第9話 灼熱の闘技大会・2

会場奥にある救護室。

先ほどの試合で互いに深い傷を負い意識を失っているヒカリとガロンの二人は、

それぞれ隣り合わせにベッドに寝かされていた。


「選手の容態は?」


選手の容態を観衆に報告するために来ていた司会の軍人が医療班に問いかける。


「ハッ、両者とも命に別状はありません。しかし互いに頭部にかなりの衝撃を受けているために意識が戻らず……少なくとも今日中に目覚めることは無いかと……」


「そうかそれでは次の試合はジュリ大尉の不戦勝になってしまうな……」


観衆にどう伝えるかを司会が悩んでいると、部屋の入り口から声が響いた。


「こ、困りますよ一般の方が勝手に入っては!ここには怪我人も!」


「知っているよ、だからこそ私が来たのだ」


門番の制止も聞かず、入り口からこちらの方に向かって口髭の男が歩いてくる。

司会はその男に見覚えがあった。


「あ、あなたは……!」


「む、君は大会の司会だね?私のことは覚えているかね?突然で済まないが彼等の治療は私に任せてくれないかな」


「も、もちろんです!忘れるわけがない!おいお前たち、この人に任せるんだ!」


そう言って司会は他の軍人を下がらせる。


「し、しかし……!」


「良いから!あの人に任せろ!」


男は軍人達を気にかけずに意識の無い二人の肩にそれぞれ片手ずつ置いた。

すると、みるみるうちにヒカリやガロンにまだ残っていた傷が治り始めた。


「す、凄い!あの方はいったい……?」


「あの方は……カムイ・ユウキ殿だ」


「か、カムイ!?あの伝説の!?」


「そうだ、もっともレベルの高いと言われた五年前の闘技大会において圧倒的な強さを見せ武神とまで呼ばれた人だ。ここ最近は噂すら聞かなかったが何故こんな所に突然……?」


その時、カムイが二人の肩から手を離しこちらに振り返った。


「なに、この二人が娘の友人でね。それに私はこの赤髪の少年の試合がまた見たいのだよ。医療班の方、出過ぎたマネをしてスマなかったね」


「い、いえそんな!しかし貴方が医療系のエヌエム使いとは…」


「そういうわけではないんだがね。まぁどちらにしろこの二人も、もうじき目を覚ますだろう……」


カムイが言い終わると同時に、後ろのヒカリが目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。


「俺は……ここはさっきの医療室?試合は……あっ、カムイさん!どうしてここに?」


ヒカリは少し混乱した様子でカムイに話しかける。

カムイはそれを静かに手で落ち着かせた。


「大丈夫だ、試合は君の勝利だよ。綺麗な勝ち方では無いかもしれないが、互いに死力を尽くした見事な勝負だった」


「いえそんな……ホントにギリギリでした。ガロンが勝ってても少しもおかしくなかった…」


ヒカリの言葉にカムイは笑って応える。


「ふふ、実力が拮抗したライバルがいるというのは良いモノだ。出会って日は浅いかもしれないが、君たちは良い友人になれるだろう」


しかしカムイの言葉にヒカリは目線を落とした。


「そうだったら良いんですけど……ガロンにとってはそうじゃないみたいで… …」


「けっ、んなことねーよ」


いつの間に目を覚ましたのか、ガロンが突然割って入った。


「が、ガロン……それはどういう……」


ヒカリは戸惑いながら尋ねる。


「確かにあん時はあのジュリとかいうのにイラついてあんなこと言ったがよ」


「じゃあ、本心じゃ……?」


ガロンは少し照れくさそうに答える。


「いや、まぁ半分は本気だったがよ……だが、ああでも言わなきゃテメェは俺との勝負で遠慮すると思ったんだ。そんな状態で闘って勝ってもそれじゃ納得いかねぇ、俺がハッキリさせたかったのは互いに死に物狂いで闘っての勝敗だったからな」


