第8話
「その後、晋太郎とレンゲの子どもが、先輩たちのご先祖様になったんですよね?」
「まあ、そういうことになってるわね」
お母さんは、私の質問に答え、
「うちの田舎には河童信仰というのがあって、その信仰対象が大地主の池辺の家になってしまったみたい。ただ、本家とはいっても、主人は三男で後継というわけでもないし、真太郎が気にすることは全くないんだけど」
と、付け加えた。やれやれ、といった感じだ。
「でも、僕にとっては重要なことです」
いつの間にか、先輩が目を覚ましていた。憮然な面持ちで、私とお母さんを見ている。私たちは、まるで悪戯を見咎められた子どものように肩を竦めた。それから、お母さんは、後は若いふたりで、とでも言わんばかりに、「花瓶の花を換えてくるわね」と、そそくさと病室を出て行く。
二人きりの何となく気まずい空気。
「天華くん、大丈夫でしたか?」
先にそれを破ったのは、先輩だった。その言葉を受けて、私の中に溜まっていたものが、どっと口から溢れ出した。
「大丈夫も何も、先輩の方が死にかけたんですよ?泳げないのに、何でプールに飛び込んだりするんですかっ!」
涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「僕は、君を失いたくなかったんです、晋太郎がレンゲを失ったように。同じ名前を持っているから、僕も彼と同じ運命を辿るような気がして」
ゆっくり言葉を選びながら、先輩が呟いた。
「どうして、私なんですか」
直球過ぎるとは思った。でも、どうしても聞いてみたかった。なぜ、私だったのか。
先輩は赤面しながら、私から視線を外し、
「見えたんです、僕には」
何が見えたって?
「プールで泳ぐ君の頭に河童の皿が、背中に甲羅が、そして綺麗な指に水掻きが」
驚いて自分の身体を見回す。まさかと思ったが、もちろんそんなものは存在しなかった。
「例えですよ、例え」
先輩が笑った。満面の笑み。
「君に会って、この人が僕のレンゲなんだ、そう感じた。運命の人、君といっしょになれば、僕は本当の河童になれるんだって」
そういうことだったのか。先輩は不完全な自分が完全になるための誰かを探していた。
それが、私。先輩が探していた半身。
だったら。とことん付き合ってやろうじゃないか。先輩の代わりに、私が水の中を支配してあげよう。河童にはなれないけれど、河童のように、ううん、河童以上に水の中を泳ぎまわろう。先輩のために、私のために。
私は、水掻きのない手を先輩に差し出した。
先輩は驚いたように私の顔を見た。それから、見惚れるほどに美しい水掻きのある手で、先輩は優しく私の手を握り返した。
それが、これからの物語の始まりだった。
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