第4回

「ある日ね、ボクん家に小さな箱が送られてきたの。

 キラキラたくさんの宝石に彩られた、とても可愛い小箱。ええっと、確かこの辺に」


 言うと、ベッドの下からもぞもぞと小箱を取り出した。

 ほぉ……。

 ごてごてとまぁ、立派なものだな。


「でしょでしょっ! それでね、一体何が入ってるんだろうって開けてみたら、凄い数の宝石がつまってたの。

 赤いのとか、青いのとか。とっても綺麗な宝石たちがいっぱい。

 綺麗だなーってしばらく見惚れてたんだけど、急に爆発したの。どっかーんって」


 はて。爆発した割には焦げ痕が見当たらないが。

 というか、よく五体満足でいられたな。

 そんな至近距離で爆発があったというのならば、普通無事では済まないと思うのだが。


「ち、違うよ。そういう爆発じゃなくって、なんていうのかなー。

 七色の光が、ぶぁ~って! それでそれで、中に入ってた宝石が、ばびゅ~んって、……えっと、あのあの」


 ぶぁ~、に。ばびゅ~ん、ですか。

 まるで子どもみたいな説明だな――って、子どもだったな。そういや。

 しょうがねぇかと溜め息をついた俺に、ゆりなが慌てて両手を振る。


「ふぇえ~っ。しゃっちゃん、ごめんね! あうう、クーちゃん助けてぇえ」


 説明係りに任命されたクロエは嫌な顔をするかと思いきや、

 待ってましたとばかりにゆりなの頭上へと着地すると、


「へっ。だろうと思ってたぜ。しょうがねぇな、ここからはオレが説明してやる。

 よぉく耳の穴かっぽじって聞くんだな。ええっと、なんだ。そうそうこの箱だ。

 こいつは、『パンドラの箱』ってんだ」


 パンドラだぁ? こんなちっこい箱がそんな壮大な箱には見えねぇぞ。

 いささかに、怪しいものだな。


「怪しめ怪しめ。オレだって正直な話、これがあの伝説のパンドラかどうかは半信半疑さ」


 けけっと笑いながら、


「だが、このパンドラ――もしくは、パンドラモドキにはあらゆる災害、すなわち『厄災』が詰め込まれていた。

 ……これはマジだ。そう、伝説の箱そのままにな」


 災害か。


 地震、雷、火災、みたいなアレかい。


「あぁ、そんなところだな。

 んで、それらの厄災は『七匹の霊獣』と呼ばれる護り神に一つずつ封印され、箱に詰められていたんだ。

 ここ数百年は何事もなくピースの元で保管されていたんだが、何がどう回りまわってか、こいつ――ポニ子んところに突然パンドラが送られちまったワケ。

 そして、」


 しばらく聞き入っていたゆりながそれに続けて、


「そしてね。ボクがそれを開けちゃって、霊獣さん達みんな散り散りに飛んで行っちゃったんだ……」


 なるほどな。

 爆発というのは、そいつらが逃げ出した瞬間のことを言ったのか。


「……うん」


 こくんと、すまなそうに俯く。

 足場を失った黒猫は慣れた動きでゆりなの肩へと移動すると、


「だぁら、おめぇは悪くないっつーの。ピースのヤローがちゃんと見張ってねぇから悪いんだ」


 ええとだな。

 とりあえず『ピース』とやらが何なのか見えてこないのだが。


「ああ、ピースっつうのは詳しく説明すれば長くなるが、端的に言えば魔女だ。この世界で現存する唯一にして最強の魔女。

 これは、ババア本人が言っていたから本当かどうか定かじゃねぇケド」


 あんだそりゃ?

