんぼ返り。

 その間、ゆうさんから説明を受けた俺は。

 あまりの恥ずかしさに地べたを掻きむしって穴を掘り続けていたのですが。


 コンクリって、思ったより固かったのです。


「バカねえ。なんで携帯の電源切ってたのよ」

「もうほんと勘弁してください」

「バカなの。もろもろ」

「うるさい。君は黙りなさい」

「バカだな。警察に行けばすぐ話は終わってたのによう」

「ゆうさんが交番から出てきたりするから行けなくなったんです! でも説明できるタイミング、いくらでもあったでしょうに!」

「最初は説明しようとしたんだけどよう、みちこが暴走すっから楽しくなっちまったんだよ」

「バカの一等賞はゆうさんに決定です!」

「おお、最高の褒め言葉だ。力いっぱい、精いっぱいバカやって生きるのがオレの誇りだ」


 ……携帯を切ったのが失敗だったのです。

 昨日、交番からゆうさんが現れたあの時には既に。

 穂咲もおばさんも事情を知っていたなんて。


「それにしても、ほんとびっくりだったの。おもちゃのピストルを買うのに、あんなことするの」

「そうだぜ咲太郎さくたろう。オプションで三千円も上乗せできるんだ」

「変なとこなの、東京」

「バカなことを目一杯やって楽しむのが東京だ。そして大人のホビーだ」


 豪快に笑うゆうさんを見て苦笑いするおばさん。

 そして、表面以外全部ただの紙切れという札束をぴろろっとめくる穂咲。


 三人を眺めていたら。

 背骨を支える筋肉すら、その仕事を放りだしました。



 ――そもそも。

 あの妙な取引は、ただのモデルガンの売買で。


 オプション料金を払うと、あの面倒極まりない、バカな遊びを提供してくれるそうなのですが。


「すっごい恥ずかしい思いをしました」

「オレの方が恥ずかしかったぜ。泣きべそかきながらモデルガンを持って来る小僧を保護してやってくれっておまわりに話したら、鼻で笑われちまった」

「あなたはもっと他に恥ずかしがるべきところがあるのですが」

「ああ、このミリタリールックか? 宣伝のためとはいえ確かに恥ずかしい」

「…………いいです、それで」


 この、大人として恥ずかしい事を何とも思わない肝っ玉姉ちゃんには何を言っても無駄。

 俺は今度こそすべてを諦めて、無表情なのにニヤニヤしているとしか思えない穂咲にチョップをかましました。


 そしてホームへと到着した電車が。

 ドアを開くなり発車のベルを鳴らす、俺たちの常識では考えられない乗り物が。

 物語のフィナーレを告げるのです。


「旅立ちに相応しくねえぜ。靴ひもが解けてる」


 そう言いながら、最後だけお姉さんらしく。

 俺の靴に手をかけてくれるゆうさんですが。


 許してあげませんからね、俺は。

 絶対に二度と関わりたくありません。



「じゃあ、おうちに帰るの」

「そうだね。もう東京になんか二度と来ない」

「どうせまたすぐ店に来ることになるんだ。行ってきますって言えよ、みちこ」


 何を勝手なことを言いますやら。

 でも、この人らしい、ちょっと気どった別れのセリフなのです。


 最後くらい爽やかに別れますか。


 電車へ乗り込むお客さんの最後尾。

 軽くゆうさんに手を振る穂咲とおばさんの後に続いて。

 俺も大きく手を振って、東京をあとに……出来ずに転んで、顔を地面に打ち付けました。


「ぐおおお鼻が! 足首! ヒモっ!」


 自分の足に、俺の足首をヒモで結び付けていたようで。

 意地悪なゆうさんが、げたげた笑って俺を指差してますが。


「ちょっと! 待って!?」


 ……電車、行ってしまいましたけど。


「ああもう! ほんともう! どんどん帰りが遅くなるわ!」

「万引き犯を追える足の速いバイトを探してたんだ。てめえがちょうどいい」

「ふざけんな」

「そう言うなよ。さっき言ったろ? てめえはあいつらに売り渡されたって」

「ほんとふざけんな」


 終始意地悪。

 そんなゆうさんに、もはや情状酌量の余地なし。


 隣の駅で待ってるとのメッセージを貰った俺は。

 また来いよとのゆうさんの言葉に。

 二度と来ませんと言い残して、次に来た電車へ乗り込みました。


 そんな車窓からちらりと見たゆうさんは。

 楽しそうに笑って。

 でも、切れ長の瞳に少しだけ寂しそうな涙を浮かべて。


 ずっと俺の事を見つめていたのでした。



 ~🌹~🌹~🌹~



 異常なまでのタイムロス。

 結局、最寄り駅へ辿り着くことも出来ず。


 真夜中、ギリギリまで進んだ駅へ。

 父ちゃんに車で迎えに来てもらいました。



 明日から新学期だというのに。

 その前夜、真夜中に何をしているのやら。


 真っ暗な山道を、父ちゃんの車がひた走ります。


「怖いよ。もっとスピード落として」

「そう言うな。俺だって明日は早くから仕事があるっていうのに」

「ほんとごめんなさい。埋め合わせはしますから」

「ああ、藍川さんたちはいいのですよ、いつもお世話になっていますし。……そうですね、スピードを落としましょうか」


 はじめて走る山道は、すこうしずつ道幅が狭くなっているように感じて。

 ライトがちらりちらりと光らせるガードレールの反射もたまにしか見えなくて。

 とっても不安になるのです。


 そんなせいでしょうか。

 レールの無いところ、にょきっと生えた木がライトに光る度にこう言うのです。


「このまま地元に帰っても、お前はバカにされ続けるんだよ?」


 うるさいよ。

 言われなくても分かってますよ。


 そう、きっと。

 ひと月はこの話題でバカにされ続けるのです。

 そう思ったら、ここから逃げ出したくなりました。


 ああ、思い出すのは、四十時間ほど前の事。

 あるいはあの時、大人しく掴まっていたなら。

 こんなに思い悩むことは無かったのでしょうか。


 俺は考えることをやめて。

