第6話 教えてくれ、勇者よ!

『あー、そっちの何かよくわかんない燻製美味しそうだね、取って!』

 ――えっ? 食うのか、これ……? まぁ良いけど(エルフの耳だってことは黙っておこう)。


『みっ、水水! ぷはぁ~! あっぶなかったぁ! あともーちょいで死ぬトコだったよ! あーでも、この燻製、食感が癖になるね!』

 ――それは良かった(食べやすいように細切りにしてくれてて助かった……)。


『あれ? ちょっと魔王持ってるの何? へぇ~、包み焼きかぁ。これこの葉っぱ剥がす? このまま食べるの? おっ? 美味しい! お肉やぁ~らかぁ~いっ! これもっとないの?』

 ――存分に食べるが良い(本当は葉を剥がして食べるのだが……。まぁ良いか)。


 先ほどの食事を思い出す。

 勇者はよほど空腹だったと見えて、頬をぱんぱんに膨らませながら、エルフの耳とコロポックルをもりもりと食べていた。その途中途中で吾輩に水を注がせ、汚れた手やら口の周りを拭かせたりしたのである。こんな姿は絶対に誰にも見せられない。


『魔王食べてるの何? 何かそのお肉怖いんだけど』

 ――豚だぞ、ただの。まぁ、我々の食用に品種改良してるから角は生えてるけど。


『ねぇ、その真っ赤なのって、もしかして人間の血とかだったりする?』

 ――いや、これは一緒に煮込んでいる火焔草の色だ。色は派手だが味は結構淡泊だぞ。


『ねぇ、そのお肉丸焦げじゃない? 大丈夫?』

 ――これは漆黒牛といって、体毛は真っ白なのだが、血肉は真っ黒という超レアな牛の肉だ。ちゃんと焼けているのかがわかりづらいため、料理人泣かせの食材と呼ばれている。もちろん、うちの料理長ならその点の心配はいらない。



「――まぁ、そう聞かれると……。楽しかった……かもしれんな」

「でっしょぉ?!」


 勇者は目をまん丸に見開き、高速で数度頷いた。我が意を得たり、と言わんばかりの表情である。


「魔王もさ、こういうの学んでおいたほうが良いと思うんだ、あたし」

「こういうの? 愛ってやつか?」

「うーん、まぁ、愛に限らず、だけどさ。魔王、国民のため、とかっていうけどさ、魔王にも魔王の人生があるわけじゃん? 王様だからって何もかも全部我慢して民のために身を削らなくても良いと思うんだよ」

「しかし、吾輩が堕落してしまうと……」

「あーもー、そういうトコだよね~」

「何?」

「もー何? そこでさらっと『堕落』ってワードが出るのが信じらんないよ。何ていうかさ、ここ一番の踏ん張り時ってさ、最後はもう『自分』なんだよ。民がどうとかじゃなくなると思うんだ。たぶん、たぶんだけどね、いつか魔王があたしじゃない勇者に倒される時が来るとするじゃん?」

「何、吾輩が勇者に倒されるだと」

「まま、いつかの話よ。かなり遠い未来だと思ってるけど。それにほら、例えばの話だから。そういう時って、一番大切な人の顔が浮かんでくるもんだと思うんだよね。あたしもさっき父さんと母さんの顔浮かんできたもん。あ、死ぬな、殺されんな、って思った時」

「そういうものなのか」


 だとしたら、吾輩は一体誰を思い浮かべるのだろう?

 父上? それとも、数回しか見たことのない母上? もしかしたらすぐ上の兄者かもしれない。


「でもきっと、いまの魔王だったら、そういう人を思い浮かべることもないんじゃないかなって。だって、お父さんの顔、覚えてる? 先代魔王としてじゃなくて、お父さんとしての」

「それは……」


 当然覚えているとも、と言ってやりたかった。しかし、それは無理だ。吾輩の記憶の中の父上は、やはりいまの吾輩のように戦闘用の姿でいて、うんと幼い時に抱き上げてくれた『父』の顔などとっくに忘れてしまっている。臨機応変に姿を変えられるというこの力がまさか仇になろうとは。

 しかし、戦闘形態の父上も父上ではないか。頭ではそう思っている。だって、この姿の吾輩も真実の吾輩なのだから。でも、心のどこかで、見たいと思うのは、会いたいと思うのは、あの幼き日の、まだ魔王ではなかった頃のあの父上だったりするのだ。