そこでガロンは一度言葉を切り、恥ずかしそうに顔を掻きながら続けた。


「んでまぁ、テメェがダチじゃねぇってのが半分本気だってのはそれもあってだ。勝ち負けがハッキリしねぇのにそんなもんになっても気持ち悪ぃからな……」


ガロンはヒカリに向かって右手をスッと差し出した。

それがどういう意味かは記憶の無いヒカリにも充分理解できた。


「だからまぁ……こういうのはガラじゃねぇし、一度はお前らに襲い掛かった身で言うのもなんだがよ……人質やら俺の事情やらが何もない状態で本気で勝ち負け賭けてやりあった今は、俺はお前を本当にダチだと思える。ヒカリ、お前はどうだ?」


ガロンは手を差し出したままでヒカリに尋ねる。

ヒカリはその手をしっかりと握り返し答えた。


「俺もお前を友達だと思うよ、心から」


ヒカリは、自分の胸に暖かい気持ちが沸き上がるのがわかった。そんな二人を微笑みながら見守っていたカムイが口を開いく。


「私に経緯はわからないが、一件落着のようだね。司会の方、見ての通りもうヒカリ君は大丈夫なようだし準決勝に彼が進んでも良いね?」


急に話を振られた司会は少しビックリしながら返した。


「は、はい!ヒカリ選手のほうが問題無いというのであれば準決勝に出場していただいて大丈夫です」


「とのことだが、大丈夫かねヒカリ君?」


ヒカリはベッドから立ち上がり、少し体を動かして自分の調子を確認する。特に問題は無さそうだ。


「はい、皆さんのお陰で体も良くなりました。次の試合に出場させてください」


「わかりました、それでは会場に戻りましょう」


「ああ、次はツカサの試合だしね。ヒカリ君もしっかり見ていてやってくれ」


「もちろんです。ガロンは動けるか?」


「いや、俺はもう少し休んでから行くぜ」


「そうか、じゃあ先に行ってる」


ヒカリ達は部屋から出て会場に戻っていった。

ガロンはそれを見届けると、ふうっと息を吐き出しベッドに仰向けになる。


「負けちまったなぁ……正々堂々本気だして負けちまった……」


ヒカリと握りあった手を目の前に翳し、見つめる。

「なぁ親父……親父が死んでバジリコにも負けてこんな大陸の端まで逃げてよ、下らねぇ山賊業なんかやろうとしてよ……

俺についてきた仲間達も散り散りになって1人になっちまったけど……」


開いていた掌をゆっくりと握り締める。


「なんか今だけは……今だけは久しぶりに良い気分なんだよな……まだ出会って何日も経ってねぇけど、アイツは良いやつだと思う。アイツとは兄弟でも子分でも親分でもない、ただの友達になれる気がする……」


