第7話

 晋太郎とレンゲは夫婦になりました。

 それから長い年月が経ち、二人は可愛らしい男の子にも恵まれ幸せに暮らしていました。

 ある日のことです。

 二人の村に嵐が来て大雨が降りました。雨はまるで止むことを知らないかのように何日も降り続けました。村の川は水嵩も増し、ごうごうと激しい音をたてながら流れています。

 レンゲは、その日、朝から寝込んでいました。長く降り続ける雨のせいでしょうか。どうにも、具合が悪かったのです。

 晋太郎は大雨の中、仕事に出かけています。レンゲは息子に、外には出ないようにと言い聞かせると、そのまま寝入ってしまいました。大きな雨音で目が覚め、周囲を見回すと、どうでしょう、家の中に息子の姿が見えません。

 レンゲは息子の名前を呼びましたが、返事はありませんでした。狭い家です。もちろん、隠れるところもありません。

 そのとき、外から大きな声がレンゲの耳に飛び込んできました。

「大変だ。川で子どもが溺れているぞ」

 その声を聞くやいなや、大雨の中、レンゲは着の身着のまま外へ飛び出しました。

 きっと息子だ。そう確信したのです。

 息子は人間と河童の子どもでしたが、泳げませんでした。レンゲがそうしたのです。息子が水に入ってしまえば、いいえ、水に近づいただけでも、河童に戻ってしまうかもしれない。もちろん、自分も。だから、晋太郎と夫婦になってからというもの、レンゲは川や池には一切近寄ろうとはせず、息子も同じように川や池へ近づけなかったのです。

 川べりには、すでに多くの人が集まっていました。人々の視線は川の中ほどに注がれています。その先には、水面から突き出た岩に必死で縋り付いている子どもがいました。

 息子でした。

 レンゲは息子の名前を叫びました。息子も母の声が聞こえたのか、川べりに母の顔を見つけ、母を呼び、助けを求めました。

 レンゲは、周囲の制止を振り切り、川に飛び込みました。自分は河童に戻ってしまうかもしれない。でも、そんなことは、レンゲにとって大事なことではありません。もし河童の姿に戻ってしまったら、もう晋太郎の傍にいられなくなることは分かっていました。それが、人と妖との理。誰に教わったわけでもないのに、レンゲはそれを妖の本能として知っていました。それでも、レンゲは川に飛び込まずにはいられなかったのです。

 水を一搔きするごとに、青褪めた息子の顔が徐々に近づいてきました。そして、自分が次第に妖へと戻っていくのも分かりました。レンゲの頭には皿が現れ、口元には嘴が象られ、背中ではめきめきと音をたてながら甲羅が盛り上がっていきます。

 息子は、最初、そんな母の様子に驚いたようでしたが、すぐにそれを自然なことと受け止め、母へと手を伸ばしました。レンゲの手が息子の手を掴み、自分の胸元へ引き寄せます。どうやら、それほど水も飲んではおらず、思ったよりも元気そうでした。

 レンゲは、息子を抱え、川岸まで泳いで連れて行きました。そこには、晋太郎がいました。晋太郎は何も言いません。レンゲも何も言いません。レンゲは、息子を晋太郎に渡すと、そのまま川の上流へと泳いで行き、二度と村へ姿を現すことはありませんでした。

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