✻ 5 ✻

 これで私のお話はおしまいです。

 面白かったですか、それとも退屈でしたか?

 怖かったですか、はたまたおかしかったですか?

 そもそも私が何を言いたいのか、全く理解できませんでしたか?

 

 私がこの短いとは言い難い話をしたのには、もちろん理由がございます。

 ただ単にべらべらと喋っていたわけではありません。


 あの時私のもとに来たモノたちは、今こうして落ち着いて考えてみれば、私に己の存在を認めてほしいと思っていたのかもしれません。

 「私に」というのは、別に私が特別なわけではなく、たまたまその時繋がったのが私だっただけの話です。私以外にも同じように繋がった人もいるでしょうから。

 『夢』を通じて密かに繋がり続け、私の意識に自分たちの存在を少しずつ潜ませていたのかもしれません。そうして少しずつ私と繋がりを深めていったその後、私がそれに慣れ始めたときでしょうか、『夢』という閉じられた箱の中から抜け出して、私の意識のもっと上の方で繋がるようになっていったのではないかと。そもそも私の見ていた『夢』は、私たちの認識している夢ではなくなっていたのでしょうが。

 何事も少しずつ、まるでこちらが「あちら側」に慣れるのを待っていたかのように感じるのは、今だから、でしょうか。


 こちらが「あちら側」を恐れ、否定したとき、「あちら側」は私に(「あちら側」にそんなつもりはないのかもしれませんが、こちらを主体に考えたとき)危害を加えてきました。

 噛みついたり、溶かそうとしたり、とかね。

 きっとそれは「あちら側」が、「あちら側」を否定し拒絶した私に、ちょっとした意地悪だとかそんなものだったのではないかと今は思っています。

 「あちら側」のモノたちが、寂しいとか悲しいとか、そんな感情を持っているのかどうかは知りませんが、少なくとも私が彼らを拒絶しさえしなければ何もしては来なかったのです。私が眠るその近くで、じっとしていただけのあの子のことを憶えていますか? あの子も結局は、私の意識の本当にぎりぎりのところまで来たというのに、最後の最後で私に「恐怖」を抱かれてしまった。私から見れば、抱いて「しまった」、ですね。

 だからあんなふうになってしまったのではないか。私はそう思っています。

 

 彼らは、こちら側に住む私たちと、隙さえあれば繋がろうとしている。でもそれは、決して危害を加えようとか、そういうことではないのです。

 彼らはとても傷つきやすい。この表現が合っているのかはわかりませんが、きっとそう。だから私たちに拒絶されると、己を示すのに必死になってしまうのです。


 ですから、私の話を聞いてくださった、あなた。

 もしこの先繋がることがあったら、もしくは今まさに繋がりかけているなら。

 あなたは決して、彼らを拒絶してはいけない。

 受け入れて同じになれ、と言っているのではありません。

 「拒絶」さえしなければそれでいいのです。

 そうすればきっと、彼らはあなたに危害を加えることも、必要以上に怖がらせることもないでしょう。

 「拒絶」し続けてしまえば、あなたも私のようになってしまう。


 最後にお話ししたあの一件以来、私の体の左側は、「あちら側」を捉えやすくなりました。

 何かおかしなものが見えるときには決まって左目、そして聞こえるものもそのほとんどが左耳。常時何かを捉えているわけではありませんが、その「何か」は限りなく百パーセントに近い割合で、私の左側が感じ取っております。それもかなりの頻度で。


 きっと私は私の半分だけ、彼らに連れていかれてしまったんでしょうね。

 最後の最後で拒絶してしまった、それに対する彼らの腹いせかもしれません。

 今の私は、『現』と『夢』がどこで区切られているのか、分からなくなることが多々あります。いえ、「区切られている」ところが分からないと言うより、今自分がいるここがはたしてどちらに位置しているのか。私自身には判断しかねる、と言った方がしっくりきそうですね。


 私が立っているのはきっと、その両方を隔てる一筋の境界線の上。

 平均台のような細さにかないその線の上、左右のバランスを保ちながら歩いている私は、いずれどちらかに倒れ込んでしまうかもしれません。

 ちょっとしたことでも、細い線の上では小さな小石も大きな障害となる。

 しかしこんな考えも、その境界線がいつまでもあり続けることが前提となっています。

 私がふらついてどちらかに落ちる前に、境界線そのものが消えてしまう可能性だって無いわけではないのです。何が起こるかなんて、誰にも分からないでしょう? 私にも、そしてあなたにも。

 ですから、私は。


 この不確かな境界線の上で、行けるところまで歩いて行きましょう。


 そちらに戻れるのか、あちらに行ってしまうのか。

 それはその時が来るまで、誰にも分からないのですから。

 


 ああ、そうそう。

 このお話を初めて少し経った頃、私が言った言葉を憶えてらっしゃいますか?


「私の話す夢が『夢』なのかそうでないのかは、あなた自身のご判断に委ねる」


 この言葉の意味、今ならわかってくださいますでしょう?

 私にはもう、分からなくなってしまいましたから。

 そして、私の話を最後まで聞いてくださった親切なあなた。



 あなたは、どちらだと思いますか?






 終

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この不確かな境界線の上で もふ @dustcat

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