ガロンはベッドから立ち上がる。まだほんの少しだけ体が痛んだが、そんなことは気にならなかった。


「なぁ親父……俺強くなるぜ。ヒカリと一緒にいれば強くなれる気がするんだ。強くなって、今度こそバジリコを倒して親父の仇をとる、そして…」


ガロンは試合会場に向かって歩き出す。


「そして俺はもう大切なモノは失わない、絶対に」


ガロンの歩みは、今までよりも少しだけ力強かった。





 「皆様!たいへん長らくお待たせいたしました!ヒカリ選手は無事回復しましたので、通常通り準決勝に進出となります!」


舞台に戻ってきた司会の言葉に観客は盛り上がった。

ヒカリに対する声援を送る者も少なくない。


「それでは本戦に戻りましょう!本戦第三試合!ツカサ選手及びヒルコ選手は舞台上にどうぞ!!」


呼ばれたツカサが舞台に上がろうとすると、先ほど待機場に到着したヒカリが声をかけた。


「ツカサ、アイツはかなり強いと思う。無理はしないようにな」


「大丈夫よ、私はあなた達みたいに熱血じゃないから危ないと思ったらすぐ逃げるわ」


心配するヒカリに軽く笑ってツカサは返すと舞台に上がる。

ヒルコは既にツカサの反対側で待っていた。


「お嬢ちゃん、運が無いねぇ……俺はお嬢ちゃんみたいな子が相手でも手加減はしないよぉ…?」


ヒルコはニヤニヤと笑っている。

その表情はまるでツカサなど相手にならないと言っているかのような不敵な笑みだった。


「別にしなくていいわよ、どっちにしたって私が勝つわ」


大胆にもツカサはヒルコを挑発するかのように返すが、

ヒルコは相変わらず不敵な笑みを浮かべ続けている。


「面白いことを言うねぇお嬢ちゃん……なんでお嬢ちゃんが俺に勝てるんだい……?」


「決まってるでしょ、私がカムイ・ユウキの娘だからよ」


突然ヒルコの笑みが消えた。


「お嬢ちゃん、カムイの娘なのかい……?」


「そう、そしてお父さんが武術を教えた唯一の人間よ」


すると、それを聞いたヒルコの肩が小刻みに震えだした。


「どうしたの?お父さんの名前がそんなに怖いわけ?」


「…ク…ククク……アハーッハハハ!!!」


突然、ヒルコが盛大に笑う。あのニヤニヤした笑いではなく、狂気染みた笑いだ。


「な、何よ気持ち悪いわね……言わなきゃ良かったかしら……」


ツカサは少し後悔した、父の名を出せば多少は動揺するかと思ったが逆効果だったようだ。


「いやぁ何でも無いよお嬢ちゃん…思ってもいない収穫で驚いただけさ……おい司会ぃ!さっさと試合を始めろぉ……!」


ヒルコは司会に言うと二、三歩下がり間合いを空けた。

ツカサも同じように少し後退する。


「は、はい!それでは観客の皆様に選手紹介をさせていただきます!

まずはツカサ・ユウキ選手!名字を聞いて気付いた方もいらっしゃるでしょう!何を隠そうツカサ選手は、あの伝説の武神カムイ・ユウキ殿の娘なのであります!!

弟子をとらぬと言われるカムイ・ユウキ殿の武術を唯一教えられた人間かもしれないとあればその実力にも期待がかかります!!」


観客がワァッと盛り上がる。

伝説と呼ばれたカムイの娘の登場に期待は否応なしに膨らんでいるようだ。


「お父さんが凄いのはわかるけど、恥ずかしいから身内で持ち上げるのやめてよね……さっき自分で言ったのもちょっと恥ずかしかったのに…」


しかし当のツカサは少し顔を赤らめて恥ずかしがっていた。


「続いてヒルコ・カガミ選手!こちらも知っている方は多いでしょう!なんとヒルコ選手は五年前の闘技大会の決勝戦においてツカサ選手の父であるカムイ選手と歴史に残る激戦を繰り広げているのであります!」


「なるほどそういうことね……つまりアナタにとってこの試合はお父さんへのリベンジマッチのリハーサル気分なわけね?」


「さぁ……どうだろうねぇ……?」


ツカサの問いかけにヒルコはさも楽しそうにニヤニヤと笑って返す。


「この試合、何の巡り合わせかカムイ選手と縁のある選手同士の試合となりました!両者とも実力は折り紙つきでしょう!この試合も非常に目が離せません!

それでは参ります!本戦第三試合、ツカサ選手対ヒルコ選手!試合ぃ……」


司会が片手を振り上げると同時にツカサがグッと構えをとる。

ヒルコは例によってダランとした体制のままだ。


「開始ぃぃぃ!!」


司会の声が終わると同時にヒルコがツカサに向かって走り出す。


「相変わらず凄い踏み込みだ…!」


待機場で見ていたヒカリも思わず声を漏らす。

端から見ていると、自分が闘っているときよりも余程速く感じた。


「気を付けろよツカサ……!」


ヒルコは疾走したスピードのままツカサの間合いに入る。

踏み込みのスピードを載せた鋭い貫手をツカサの顔面目掛けて放った。


「……!?」


瞬間ヒルコの視界が回転し、直後に背中に衝撃を受ける。ツカサがヒルコの貫手を掴みとり、その勢いを利用したまま地面に回し投げたのだ。

待機場で見守っていたヒカリは驚きの表情を浮かべていた。

しかし流石と言うべきか、倒れ付したヒルコは驚愕するでもなくサッと跳ね起きながら後退し再度間合いを空ける。再び最初の位置に戻ったヒルコは、しかし相変わらずニヤニヤと笑っていた。


「さすがカムイの娘だねぇお嬢ちゃん…どうやら手加減はしないで良いみたいだねぇ…?」


「そうしてくれると嬉しいわ、さっき程度のが本気だったとしたら拍子抜けだもの」


「ククク…じゃあ遠慮無しで行くよお嬢ちゃん…!」


言うが早いかヒルコは先程よりもさらに鋭くツカサに接近する。対してツカサは先程と同じ構えを崩さない。

ヒルコが凄まじい踏み込みで間合いに入りまたも貫手を放つ。ツカサもさすがに今回はカウンターを決めることは出来なかったが、特に苦もなく片手でヒルコの攻撃を弾いていなす。

