最終話

「ママ、今日、彼氏ができた」

「そう、どんな人なの?」

 ママは、夕食の準備の手を休めずに、そのままの姿勢で私に聞き返す。特に驚いた風でもなく、まるで「今日はいい天気だったよ」「そうね」といった感じの返答だった。でも、その社交辞令的な問いに対する、

「えーっとね、河童の末裔なんだって」

という私の答えを聞くと、手を止めて、私の顔を見た。常に冷静なママのめったに見ることのできない目を大きく見開いた驚きの表情に、逆に私の方が驚いた。ちょっと優越感。

「河童って、まだいたのね」

 ママの顔、感心とも、呆れともつかない、複雑な顔だ。

「みたいだよ。私もびっくりした。まあ、何代にも渡って人の血が混じってるから、すでに妖というより人だけど。私もすぐには気がつかなかったし」

「そう」

 それから、ママは何事もなかったかのように、また夕食の準備を始めた。

「あ、アイスクリームとロックアイス、買ってきてくれた?」

 忘れてた。ママに頼まれてたんだっけ。慌てて、机の上に置きっぱなしにしておいたコンビニの袋を開ける。棒アイス、カップアイス、ロックアイス。

 全部、情けないくらいに溶けかけている。

「……ごめんなさい」

 ここは素直に謝っておこう。

「しょうがないわねぇ」

 やれやれ、といった風に、ママが私から袋を受け取る。と、それらに「ふーっ」と、息を吹きかけた。ママの口から、真っ白く冷たい、小さな粒状の氷が混じった息が、零れ落ちる。袋は、すぐにそれで満たされ、中のものはあっという間に、凍りついた。

「さすがだねぇ」

 参りましたとばかりに、私が賞賛の拍手を送ると、ママは、

「天華、貴女も早くこれくらいのことはできるようにならなくてはね」

と、呆れたように窘められた。

 その言葉に、いつものように、はいはい、と返す。

「それから、その河童の末裔くんとの付き合いだけど」

 ママは、さらに言葉を続ける。

「よく考えるのよ」

「わかってる」

 私は、ママが、池辺先輩との付き合いに、きっといい顔をしないだろうとは思っていた。この純潔な血の中に、多種族の血が混じると考えただけでも、ママにとってはおぞましいことなのだろう。特に、異種族との恋が、悲劇で終わってしまった典型的な逸話を持つ、雪女としては。

「でも」

 私から視線を外すと、遠くを見つめるかのように目を細める。

「そんなこと気にする時代でもなくなったのかもしれないわね」

そう、ママは呟いた。

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わんす あぽん あ たいむ。 橘 匡志 @MasashiTachibana

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