せっかち異世界

ぽてゆき

せっかち異世界

 日曜の午前9時。

 天気も良いし、家に居ても退屈だしってことで、着の身着のまま外に出てみた。

 近所の住宅街を歩きながら、何か面白い事起きないかなぁ……という無茶な願望を頭に思い浮かべる。

 ……しかし、もちろんそう簡単に面白い事なんか起きるもんじゃない。

 なので今度は、


「何か面白い事起きないかなぁ……!」


 と、声に出して言ってみる。

 ……が、だからといってそう簡単に面白いこ──


 ピカッ!


「うわっ!」


 突然、目の前が青白い光で覆われた。

 まるで太陽が落ちてきたみたい……なんてロマンチックな喩えをしている場合じゃない。

 下手したら、変な病気にでもなったんじゃないか、と思って背筋が凍った。

 そして、次の瞬間、フワッと意識が途絶えた。



* * *



「おい、起きろ。ほら起きろ!」


 男の声と共に、全身を激しく揺さぶられ、オレは目を覚ました。

 いや、無理矢理目をと言った方が正しい。

 って、そんなことより、ここはどこ!?


「そんで、あんた誰!?」


 オレは、見知らぬ部屋の硬いベッドの上に寝ていた。

 そして、目の前には、体を揺さぶってきた張本人である謎の男の姿があった。

 男は、紺色の兜をかぶり、同系色の鎧を身に付け、左手には盾、腰には剣を刺している。

 これは……やばいヤツだ。

 若しくは、コスプレイヤー。

 願わくば、後者であってくれ……。


「起きたか、おい。さあ、行くぞさあ!」


 男は早口でまくし立てながら、寝ているオレの右手を引っ張って無理矢理起こそうとした。

 

「えっ? いや、行くってどこ? ってかアンタ誰? ってかここどこ!?」

「はっ? どこって、<サーサハヨハ>に決まってるだろが!」

「ああ、サーサハヨハか……って、なにそれ!? 聞きかじったことすら無いんだけど?」

「なーに、寝ぼけたこと言ってんだこら!? 世界を救いに来たのなに言ってんだお前!」


 そう言うと、男は右手で剣を抜こうとした。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って! ああ、思い出した。サーサハヨハね! うん。ずっと来てみたかったんだよね、ははは……はははよは……」


 間違いなく、こいつはヤバいタイプのヤツだ!

 ってことで、オレはとにかく自分の命を守るために平気で嘘をついてみせた。


「だろーよ! ほら、冗談なんか言ってるヒマがあったらさっさと起きて行くぞこら!」

「あ、はい、起きます起きます!」


 ふう、セーフ……!

 男の言葉は全て、ちょっとなに言ってるのか分かんないんですけど状態だけど、ここはとにかく深く考えないで話を合わせることが肝要。

 そして、オレはスッと起き上がって見せた。


「よし。それじゃ行くぞ!」

「はいはい。……って、どこへ?」

「魔王討伐に決まってんだろがい!!! ったく、変な勇者だなおい!!」

「な、なんかすみません……。って、魔王討伐? ゆ、勇者!? オレが?」

「ぶわぁぁぁぁぁかぁぁぁぁ!! 何度言わせんだごるぁぁぁぁぁ! じーかーんがー!! ねーえーんーだーよぉぉぉぉぉ!!!!!」

「ひぃ! ごめんなさい! 分かりました。勇者です勇者! さあ、行きましょ行きましょ!!」

 オレはペコペコ頭を下げながら、急いでベッドから降りた。

 すると、男はクローゼットの中から防具一式を取りだし、ベッドの上にポンと置いた。


「ほら、早く! ハリャップハリャップ!!」


 男は、いつの間にか鞘から抜いていた剣を右手に持ち、ベッドの上の兜をカンカンッ、カンカンッ、と叩いて急かした。


「は、はい! 着まっす着まっす!!」


 切れ味の鋭そうな剣の輝きとカンカン音に急かされて、オレはファッションショーのモデルばりにすばやく防具を身につけた。

 もちろん、防具なんてものは生まれてこの方一度も身に付けたことなんて無かったが、命の危機ともなると人間何とかなるもんで。

 あっという間に、男と同じような格好の出来上がり。

 

「おお、いいじゃねーか」


 と、男も満足そうに頷いている。

 おお、やった!

 ……とか喜んじゃってるし、オレ。

 これか?