しかしヒルコは攻めの手を緩めず激しい連続攻撃を繰り出した。


「大丈夫…まだ反応できる…!お父さんに教えて貰った通りに目を離さず見続ければ捌ける……!」


ツカサは頭の中で父の教えを思いだし、ヒルコの動き全てを見逃すまいと神経を集中する。

反撃は出来ずとも、このままなら直撃を貰うことは無いはず。


「ツカサ…凄い、アイツの攻撃をちゃんと捌いてる……だけど!」


いまだに一撃も受けていないものの、ツカサはヒルコの攻撃をいなすのに手一杯で反撃を行うことができない。このまま行けばいつかヒルコがツカサに有効打を与えるだろう。

少なくとも待機場のヒカリにはそう見えた。


「……!」


が、しかしヒルコは突然攻撃の手を止めて後退し、またも距離を空けた。一体どうしたというのだろうか。


「あら、どうしたの?」


ツカサの問いに応えることなくヒルコは己の手をジッと見つめ、掌を握ったり開いたりを繰返していた。

その表情には珍しく笑みがない。


「顔に似合わずしたたかだねぇお嬢ちゃん……」


数秒ほど経ってヒルコがツカサに話しかけた。その顔は幾度めかの気味の悪い笑みを再び浮かべていた。


「なんのことかしら?」


ツカサが惚けたように返すが、ヒルコは気にかけず続ける。


「お嬢ちゃんのエヌエムはたぶん手で触れた物を凍らせるとかそういう類いのモノだろう?」


「どうしてそう思ったのかしら?」


「俺の攻撃を受け流す度に触れた部分にエヌエムを使ったんだろう……?徐々に徐々に俺の手足を凍らせていく作戦だったんだねぇ……?」


ヒルコが満面の笑みで問い詰める。ツカサは開き直った表情で虚勢を張った。


「あら正解よ、流石ねおじさん。こんなことなら一気に凍らせちゃうんだったわ」


「いやぁそれは無理だねぇ…たぶんお嬢ちゃんは生き物にそのエヌエムを使うのはまだ慣れてないんだろう…?もしくは生き物を一気に冷凍するのはそもそも不可能か……どっちにしろお嬢ちゃんは俺をエヌエムで倒すのはもう無理だねぇ」


