第8話
「綺麗に出来るようになったのね・・・」
下げたままの頭の向こうでお母さんが息を吐く。
「まあ、それはそれ。私だってさっきの今で混乱しているから反対しか出来ません。直りなさい、藍。鷹木君も今日のところは帰りなさいな。明日もお仕事でしょう?」
「お気遣いありがとうございます。今日のところは失礼します」
そんなにすぐに認めてもらえるわけは無いと思っていたけれど、想像以上に体が上手く動かない。
鷹木さんが肩に触れる。
「明日また来るから。今日帰っても電話するけど、寝ていてもいいからね?」
髪をゆっくりと撫でられた。
涙が出る。
このまま鷹木さんが来なくなってもしようがない。それなのに、それでも鷹木さんは私を安心させようとする。
私は優しい人を巻き込んでしまった。
私の我が儘に。
「ありがとう」
今、スゴい不細工な顔をしてる気がする。
だって鷹木さんが苦笑した。困ってる。
「離れたくない様な顔に見えたから、こんな時にそれが嬉しいと思う自分に呆れたの」
そう言うと立ち上がり、私も立たせてくれた。
手を握る。
お母さんに向き直り、お辞儀をした。
「お邪魔致しました。また明日、お邪魔します」
「フフッ。出入り禁止にはしないから、ちゃんといらっしゃいね」
お母さんが軽く笑ったことに驚いた。
「さ。玄関まで送ってあげなさい」
一人で少し混乱しながら、二人で玄関にむかって鷹木さんが靴を履くのを眺めていた。
「藍さん、今日はお疲れ様。コール三回で出なかったらメールするから、ゆっくり寝るんだよ?」
玄関に立つ鷹木さんと私の目線の高さがほぼ同じになる。
「うん・・・あ!保冷剤もっと持って来る!」
「大丈夫。家に冷却シートが余ってるから。そんなに心配なら明日の朝に写真送ろうか?」
「うん!」
「冗談のつもりだったのに・・・じゃあ藍さんも送ってね。隈なんてあったら仕事休んで見舞いに来るから」
仕事を休むなんてそんな事はさせられない。その事に焦って、私も写メを送る事を流してしまった。
もし本当に隈があったら、鷹木さんは絶対に来るだろう。
そう確信できる事が嬉しかった。
「ありがと、鷹木さん・・・」
「うん。おやすみ、また後で?」
「おやすみなさい。また後で」
玄関の閉まる音の余韻が消えてもその場に立っていた。
うん。私もしっかりしなきゃ。
まずは、今日はしっかり寝よう。
あ!
急いでリビングに向かうとお母さんが片付けを終えていた。
「あぁ、ごめんなさい。私がしなくちゃいけなかったのに」
「そうね。でもやってしまったから代わりに日曜のご飯は頼もうかしら?」
もう妊娠の話は終わりなのだろうか。
明日に仕切り直し?
束の間のことだとしても、いつものお母さんに少しほっとして、少しだけ笑った。
「うん。任せて。カレーだけど」
「あら、藍のカレー大好きよ」
何事も無かったように笑った。
『正直、お母さんにももっと分かりやすく反対されると思ってたよ』
鷹木さんが電話をくれたのは思っていたより遥かに早い時間だったので、お母さんとのやり取りを話すことができた。
いくら緊張していたからと言ったって、さすがに9時には寝られない。
「お母さん、静かに怒るタイプなの」
『わあ・・・それも恐いな・・・』
「だから笑っていた事にびっくりした」
『うわぁ・・・明日も気合い入れる。いやこれからずっとだけどさ』
「ふふ、ありがとう鷹木さん。でも無理はしないで。私も頑張るから」
『無理はするけど心配かけないようにするよ。藍さんこそ無理はしないで。ちょっと早いだろうけど、今日はもう寝るんだよ?』
「はい。よくよく考えたら寝起きの顔を撮って送るって言っちゃったもん。恥ずかしい。変な顔でも笑わないでね?」
『えぇ~、待ち受けにしようと思ってたのに~』
「絶っっ対!やめてっ!?」
『ははっ!冗談だよ。誰にも見せないで保存します』
「・・・保存もヤだなぁ」
『じゃあ、保存しきれなくて消せるようになるくらい、これから二人の写真をたくさん撮ろうね?』
「!・・・はい」
『うん。じゃあ、明日お互い写真でね。おやすみ』
「うぅ、おやすみなさい・・・」
『大丈夫。可愛いよ。じゃあね』
通話をオフにして、スマホを眺める。
・・・鷹木さんて甘やかすなぁ。寝起きが可愛いわけないじゃん。
でもそれで安心できたのか、すぐにぐっすり眠ることができた。
私ってこういうところが単純だ。
だからといって、納得の一枚を選ぶのに十分くらい掛かったけど。もちろん洗顔もブローも済ませて。散々悩んでスッピンで。
送ったらすぐに返信されて、見ると、どこも腫れてない寝癖のついたままの鷹木さんのぼんやりした顔が届いた。笑ってしまった。
・・・ありがとう
昼休みに屋上出入口の階段の踊り場で、
丁度ジュースを飲んでいた二人は同時に吹き出し、それが私にかかった。
「はあっ!?何それ!?」
「詳しく!ちゃんと
誰かに聞かれると困るので、階段下を注意しながら小声で説明した。本当の父親は先輩だという事も。
だって二人には何でも話して来た。私が二股をする余裕も器用さも無かった事を知っている。
「マジか・・・」
「何そのドラマ・・・」
二人に真実を打ち明ける事は、鷹木さんからもOKが出た。
噂にするような二人ではないけど、きっと私には隠しきれない。
親を説得するんだから、友達はその心の支えになるよ。
鷹木さんの言葉が思い出された。
そして二人は、黙って私の説明を聞いてくれた。
そして、学生証に挟んだエコー写真を見せた。ただの粒にしか見えないその写真を、二人がじっと見る。
「産むって、決めてるんだね?」
愛美にうなずく。
「馬鹿」
沙織のその言い方にちょっと笑ってから、うなずく。
そして、
「「 言ってくれてありがとう 」」
三人で、ちょっとだけ泣いた。
ひとつの馴れ初め みわかず @miwakazu-348
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