【ショートショート】ヒトガタ
佐藤佑樹
ヒトガタ
その人形ヒトガタは、自身を未来だと名乗った。いや、あるいはたとえただけなのかもしれない。
彼はそれと対峙していた。
「で? なんだって?」
それは応える。
「安寧を棒にふってまで、およそ不確定な未来に馳せ、現在を生きること…君は馬鹿だと考えるのかいと、僕はそう言ったんだよ」
なぜここにきて抽象的な言い回しを用いたのか、彼には判然としかねた。だが、言わんとしていることだけは、先刻からの流れの上、理解できた。
「ああ、馬鹿だ。馬鹿なことさ」
なぜ人はこうも、陶酔境に酔うことばかりを美徳であると、認識してやまないのだろう。それは一種の迷妄か、はたまた浅薄からの蒙昧か。
彼は思っていた。
目前の、この未来と自称する存在の言わんとするところは正しい。流々とし生けることを夢のためと称し、無為であったと判じ得なければならない将来が訪れる可能性から、ただただ目を背け、自称するところの夢を大義の類いと暗示し自我を保ち、およそそのような歩みをする人間の、さあ、どこに同情する余地があるというのだ。
同情?
彼は笑んだ。
違う。他人の、忠告すべき隙と言うべきか。
「閉じてしまってんだよ」
自身にも期せずして独りごちていた。
一つの在り方という観点において、ある意味で完成しているのだ、それは。
「先述の旨とは違うんじゃないかい?」
人形の存在はその独白に応じた。無論、それがただの嘲りの形だと、気づかなかったわけではなかろうが。
彼は人形を見据えた。誰にはっきりと捉えられなくとも、彼には目視できた。ただ、そこにはいない。矛盾をはらんでいるようで理にかなっている。彼はその有り様を、無意識の意識として理解していた。
人形が手を伸ばす。
彼は、それを遮るように、放った。
「だがそれこそが美しい、だろ?」
それもまた一つの矛盾。
彼は駆け出していた。
前方にたゆたう未来へと向かい。
人形の表情がまた、揺らいだ。
【ショートショート】ヒトガタ 佐藤佑樹 @wahtass
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