 走り疲れたせいで重たくなったまぶたを閉じました。


 願わくば、再びこれを開いたその時に。

 すべてが無かったことになっていればいい。


 ありもしない夢をみること。

 それだけが、俺に残された最後の自由だったのです。


 ………………

 …………

 ……


「散々走ったから、大変だったの」


 後部座席、俺の隣で穂咲がつぶやきます。

 今のは、一見俺へのねぎらいのようですが。


「だから明日は学校まで道久君があたしをおんぶするの」


 ……やっぱり。

 自分の事しか考えていないのです。



 他の人に対しては。

 小さな棘がその胸に刺さったことをいち早く感じ取って。

 その人より、もっと痛がって涙する子なのに。


「どうして俺には冷たいの?」

「そんなこと無いの。勘違いで逃げまくってたのが面白かったから、何か賞をあげたいの」

「それを冷たいというのです」


 ずっと目は閉じたままですが。

 きょとんと首をひねっているのでしょうね、君。


 そのかしげた小首にチョップしてやりたいのですけど。

 今はそんな元気もないのです。


 散々守ってあげようとしたのに。

 その恩を忘れるほどに。

 君は楽しかったのですね。


 せっかくの東京観光。

 その最後の二日間。

 いい思い出が出来たようですけども。




 今すぐ忘れろ。




「……道久君はバカなの」

「お願いですからすべて忘れてください」

「それにひきかえ、ゆうさんはいい人なの」

「急に何を言い出しますか。最悪ですよ」

「だって、面白かったで賞として、ニセ札束をくれたの」

「いらないけど、本来俺が貰うべき賞ですよね、それ。いらないけど」


 面倒ながらも薄目を開けて隣を見れば。

 紙の束をぺろろと楽しそうにめくっていますけど。


「表面だけ、全部本物だったんだね」

「六万円もするの、おもちゃの銃」

「信じがたい世界です。もう関わることも無いと思うけど」

「でも、道久君はすぐにもう一度お店に行くことになるの」


 ああ、そういえばゆうさんが言ってたね。

 別れしなに、どうせすぐ店に来るんだから行ってきますって言えとか。


 どういう意味でしょう。


 あれこれ理由を考えていたら。

 再び、重くのしかかってきた睡魔に瞼を引きずられたのですが。


 映像が暗転する直前。

 とんでもないものが目に入ったのです。


 ……俺はシートベルトを伸ばしながら。

 がばっと起き上がって、穂咲の手首を掴みます。


「……道久君。痛いの」


 そこにあってはならないもの。

 すっかり覚めた目で震えながら見つめるその先に。



 穂咲が握る紙の束。

 その一番底の一枚。



 どう見ても。



 本物の一万円札なのです。



「……はっ!? また店に来ることになるって、そう言う意味? これを返しに来いってこと?」


 冗談じゃない。

 もうあの人と関わるのは御免です。


 でも、だからと言って。

 これを返さないわけにはいきません。


 くらくらとする頭を抱えながら。

 シートに身を落とした俺に。

 穂咲は珍しく、きっぱりと言い切りました。


「これは、あたしが貰ったの。返さなくていいの」

「穂咲……」


 柔らかな笑顔で俺を見つめながら。

 俺以外の人にだけ優しい彼女が。

 ゆうさんを捨てて、俺に優しくしてくれたのです。


 その言葉が嬉しくて。

 この二日間、君を守ろうと必死になった俺に対するお礼のように感じて。


「……ありがとう」

「なんでお礼? 変な道久君なの」


 くすくすと、幸せそうに笑いながら。

 穂咲は札束をぺろろとめくるのです。


「あたし、守ってもらってばっかりだったのに?」

「それはいつもの事ですし、構いません」

「あたし、拳銃がおもちゃだって上手く伝えられなかったのに?」

「それは東京が騒々しすぎるせいですので」

「あたし、道久君を一万円で売ったのに?」

「それは…………。今、なんつった?」


 はにかんで、照れくさそうにしていますけど。

 仕草とセリフが合ってませんよお嬢さん。


「ゆうさん、バイトが欲しいから道久君を頂戴って言ってきたの」

「…………はあ」

「でも、道久君は五千円分くらい便利だから困るって言ったら、これをくれたの」

「…………はあ」


 ぽこっと穴の開いたジグソーパズル。

 ゆうさんが話していた、俺が売られたという話。

 そして、すぐに帰って来るという話。

 

 実にぴったりというピースが、今。

 君の手から転がり落ちてきたのですが。


「穂咲」

「なに?」

「立ってなさい」

「車なのに?」

「今すぐ立ってなさい!」



 こうして俺たちの春休みは。

 取っ組み合いのケンカで幕を閉じたのでした。



 9.5冊目、おしまい♪




 次回、10冊目となる新学期は、2018年4月9日(月)から開始!

 皆様は深夜に帰宅などせず、過剰な運動など行わず。

 しっかり余裕をもって登校してください!


 波乱万丈だった東京生活を終えた二人に。

 いよいよ後輩が出来る新年度!


 年度の最初くらい初心にかえってのんびりと生活したい。

 今回の特別編を経て、道久もそう思っていることでしょう。

 ですので、そんな主人公の願いを叶えます!


「……そうはいかないの」


 叶えます!

 どうぞお楽しみに!


「そうはいかむぐっ。もごもご」


 お、お楽しみにっ!!!


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「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 9.5冊目! 如月 仁成 @hitomi_aki

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