「大事な人はさ、いなくなっても大事なのは変わらないけど、ほんのちょびっとでも欠けずに覚えてなんていられないんだよ。あたしもね、もう母さんの声、優しかったなってくらいの記憶しかないんだ。でもね、大事な人っていうのは、これから先も作っていけるんだよ。魔王にもさ、これから絶対そういう人が現れる。これは人間の話になるけど、そういう人がいると、その人のために、って有り得んくらいの力が湧いてきたりもするもんなんだよ。だからもしかしたら、いまより強くなれるかもしれないし、それでも駄目で本当に死ぬ時には、民じゃなくて、魔王が本当に大事な人の顔思い浮かべたら良いと思う」

「ふむ。なかなか興味深いな」

「そう? あたし、話上手い?」

「上手いんじゃないか? いままでそういう話をしてくれる者がいなかったのでな、何だかものすごく新鮮だ」


 確かにこれは学んでおいて損は無いかもしれない。

 確かにこれまでも「あー、これは死んだかな?」って思った勇者が「俺はおまえを倒してアイツと結婚するって約束したんだ」とか言いながら立ち上がった(そしてその数分後に死んだ)パターンも何回かあったし、「ユリア――――――!!」とか叫びながらめちゃくちゃに剣振り回して吾輩の腕を切り落とした(まぁすぐ生えてきたけど)ヤツもいたもんなぁ。

 成る程、その『愛』とかいう力もなかなか侮れないようだ。


「あっはは~、そんじゃあたし、魔王の先生になろうかな。どう? 魔王に『愛』を教える家庭教師!」

「家庭教師?」

「そう。お給料はさ、まぁ、あの工場よりももーちょいもらえたら嬉しいかな。あーでも、ここから出られない感じなら、3食出してもらえるだけでも良いかも。たぶんそれだけでもあそこよりはずっと好待遇だし」


 勇者はそう言って、親指を立てる。

 勝手に決めんな、アホか。……と言いたいところだが、まぁ、悪い話でもなさそうだ。


「よし、分かった。ではいまこの瞬間から、勇者、貴様を吾輩の家庭教師として雇おう。しかし、城の者に見つかるのはまずい」

「だろうね。さっくり殺されるだろうね。フツーここって人間とかほいほい歩いてないっしょ?」

「うむ。ここに来る人間とはすなわち勇者一行だからな。吾輩の手を煩わせまいと部下は常に目を光らせておる」

「そんじゃ間違いなく仲間と思われてジ・エンドだね。オーケー、ここから出ない、決定」

「それが得策だろうな。なので、必要なものがあれば、吾輩の私物ということで部下に買いに行かせよう。もちろん、給金の範囲内でだぞ」

「あいあいさー」

「それと、給金とは別に3食は保証しよう。寝床も用意する」

「わお! ありがとう、魔王! でも、寝床ってドコ? もしかして魔王の寝室?」

「……仕方あるまい」


 さすがの吾輩でも誰にも気付かれずに空間を捻じ曲げて部屋を増築するなんてことは出来ん。


「うっわ、これってもしかして家庭教師から愛人のパターン……? おいおい異種族オーケーとかどんな懐の広さだよ、って違うか。見境ない方か。変態。変態魔王」

「だからその変態魔王というのを止めろ! 人間などに手を出すか!」


 こいつやっぱり首にしようかな……?


「わかったわかった。信じるってば。えーっと、それじゃあ、これからはさ、あたしのこともう勇者って呼ぶの止めてよね。これからは、あたし、魔王の『先生』なんだから」

「むぅ、そうか。『先生』か」

「うんうん、よろしい。では、魔王

「く、君? 吾輩、君付けで呼ばれるのか!?」

「え? 魔王ちゃんの方が良い?」

「そういうことではない! うぅ……。まぁ、ちゃんよりは君、かなぁ」

「よし、魔王君で決定。魔王君、さっそくだけど――」

「何だ、先生」


 何だこれ。

 何かめちゃくちゃ屈辱的だぞ!


「とりあえずさ、この鎧、全部脱がしてくんない?」


 そう言って、『先生』は白い歯を見せて照れたように笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レベル1の勇者が乗り込んできたんだが。 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