第19話 弟の背中
弱い人たちがどうやって身を守っているかなんて、彼女には思い至らなかったのだろう。
碌に使えない魔法の実力、潤沢にある資金、身分に与えられた責務をそれでもこなしていたレーナ。
それらすべては、先生にとってどれくらいの衝撃だったのかは、私には計り知れない。
ゲームではそんなことは決して起こらなかった、生徒たちの事故の数々。
マルローネ先生なりに、倒した魔物の数を知っていることを生かして、無理のない範囲でできるじゃないということをもしかしたら授業を通して私に証明したかったのかもしれない。
ただこの世の中には、金のある物だけが選ぶことができる人生の難易度を下げることのできる選択肢というのがあるのである。
まだまだ先生も未熟。
あのわからずやの先生を今度こそ論破した手ごたえを感じた私はちょっとだけ気持ちよくすらなっていたその時だ。
「姉さん!」
切羽詰まった叫び声が聞こえるや否やだった。
その声の主が誰か目視するより早く、気が付いたら私とマルローネ先生の間におそらく身体強化をして現れた人物の喉元にリオンがすでに剣を突きつけていた。
アンナも遅ればせながら何が起こったかはわからないけれど、私を自分の後ろにかばわねばと動いた。
アンナの背越しには、喉元に剣を突きつけられたビリーが立っていた。
「抜刀すれば切ります」
リオンは冷静にそういうけど、もうビリーの喉元に自身の剣を突きつけてるし、ビリーの剣は抜刀できないようにもう片方の手で途中まで抜かれた剣を鞘にとどめるように抑えてと圧倒的な実力の差がそこにあった。
もう何かを成す前にすべて制圧されていたビリーが一体何を言うのだろうと私は身構えた。
ビリーの表情がこれまでと全然違ったからだ。
これは何度か見たことがある、人が何か大きな覚悟を決めた独特の顔と雰囲気をまとっていたからだ。
これまでのかわいらしいチンピラの威嚇とはわけが違う。
覚悟を決めた人間というのは実に恐ろしいことを私はすでに知っている。
ビリーはゆっくりと自身の剣から手を放し敵意はないことを証明するように両手を顔の横にあげて言葉を発した。
「……姉の無礼は、俺が……いや、私が代わりに謝罪いたします。私一人が頭を下げて通ることではないとわかっておりますが、どうかレーナ様。矛をお納めください」
リオンは首に剣を突きつけたまま、ホルダーを外しビリーの武装を解除して剣を取り上げるとようやくビリーの喉元に突きつけた剣を下した。
「ん?」
ビリーの言葉をきいてよくわからなくて、思わず聞き返してしまう。
「失礼があったことに対しては、家門できちんと後日話し合いを行い。このようなことが二度とないように勤めます。レーナ様のご気分を害しましたが、姉はヘバンテン家で他の代わりが利かない才をもった人物なのです」
圧倒的な才能を持つ姉にコンプレックスを抱えていた攻略対象者の一人、ビリー・ヘバンテン。
努力をしてもしてもしても、彼の努力は圧倒的な才を持つ姉に届くことは決してなかった。
ビリーは授業に真面目に出ることもせず、自身の境遇に向き合うことを避け擦れていった。
そのビリーがなんかよくわかんないけど、突然会話に割り込んできて言葉をただし姉の非をみとめ代わりに頭を下げたのだ。
どうなってんのこれ? とちらりとアンナを見つめると、アンナもどういうことですか? と言わんばかりに私に目配せをした。
さっぱり状況が呑み込めないアンナと私はどうしたもんだと思っていると。
ビリーの態度をみて、マルローネ先生が今度は頭を下げだした。
「話を聞かず一方的に責務だと押し付けてしまい本当に申し訳ありませんでした。非の責任は弟には何一つなく、これは私一人の責任です。弟の無礼な態度にだけはどうか寛大な処罰を」
「姉さん! 姉さんはこれ以上ややこしくならないように黙っていて」
「黙るのはビリーあなたよ」
お互い今回の非礼に対する責任は自分がとるといって譲らない美しい兄弟愛のような光景がそこにはあった。
「お話をさえぎって申し訳ないですが。マルローネ先生に今回のことを踏まえて適正なクラスに私を配置してもらいたいだけです。あとのことは私ではなく先生同士ではなすことかと」
他の生徒云々のことはリオンと違って一生徒である私が考えることではないし。
予定通りアンナとミリーと他の授業のように楽しくやりたいだけなのだ。
なので他のことは全部またもリオンに丸投げすることにした。
ちらりとアンナをみるだけで、そこはアンナ。
私がもうよくわからないし、とりあえずここから逃れたいというのをすぐに察してくれて私たちはその場を後にした。
後には以前地面に膝をついたまま後悔しているマルローネ先生と姉に言葉をかけるビリー。
そしてにこやかな顔をしていたけれど、私に刃物を向けようとしたことにかなりご立腹のリオンが残った。
それからすぐに掲示板にて私のクラスが下位のクラスに配属になるお知らせがされた。
本来なら下位のクラス変更なんてことが掲示されることは、じつーーーに不名誉なことではあるけれど。
私は私が本来いるべき場所をようやく勝ち取った証だった。
アンナはこんな堂々と不名誉なことを掲示するなんて! という感じ断ったけれど。
「初のレーナさま派閥の勝利ですね!」
クラスの移動を先生におれてみとめさせたことをミリーは嬉しそうに喜び。
「ミリー!」
アンナは一応不名誉なことなのだから、そのように言うべきではと言わんばかりにいつもの流れでミリーをたしなめた。
「申し訳ありません。ついうれしくて……」
「レーナ様、私たちの戦いはこれで終わりではございません。私たちが悪いわけではございませんが。今回の乱れた風紀を整えることができるのはレーナ様だけでございます」
アンナがそういうと、アンナだけではなく本当にこの顛末を収束できるのは私だけといわんばかりにミリーも私をまっすぐと見据えたのだ。
「私って言われても」
悪役令嬢はヒロインを虐めてる場合ではない 四宮あか @xoxo817
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