 この防具のせいなのか?

 そう言えば、男が着てるのと似てるし、この防具が身に付けた者の頭をおかしくさせる呪いでもかかってんのか……


「じゃあ、次は剣だ剣!! 剣抜きに行くぞ剣!!」

「えっ? 剣? 抜く……って?」

「うるせぇぇぇぇぇ!! さっさと抜くぅぅぅ!! 勇者なら剣抜く常識これ!!」


 男は、右手に握りしめた剣をぐわんぐわん振り回しだした。

 

「はいはいはい! 抜きます抜きます!!」

「おう、分かれば良いんだよ!! さあ、行くぞ!!」


 と、男はオレを先導するようにして、ベッドが置いてあるのとは逆方向の壁にある扉を開けて外に飛び出した。

 オレも続けて外に出る。


「……えっ? こ、ここは……!?」


 目の前には、中世ヨーロッパ風の家がぽつりぽつりと並んでいる光景があった。

 振り向くと、今まで居た部屋もそんな家の1つであることが分かった。

 家と家の間隔はほどほどに広く、全部で10軒ほどの小さな集落といった所か。

 何にしても、マンションやアパートが建ち並ぶオレんちの近所とは似ても似つかない。

 そして、なによりもめちゃくちゃ焦げ臭い。

 こんな焦げ臭いなんて、どっかで火事でも起きてるんじゃ……


「って、ええ!? 火! 火、火!!」


 よく見ると……というか、なんでよく見ないと気付かなかったのか不思議だが、この集落というか村というか、その周り360度全方向、猛烈な火でグルッと囲まれていたのだ。

 向こう側の景色が一切見えないほど、煙がもうもうと立ちこめている。

 

「やばいやばい!! 早く消さないと!」


 思わずそう口から漏らしてから、オレはしまったとばかりにチラッと隣の男の顔を見た。

 

「だーかーら! それを何とかするのが勇者の仕事だーろーが!!」

「ひぃ、ごめんなさい!!」


 って、さっきから謝ってばかりだよ全く。

 って言うか激おこもいいところなんですけど!

 ……と思ってはみるが、絶対言葉にはしない。

 緊急事態に陥ったことで鋭くなったオレの直感が訴えかける。

 とにかく、男の言うとおりにしないと待ってるのは、死、死、死……だと。


「ほら、じゃあいくぞ!」


 と、家の前の道を進み、オレはそれを追いかけ、村の出口と思しき木のアーチ前までやってきた。

 火の渦……や火の海はもう目の前。

 

「なにボケッと突っ立てんだよ! 行くんだよほら!」


 男は、オレの背中をグッと押してきた。


「うわっ! ちょ、ちょっと殺す気!?」


 さすがに命の危機を目前にしたことで、無意識的に抵抗してしまった。

 

「死なねーよ! 行けよもう! いちいちイラつくなおい! みんな待ってるんだよ! 勇者が世界を救ってくれるのをよぉぉぉ! その思いを裏切るなよ!!」


 うわっ、めっちゃ怒ってる!

 地獄だろもうこれ……って、そうか。

 きっと、オレはもう死んでるんだ。

 そんでもって、目が覚めたらそこは地獄で……


「ほらぁぁぁぁ! 行け勇者ぁぁぁぁぁ!!」

「は、はーいー!!」


 こうなったらやけくそだ!

 ったく、どうせ地獄に落ちたとしても、もっとクセのない下手な地獄が良かったよ……なんて心の中でボヤキながら、オレは意を決して火の中へと飛び込んだ。


「うおぉぉぉ!!」


 アーチをくぐり、村の外へと飛び出す。

 地獄の業火に焼かれたオレの体は、一瞬にして丸焦げ……にならない!

 なんだこれ!?

 完全に火の中に居るっていうのに、熱いどころかちょっと涼しいぐらいなんだけど?

 この防具、マジで火耐性が付いてるっていうのか……!?