「……それはどうかしらね?」


ヒルコの問いかけが図星であることはツカサの表情からも明らかであった。

ヒルコ程の達人に警戒されてしまっては、同じ作戦が通用する可能性は限りなく低いといえるだろう。


「何より、お嬢ちゃんがカムイのエヌエムを継いでいないっていうのが解って良かったよ……アレは本当に厄介な力だからねぇ」


「どうかしら?私にさわれない時点でおじさんの勝ちは薄いと思うけど?」


ツカサは不敵に笑ってみせるが、ヒルコはまるで動揺せずに応える。


「ああ……そのことなら心配いらないよ、ここからは俺もエヌエムを使わせて貰うからねぇ…」


ヒルコが両手を胸の前で合わせ、グッと力を込める。少しすると合わせた両手がぼうっと白く光り始めた。

その光は徐々に密度を増し、最後には遠目に見ても明確なエネルギーを感じさせるほどになった。


「マズイな……」


突然自分の横から聞こえた声にヒカリはビクッとして振り返る。

いつの間にか隣にはカムイが立っていた。


「か、カムイさんいつの間に……ていうか何がマズイんですか?」


「5年前、私がヒルコに勝てたのはエヌエムの相性によるものもある。ヒルコの両手に纏われているアレに安易に触れてはいけない」


「それってどういう……」


ヒカリは言いかけて止まる。準備の完了したヒルコがツカサに攻撃を仕掛けたのが見えたからだ。

ヒルコの手に触れるのが危険だと解っていても、ツカサは防衛の為にそれを手で捌かざるを得ない。


「何も起こりませんよ……?」


ヒカリがカムイに尋ねる。両者の攻防がしばらく続いているものの、ツカサにもヒルコにも目立った変化が現れない為だ。


「いや、もうツカサ本人は気付いているハズだ」


「いったい何を……」


その時、舞台上でついに変化が現れた。

これまでヒルコの攻撃を互角以上に捌いているように見えたツカサが、突然後ろに飛び退いたのだ。

しかも、飛び退いたツカサは肩で荒く息をしている。


「なるほど……アナタのエヌエム、何となくわかったわ」


「へぇそうかい……賢いお嬢ちゃんは俺のエヌエムを何だと思ったのかな…?」


ヒルコが愉悦を滲ませる声で尋ねる。


「打ち合ってて気付いたわ、アナタの手が私に触れる度に体から力が抜けていった……つまりアナタのエヌエムは触れた相手を消耗させる類いのモノ。シンプルなだけに厄介ね……」


ツカサが話終わると、ヒルコはパチパチと拍手をした。


「さすがお嬢ちゃんだ…カムイの娘だけあって賢いねぇ。でも今の答えは半分だけ正解だ……でも頑張ったご褒美に俺のエヌエムの力を教えてあげよう」


ヒルコはツカサに見せつけるように己の両手を掲げた。


「俺のエヌエムの本当の力は"エネルギーの移動"なんだよお嬢ちゃん……つまりどういうことかと言うとね…」


突然ヒルコがツカサに向かって踏み込んだ。しかもその踏み込みは今までよりもさらに速く鋭い。

ヒルコは瞬く間にツカサの眼前に詰め寄ったが、突然のことにツカサは上手く反応できていない。


「俺の手に触れれば触れるほど、お嬢ちゃんは体力を失い俺は強くなるのさ……!」


ヒルコがツカサの胸ぐらを掴み、自分の後方に向かって思い切り投げ飛ばした。体力を失い、成す術無く舞台に背中から叩き付けられるツカサ。

ヒルコはさらに追い討ちとばかりに、仰向けに倒れたツカサに向かって跳ねた。このまま着地と同時にツカサを踏み抜く算段だ。


「くっ!」


ツカサはなんとか体を捻り、踏み付けを回避する。

そのまま距離を取りながら立ち上がるが、待機場から見ていたヒカリにも解るほど足元が覚束ない。


「少し打ち合ってただけなのにああまで体力を持っていかれてしまうものなんですか……?」


「ああ、持ち前の武術の腕もさることながら、あの能力を武器にヒルコは5年前の闘技大会を勝ち進んだのだ……対戦相手の力を奪うことで1試合ごとに強くなりながらね」


「しかし決勝でカムイさんと当たり、カムイさんのエヌエムで奪った力をゼロにされてしまい敗れた……つまりそういうことですね?」


ヒカリの問いかけにカムイは頷いた。

確かにカムイのエヌエムはヒルコにとって天敵と言えよう。


「でもツカサにはそれができない……ツカサに勝ち目はあるんですか?」


「ふむ……我が娘ながら、嬉しいことにあのヒルコと武術の腕前自体は五分五分と言ってもいいだろう。だがそこにエヌエムが加わると、私ですら何とも言えない。ただ……」


「ただ?」


カムイは少し間を空けてから答えた。


「ただ、ツカサが本気でエヌエムを使えば絶対に負けはしない」


「でも、ツカサのエヌエムはヒルコにはもう見破られてしまって……」


ヒカリの懸念にカムイは首を振った。その表情は心無しか暗く見える。


「ツカサは自分のエヌエムに"馴れていない"だけなのだよ……戦闘において"弱い"わけでは無いのだ……だが、できればツカサが本気にならざるを得なくなる前に決着がついてほしいのだが……」


カムイの言葉にヒカリは視線を舞台へと戻す。

舞台では今まさにツカサが舞台端へと追い詰められ、リングアウトの危機に陥っていた。ツカサは先ほどまでよりもさらに荒く息を吐き、かろうじて構えらしきものをとっているだけだった。

