第5回

 数十分前      

            

 学ランを着た黒髪少年、大空日々也は自宅のドアを開けて中に入った。


 「ただいまー。」


 日々也が家に帰った時のあいさつをすると、奥のリビングの方から声が聞こえてき

た。


 「あ、日々也お兄ちゃんおかえりー。」


 リビングに入るとソファーの上で雑誌を読みながらゴロゴロしている肩まで伸ばした茶髪とパッチリ開いた目が特徴的な彼の妹、大空明日香がいた。


 「コラ、明日香。行儀悪いぞ。」


 「ソファーはくつろぐための物でしょー?」


 「問題はスカートのまま寝っ転がって、足を組んでるところだ。」


 明日香は「ハーイ」と言うとソファーに座り直した。もう14歳になる彼女はいわゆるお年頃のはずなのに、そういうことに関して全く気にしていない様だった。

だが、


 「なぁ、明日香。」


 「何ー?おにいちゃん。」


 それは兄である日々也も同じということではない。


 「前々から思ってたんだが、お前まさか外でもそんなんじゃないだろうな?」


 「さすがに家以外の所ではちゃんとしてるよー。」


 「本当だろうな?正直、兄としては気が気じゃないんだが。」


 「お兄ちゃんは心配しすぎだよー。そんなに過保護にしなくても大丈夫だよー。」


 妹の語尾を延ばす独特な喋り方にだんだん不満げな色が混ざってきているのも気にせず、日々也は続ける。


 「心配するのは当然だろ?お前は大切な妹なんだから。」


 「そういう事ばっかり言ってるからシスコンだと思われるんだよー。」


 「過保護と言われようがシスコンと思われようが関係ない。僕はお前を守っていくって父さんと母さんに約束したんだから。」


 明日香は「むぅー」と唸ったがそれ以上は何も言わなかった。


 「はぁ…分かったよー。以後、注意しますー。」


 「うむ。分かればよろしい。」


 日々也は明日香の頭をクシャクシャと撫でるとリビングを出て、二階へと続く階段を上りながら言った。


 「それじゃあ、僕は着替えて来るから夕ご飯の準備頼んだよ。」


 「ハーイ。着替え終わったら手伝ってねー。」


 「りょーかい」と言うと日々也は自室へと入り学生鞄を机の上に置くと、ふと窓の外を見た。太陽は沈みかけており、空はほんのりと赤く染まっていた。そんな物悲しい空を見ていると、ポツリと言葉が漏れた。


 「父さんと母さんが死んでからもう5年……か」


 二人の両親は5年前事故で他界していた。まだ11歳と9歳だった二人の引き取り手は見つからず、ずっと兄妹二人で暮らしてきた。明日香が先程文句を言わなかったのも兄が両親のお墓の前でしていた約束と、5年間ずっと自分の面倒を見てきてくれたことを考えると何も言えなかったからだろう。

 日々也は妹にそんな風に気を遣わせてしまった事に情けなさを感じていた。


 「っと、イカンイカン。ちょっとブルーになってたな。さっさと着替えて明日香の手伝いに行かないと。」


 日々也が私服を取り出そうとタンスの取っ手に手を掛けた時      。


 『…れ………の……を…む…なり……。』


 「ん?」


 声が聞こえた。


 一瞬、空耳かと思ったが違う。確かにどこからともなく声が聞こえた。その声は最初は聞き取りづらかったが、徐々にクリアになっていく。


 『えー、コホン。我、汝との契約を望む者なり。我が呼びかけに答えよ。』


 (…えーっと、なんだこの状況は?)


 明らかに妹の声ではないし、外から誰かが声をかけているという訳でもない。まるで、部屋のどこかから響いてくる様な感じだ。


 (あー、幻聴ってやつか。最近バイトが忙しかったしな。うん、そうだ。そうに違いない。)


 日々也はそう結論付け、タンスから着替えを出したところで、また声が聞こえてきた。 『あれー?おかしいですね?ちゃんと繋がってないのかな?すいませーん。聞こえてたら、お返事してもらえますかー?』

 

「………幻聴が聞こえなくなるいい方法って無いかな……。」

 

『あ、良かった!ちゃんと繋がってたんですね。失敗したのかと思って心配しましたよー。』

 

日々也がボソリと独り言を言うと、それを返事と勘違いしたのかさっきまでより若干嬉しそうな声が返ってきた。

 

(あー、これは本格的にマズイかなぁ。よし、今日はバイトも無いし早めに寝よう。) そんなことを考えながら制服のボタンにてを掛けたところで      。

 

『それじゃあ、ゲート繋ぎますねー。』

 

そう聞こえたかと思うと、日々也の足下に光り輝く幾何学模様が現れた。それはゲームなどに出てくる魔法陣の様に見える。

 

「なっ・・・!!」

 

その魔法陣がいっそう強く輝き出すと、日々也は疑問の言葉を口にする暇もなく光に包まれていった。

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