「ごるぁ! なにボケッとしくさってんだごら! さっさと剣抜きに行くぞ剣!」

「は、はい!」


 同じく火のまっただ中に飛び込んできた男も、いたって涼しい顔で叫ぶ。

 そして、オレは大声で返事しながら、不思議な感覚が芽生え始めていた。

 なぜか、ちょっと楽しいという感情を抱き始めていたのだ。

 ずっと帰宅部でスポーツを真剣にやった経験が無いのだが、生まれて初めて体育会系の連中の気持ちが分かったような気がした。

 そして、何気なく後ろを振り向くと、村のとある家の窓際に子供らしき小さな顔がこっちを見ていることに気がついた。

 そうか。

 この男だけじゃなく、村の人みんなが勇者の活躍を心待ちに──

 

「ボケッとすなぁぁぁぁ! 行くぞぉぉぉ!!!」

「は、はいぃぃぃぃ!!」


 これが……世に言う『勇者ズハイ』ってやつか!

 ……なんじゃそりゃ!



* * *



「これだこれ!! これ伝説の<伝説の剣>だ!」

「はい! 伝説の<伝説の剣>っすね! 抜けば良いんすね!」

「そうだ! 抜けぇぇぇぇ!」

「はいぃぃ! 抜くぅぅぅぅぅ!!」


 男に連れられてきたのは、村の近くにある丘の上。

 火の海からは抜け出していた。

 そして、いかにも伝説感漂う感じで、剣の持ち手の部分だけ地面から生えていた。

 何となく、よく見る光景。

 いわゆるってやつだ(謎)。

 とにかく、オレは持ち手部分を両手で握り、グッと腰を下ろして力を込めた。


「ぐぬぬぬぬ……うおぉぉぉ! 抜けろぉぉぉぉ!」


 スポッ。


 何となく、最低でも30分ぐらいは覚悟していたのに、思いのほかあっさり抜けてしまった。

 思わず、隣に立っている男の顔をチラッと見ると、男もさすがに驚いた顔をしていた。

 しかし、すぐにいつもの怒り顔に戻った。


「掲げろぉぉぉ! 伝説の<伝説の剣>を天高く掲げるんだぁぁぁ!」

「はいぃぃ! 掲げるぅぅぅ!!」


 オレは、伝説の重みを感じる<伝説の剣>を空に向かって思いきり突き上げた。

 すると、頭上の空に不穏な雰囲気漂う灰色の雲が集まってきた。

 そして、雲は徐々に形を変えていき、


『ハヤクコイ』


 という文字が現れた。

 空に浮かぶ雲の文字。

 なぜかカタカナだし──


「うおぉぉぉ! <魔王の雲>!! 伝説の<魔王の雲>が現れた!! うおぉぉぉ! あがるぅぅぅぅ!!!」


 なぜか男は大はしゃぎ。

 

「マオウノグモ……? なにそれ……?」

「うるさい! 早く行くぞ!」


 えっ?

 突然ガチな感じで怒られた……しゅん。


「しゅんとすなぁぁぁぁ!! <魔王の雲>は魔王からのメッセージ! 魔王が生涯で一度だけ使える伝説の秘法! まさか、それをこの目で見られるとは……」

「秘法? 生涯で一度だけ? それがあのメッセージ……」

「良いから! 魔王がハヤクコイって行ってるんだから早く行くぞこら!」

「はいっ! って、魔王の居場所は……」


 と、オレが呟くや否や。

 魔王の雲がシュルシュルシュルと動き出し、


『コッチ→』


 という文字と記号に形を変えた。


「えっ、場所教えてくれるの……ってか、生涯で一度しか使えないはず──」

「シャラァァァプ! 魔王の居場所はこの世界最大のタブーとされているにも関わらず、方向を指し示すなんてチャンス二度と来ないぞこら!! ほら、行くぞ!」

「は、はい!!」


 こうしてオレたちは、→の方へと向かった。



* * *



「うおぉぉぉ! 貴様が勇者かぁぁぁ!? なんで、我が輩の居る場所が分かったのか!! 恐るべしぃぃぃ! ああ、恐るべしぃぃぃ!」


 青白い顔に黒マント……といういかにも系な魔王の咆哮。

 それを目の当たりにしたオレは、恐ろしさのあまり体がすくみ上がる……わきゃない。

 なんなんだ全く!

 魔王の雲で居場所を教えたくせに。

 この世界の住人はボケだらけかおい!

 っていうかそもそも、魔王と言うからには魔王城的な所に居るかと思いきや、→を辿って来てみたら、野っ原にむき出し状態で立って待ってるし!

 もう、心の中でのツッコミが忙しすぎて、心の喉がガラガラだっつーの!