誰の目にも、既にツカサに勝機は無いように見えた。


「お嬢ちゃん、そろそろ大人しく降参するか舞台から降りたらどうだい……?これ以上やったら怪我しちゃうぜぇ?」


猫なで声で話すヒルコではあったが、その表情は既に愉悦を隠そうともしていない。

直ぐ様決着を付けられるにも関わらず、ツカサを痛ぶっているのだろう。


「お、おあいにく様……私は負けず嫌いなのよ……」


ツカサが気丈に返すが、その様は既に息も絶え絶えといった様子だ。

ヒルコはツカサの返答に顔をさらに歪ませて笑う。


「そう言ってくれてありがとうねぇ……これで心置きなくお嬢ちゃんを叩き潰せるよぉ、あの野郎の前でねぇ…!」


そう言ってヒルコは待機場のカムイを指差した。その指に釣られてツカサもカムイを見やる。


「お、お父さん……良かった……こんな近くなら…大丈夫ね…」


ツカサは1人呟くとカムイに向かって少し微笑んだ。

カムイはそれを見て、ツカサが何をする気なのかを悟った。


「やめなさいツカサ!!危険だ!!」


ツカサはカムイの警告に耳を貸さず、ヒルコを真っ直ぐ見据える。

ヒルコはツカサにトドメを刺すべく身構えた。


「何かしようとしてるようだが、もう何をしても無駄だぁ……!お嬢ちゃんの全部を吸い付くしてやるよぉ!カムイの前でなぁ!!」


ヒルコは低い体制でツカサに向かって最速で踏み込む。しかしツカサは何故か何のリアクションも見せないでいた。


「もう抵抗する力も残って無いみたいだがぁ……遠慮はしないよぉ!!」


ヒルコは鋭い踏み込みそのままに、光を纏った片手でツカサの首を鷲掴みにした。そのまま限界までツカサの体力を吸い尽くすつもりなのだろう。

ツカサはヒルコの片手を弱々しく両手で掴むが、そこまでだ。


「へっ、呆気ないが、もう終わりだなぁお嬢ちゃん」


ヒルコは勝ち誇るが、ツカサは薄く笑い、言った。


「そう、これで終わり……ありがとう、私を"掴んでくれて"」


「なっ…!?」


その瞬間ヒルコは危険を察知したのかツカサの首から手を放した。しかしツカサはヒルコの腕を放さない。


「くっ…!は、放せぇ!」


ヒルコは叫ぶがツカサは最後の力を振り絞っているのか、まるで放そうとしない。


「ダメよ……もう終わりだって言ったでしょう?」


その瞬間、ツカサは全力でエヌエムを発動した。


 決着は一瞬でついた。

舞台上には、両手を肩まで氷で覆われ膝をつき肩で荒く息をするツカサの姿ともう1つ。

恐怖に引き吊った顔のまま全身凍りつき、氷の彫像と化したヒルコが佇んでいた。


「い、いたた……やっぱちゃんと練習しないとダメかな……本気で使う度に腕がこんなんじゃあね…」


そう言って肩まで凍りついた自らの腕を見てから、ツカサは何とか立ち上がる。


「まぁとりあえずこの試合は私の勝ち…かな?ね、司会さん?」


一瞬の出来事に目を奪われていた司会に言葉をかけると、司会は慌てて舞台に昇った。


「は、はい!第3試合ツカサ選手対ヒルコ選手の勝負は、ヒルコ選手戦闘不能の為、ツカサ選手の勝利となります!!」


会場が三度喝采に湧いたが、その声の中には凍りついたヒルコを差し置いてツカサを心配する声も幾つか混じっていた。

舞台上には救護班よりも先にカムイとヒカリが入りツカサに駆け寄る。


「それは危険だからやめなさいと何度も言っているだろう…?」


「えへへ…ごめんなさい。でも、アイツにはどうしても勝ちたくって……私が負けちゃったらお父さんの名前にまで傷がついちゃう気がして」


「まったく……お前はそんなことを考えないでいい」


カムイは心から心配そうな表情を浮かべながらツカサの両手を握り、エヌエムで元の状態に戻し始めた。

ツカサは疲れたように微笑みながらそんな父を見ていた。


「あの……これ、ヒルコ選手は生きてるんですか?」


司会がおずおずと二人に尋ねる。


「大丈夫だ、先ほど舞台に上がった時にスレ違い様に私のエヌエムを使っておいたから氷はすぐに溶けるだろうし命に別状は無いはず。完全に溶けたら医務室に運ぶといい」


ツカサにはつきっきりなのにヒルコは一瞬触れて終わりなのはやはり親心だろう。