 ……とは言え、魔王と言うからには強敵なはず。

 ここは慎重に相手の出方を見きわめて──


「なにボケッとしてんの! 早く攻めろよ攻めろ!!」


 男が叫びながらオレの背中を押した。


「う、うわっ! いやいや、攻めろって言われても、相手魔王だし……」


 と、オレはなんとか右足を踏ん張って抵抗した……のだが、男はグーでグリグリと背中を押し続けてくる。


「なんなんだその発想はよぉ!! 魔王だからこそ、早く攻めるんだよ!! なあ、魔王?」


 はいっ?

 いやいやどんな理屈だよ……っていうか、魔王に聞いちゃってるし!

 しかも呼び捨てだし……これはヤバ──

 

「ああ、早く攻めてこい勇者! はよはよ!!」


 同意!!

 魔王も同意!!!

 なんなんだこの世界はほんとマジで!

 分かったよもう!

 行けば良いんでしょ行けば!


「とりゃぁぁぁぁぁ!」


 オレは両手で剣を構え、半ばやけくそで走り出した。

 剣道すらやったことないし、この剣でどう攻撃したらいいのかすら分からない。

 いくら変な世界とは言え、相手は魔王。

 こんな素人が中途半端に攻撃なんてしたところで、一瞬で殺され──


「うおぉぉぉぉ! 行ったぁぁぁぁぁ! 勇者が行ったぞやっほほほいぃぃぃぃぃ!!!」

「おお!! 来たか勇者!! 来た来た来た!!! 早く早く早くぅぅぅ!!」


 男が声を裏返しながら歓喜の叫び……なのはまだ分かる。

 魔王よ……なぜあんたも大喜び!?

 勇者(一応)のオレが剣を構えて攻撃しようとしてるんだぞ?

 それなのに、なんなんだよその反応は……気持ち悪い、気持ち悪いよ。逆に怖いやつだよこれ。なんならずっとだよ。あの光に包まれてからずっと気持ち悪いよ。夢なら早く醒めてくれよ……いや夢でも怖いよ。夢って事はオレの脳が作り上げたってことだからね。自分の中にこんなことを思い描いてる自分が居るって考えただけでも気が遠くなりそうだよ。……遠くなりたいよ。早く気が遠くなって欲しいよもう。がんじがらめだよ。お手上げだよ。夢だろうが現実だろうがどっちに転んでもアウトだよ。お先まっ暗だよぉぉぉぉ!

 ……と、オレは心の中で壮絶な葛藤を繰り広げながら、魔王に向かって剣を振り下ろした。


「ぐおぉぉぉぉ! さ、さすが勇者ぁぁぁぁ! やられたぁぁぁ! 死んだぁぁ! さようならぁぁぁ!!!」


 断末魔の叫びと共に、魔王の体は粉々になり、異世界の風よって散り散りになった。

 

「……や、やったのか!? オ、オレ、やったのか……!!」


 なんだかんだ言って、勇者としての自覚が芽生え始めてきオレは、大変な事を成し遂げた達成感に酔いしれ……ようとした刹那。

 ポンッ、と肩を叩かれた。

 振り向くと、そこには真顔の男。


「はい、どうもお疲れさん。ではサヨウナラ」

「……えっ?」

「うん。さあ、帰った帰った! ハリャップ、ハリャップ!」


 そ、そんな……。

 魔王を倒した余韻をもっと噛みしめたい……の……に……。

 あの時、包み込まれた光にまた包み込まれた。

 そして、次の瞬間、フワッと意識が途絶えた。



* * *



 目覚めると、そこはウチの近所。

 見慣れたマンションが目の前に見えた。


「な、なんだったんだ一体……。まあでも、無事帰って来ることができて良かっ──」


 と、その時。

 突然、目の前が青白い光で覆われた。


「……はい!? な、なにこれ……!?」


 帰ってきたばかりでまたこの光ってどういうこと!?

 と、頭の中まで青白くなりながら、ふと空を見上げると、


『マタ、アラタナマオウアラワレタ。モドッテコイ。by オトコ』


 って……あれはもしや、魔王の雲!?

 つーか、秘法中の秘法じゃなかったのこれ!?

 しかも、魔王じゃなくて男からのメッセージ!?

 もう……疲れたよ。

 1日におけるツッコミ量の限界を超えたよ。

 そしてオレは、抵抗する気力も無く、ただただ青白い光に身を委ねることしかできなかった……って、最後に1つだけ言わせてくれ……。


「byオトコて!」

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