「でも凄かったなツカサ。俺が手も足も出なかったヒルコとあそこまで武術で闘えるだなんて」


ツカサが徐々に回復したと見えてヒカリが話しかける。

ツカサは少しだけ微笑んだ。


「けっこうギリギリだったけどね……アイツが積極的に攻めてこなかったら私からはどうしようも無かったわ」


「いつも余裕に構えるヒルコがああまで積極的に攻めるのは珍しい。よほど5年前に私に負けたことを根に持っていたのだろう、あの時よりも武術の腕も上がっていたようだったが、それをああまで捌けるとは成長したなツカサ」


そう言ってカムイがツカサの頭を撫でると、ツカサは少し照れたように目を背けた。

と、その時不意に三人の後方から気配がした。


「ひ、ヒルコ選手!医務室に行かなければ……」


「うるせぇどいてろ……!カムイィ!!」


凍結状態から回復したヒルコがいつの間にかカムイの後ろに立っていた。

その目はギラギラと輝き顔から笑みも消えている。


「ほう、もう動けるのか流石だな」


「誰かさんのおかげでなぁ……!テメェら親子はカムイだけでなく娘まで俺に恥をかかせやがって…!」


ヒルコは余裕の仮面をかなぐり捨て、剥き出しの敵意をカムイとツカサに向けていた。

それを見たカムイがツカサを守るようにスッと立ち上がる。


「それで……君はどうしたいのかね?」


「決まってんだろぉ…!?受けた屈辱は晴らさなきゃならねぇ!そんなエヌエム頼りのちんけな小娘はどうでもいい、今ここで武術家として俺と勝負しろカムイィ……!」


「なるほど、君は冷静さを失っているようだな。だが私も武術家の端くれだ、君の挑戦は受けよう

かかってきたまえ」


「ちょ、ちょっとカムイさん……!」


司会が慌てて止めに入る。

観客も突然の事に多少どよめいていたが、カムイが静かに構えをとると、どよめきは静かな期待へと変わっていった。あの伝説のカムイが予想外にも闘ってくれるのだ。


「大丈夫だ司会の人よ、すぐに終わる。それに私の娘を馬鹿にされたのだ、父として引き下がるわけにはいかない」


司会もカムイの言葉、それに観客の空気を感じたのか渋々と引き下がった。カムイが視線をヒルコに向ける。

構えたその姿には一分の隙も無く、圧倒的強者の闘気とでも言うべきものが滲みだしているかのようにヒカリは感じた。

その余りの隙の無さに、もしここで不意に自分が後ろから襲いかかっても呆気なく迎撃されてしまうだろうなどとヒカリが思わず考えてしまった程だ。


「すぐに終わるだとぉ?バカにしやがって……俺はテメェを倒すためにこの5年、ガラでも無い修行だってしたんだ……テメェは絶対に潰してやる!」


ヒルコは額から冷や汗を流しながら 、しかしジリジリとカムイへと近寄っていく。

いつしかそのまま両者は間合いに入ったが、それきり動かなくなってしまった。息をすることすら憚られるような空気が流れるが、不意にカムイが口を開いた。


「どうした?仕掛けてこないのかね?」


カムイの余裕を含んだ言葉に、ついに怒りを爆発させたヒルコは前へと思い切り踏み込んだ。


「殺してやる!!」


ヒルコの貫手が凄まじい速さでカムイに迫る。流石のカムイも一撃貰うかとヒカリが考えた次の瞬間。

パンと破裂音のようなものが会場に響くと、ヒルコは声も上げずにグッタリと舞台に倒れ伏した。


「な、なんてスピードの拳打なんだ……」


ヒカリが驚愕と共に呟く。

何事も見逃すまいとしていたヒカリでさえ、カムイの拳が一瞬揺らめいたようにしか見えなかった。


「あ、アレが人を殴った音なのか……?」


困惑と驚愕に包まれるヒカリをよそに、いかにも達人らしい一撃決着を目撃した観客は厭が応にも盛り上がる。

舞台上では倒れたヒルコを運ぶ為に駆けつけた医療班でにわかに騒がしくなった。そんな中、カムイが倒れたヒルコに背を向けてこちらにゆっくりと歩んでくる。


「あ、あのカムイさん……今の拳、勘違いかもしれないけど音が…」


「ん?ああ良く気付いたね。その通り、私の拳は本気で打つと音を置き去りにする。もちろん、私の純粋な身体能力だけでなくエヌエムも使っているがね。私としたことが少しカッとなってしまったようだ」


そう言うとカムイはハッハと笑った。

しかしヒカリは納得できない様子でさらに尋ねた。


「で、でもカムイさんのエヌエムはモノを元に戻すっていう能力じゃあ……?」


「それについては長くなるからまた今度説明しよう。さ、ツカサ、もう動けるかな?次の試合の為に舞台を空けないといけないからね」


カムイは、なんとか動けるくらいまで回復したツカサに肩を貸し舞台を降りる。ヒカリもそれに続いた。

ヒルコも担架に乗せて運ばれ、舞台上は司会一人となる。


「私はこのままツカサを医務室に連れていく。ヒカリ君はここで次の試合を見ていてくれないかね?何かあれば、次に戦うツカサに教えてあげてほしいのだが……」


「ええもちろん、しっかりと観ておきますよ」


「悪いわねヒカリ、よろしくお願いするわ」


「ああ、ツカサはしっかり休んでおいてくれ」


ツカサはヒカリに軽く笑いかけると、カムイと共に医務室へ向かって行った。

と、それとすれ違いにガロンが待機場へとやってきた。


「第三試合はもう終わっちまったみたいだな、ツカサは勝ったのか?」


「ああ、見事な闘いだったよ。それよりガロン、体はもう大丈夫なのか?」


「へっ、俺は頑丈だからな。で、アイツらが第四試合の選手か……?」


ガロンが待機場に佇む二人の選手を顎で指す。ヒカリもそれに釣られて選手を見た。

動きやすそうな軽装革鎧に身を包み、背中に大きな剣を背負った精悍な顔立ちの人間の男と、もう一人は、少しだけ装飾の施された暗い色のローブのような服を着て、さらにフードを目深に被っているためにどんな顔をしているのかどころか性別すらわからない。

その上、僅かに覗く顔や手足には包帯のようなモノがグルグルと巻かれており異様な雰囲気を醸し出していた。


「ああそうだ。俺は予選でのあの二人は印象に無いんだが、ガロンは何かわかるか?」


「奥のほうの変な野郎はわからねぇが……剣を背負ったヤツはわかる、有名人だからな。アイツの名前はクサカベ、去年の大会の優勝者だ」


「優勝者?じゃあかなり強いんだろうな」


「ああ、見ての通りアイツはあの背中の剣を武器に闘う。かなりの腕前の剣術に加えて、アイツのエヌエムが実力を後押しする」


「どんな能力なんだ?」


「アイツは自分が握ったモノに炎を纏うことができるのさ。それであの剣に炎を足して闘うわけだが、自分の炎を自在に操れるからあの剣の見た目以上に射程距離がある。慌てて剣をかわしても炎に巻かれて御陀仏……ってわけだ」


「なるほど、それはかなり厄介だな……」


「その上かなりの人格者らしく人気も高い。ま、あのフォルンとかいう包帯ヤローがなんであれ、クサカベ相手じゃ勝算はかなり薄いだろうぜ。ツカサの二回戦の相手はクサカベに決まったようなもんだ、可哀想だがな」


ガロンの言葉にヒカリはクサカベの奥、待機場の隅に佇むフォルンを見やる。

体格は身長こそ高いものの、御世辞にも大きいとは言えず、僅かに見える包帯に包まれた腕は細く頼りない。

ガロンの言う通りフォルンの勝算は薄そうだったが、何故かヒカリはフォルンを見れば見るほど言い知れぬ胸騒ぎがした。

フォルンの異様な格好のせいだろうか?

そんなことをヒカリが考えているとガロンが舞台上を見て口を開いた。


「お、始まるみたいだぜ」


舞台上の司会が観客達を見回して高らかに声を上げる。


「それでは皆様、お待たせいたしました!1回戦第四試合を行います!クサカベ選手!フォルン選手!舞台上へお願いします!」


[灼熱の闘技大会・続く]

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星と記憶の物語―ライトライズアゲイン― ミドリムシ @midorimusimusi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