 一人しかいないってんなら、そんなの自動的に最強になるだろ。


「にっしっし、ごもっともで。……ま、ただの言い間違いだと思うぜ」

「う~ん。ボクは本当にサイキョーだと思うなぁ。もし――他にたくさん魔女さんがいたとしても、ね。

 だって、あのお婆ちゃんからあんなすっごい魔法の力をもらったんだから。絶対、ずぇったい、強い魔女さんに違いないよっ」


 これはこれは、自信おありなようで。

 会ったのかい、そのピースという婆さんに。


「ううん。声だけ、かな」

「滅多に人前に姿を現さないからな、あの婆さんは。出てきたとしても、いつも不気味な面をかぶっていやがるし。

 そーいや、オレでさえ素顔は見たことねぇかも。まぁ、それは置いといてだ。

 そのピースから魔力と杖を授かったポニ子は、飛んで行ってしまった宝石を集めなきゃいけねぇことになったワケ」


 ははぁ。

 なにやら凄い魔女だというのは分かったが、そんなに凄い凄いと言うのならば、そのピースとやらが直々に宝石を探しに行ったほうが早いんじゃあないのか。

 わざわざ、ペーペーの子どもに魔法伝授なんていう、まどろっこしいやり方じゃなくてよ。

 もたもたしてちゃあヤバイんだろ、厄災っつうくらいだし。


「真っ当な意見だな。オレもそう思うぜ。まぁ、答えは単純な話だ。

 あのババアは――ピースはまともなヤツじゃない。何を考えているのか分からない変人さ。あいつは自分ではさらさら動く気がないらしい。

 だが、ポニ子ひとりじゃあ全ての宝石を探し出すには、さすがに時間がかかりすぎるってことで、」


 なるほどねぇ……。中々に読めてきたぞ。

 俺がァ、アレかい。そういうことかい。


「ご明察」


 黒猫がニヤリと笑う。


「そう、おめぇに白羽の矢が立ったというわけだ。ポニ子とシラガ娘の二人でならスムーズに宝石を集められるだろう、ってな」


 あー、予想以上に面倒な話だ。

 そんじゃま、ここいらが引き際かね。


「へぇへぇ。そりゃあ光栄痛み入る話で。だがね。恐縮だけれども、辞退させてもらうよ。

 俺ァ、ロボットやSF世界なんてものは好きだけどよぉ、魔法なんてものには一切ピンともカンとも興味が沸かなくてね。

 もう一度ピースという婆さんに選抜し直してもらうことをオススメするさね。

 やりたいヤツは沢山いるだろうし。悪ぃけれどもってことで、そろそろお暇を――」


 俺の言葉に、ゆりなが顔を上げた。


「うん。しょうがないよね。……無関係なしゃっちゃんを巻き込むわけにはいかないし。大丈夫だよ、ボクひとりで出来るもん」


 うお。またあの瞳だ。やめてくれっての、それ苦手だから。

 あと、しゃっちゃんはやっぱり言いにくいだろ。


「……ひっぐ、うぅ」


 って、おいおいマジかよ。

 ぽたぽたとゆりなの瞳から大粒の涙がこぼれ始めたところで、耐えきれなくなった俺は立ち上がって、


「まァ。そう悲観しなさんな。すぐに代わりはやってくるさ。次はきっと、俺より男前なペンペン草クン辺りが来るだろうさ。

 そしたら、ペンペンちゃんとかペン草ちゃんとか噛まないような名前で気軽に呼べるぞ。喜べ。そして笑え。出来たら泣き止め」


 と。

 俺にしちゃあ頑張ったほうなんだが。

 しかしながら。


「……ひっぐ、しゃっちゃんのほうが可愛いもん。ひっぐ、噛まないもん。ひゃっちゃん、うぇぇえん」


 いやいや、さっそく噛んでるし。


「あーあ。ポニ子を泣かしてやんの、バカシラガ。しーらね、しらね。ピースに言ってやろ。けけっ」


 クロエが茶化しながらふよふよと面白そうに俺の目の前を飛び回りやがる。


「クソ猫ォ。ふざけてねぇで、どーにかしてくれよ。男が子どもを、しかも女を泣かしたとくりゃあ、親父に申し訳がたたねぇって」


 言い切った俺だったが。

 ん――? なんだ、この空気は。

 さきほどまでケラケラと楽しそうに浮遊していたクロエが突然ストップし、


「……男がぁ?」


 訝しそうな目で嘗め回すように俺の顔を見る。

 ついでに、わーわー泣いていたゆりなも、きょとん顔で俺をジィっと見上げている。


「……子どもを?」

「な、なんだよ。俺のツラに何か変なものでも、」


 言いかけたところで、そいつらは顔を見合わせてドッと笑い出した。


「にゃははははっ! 男が、子どもを、だってよ! こいつは笑えるぜっ」

「だ、ダメだよクーちゃん。しゃっちゃんは本気で気付いてないんだよ……ぷっ、あははは!」


 ちょっと、タンマ。マジで何を笑ってんのか理解出来ないのだが。

 いやいやいや。そんな、お二人さん。

 笑い転げてるところすまないけどもさ、なにがそんなにツボに入ったんだって。

 さっきまでの涙を笑い涙に変えたゆりなが、うろたえる俺に、


「しゃ、しゃっちゃんの後ろに鏡あるから、それ見てみるといいよ」


 鏡ィ?

 身体をねじると、確かにそこに鏡があった。


「鏡はあるけどもよぉ。それが、どうしたって――」


 時が止まった。

 こんなありきたりな表現が精一杯だった。

 全細胞がそれまでの作業を中断し、口々に「どういうことだよ……」と騒ぎ立てているかのような。

 それほどまでに、鏡の中は狂っていた。


「どうだい、生まれ変わったてめぇの姿は。可愛いじゃあねぇか、いささかに。ってかぁ? にっしっしっ!」


 黒猫のからかいにツッコむ気すら起きん……。


「おかしいなーって思ってたけど、本当に気付いてなかったんだね。しゃっちゃんってば」


 ああ、そうさ。今の今まで気付かなかった。笑われて当然だったな。


 なんて――バカバカしい。


 なんて――滑稽な。


 くるんとカールしたまつげ。震える桃色の唇。

 ふんわりと緩いカーブに整えられた白い長髪。

 版権もののネズミがプリントされたガキくさい白のキャミソールに、やたらに丈の短い水色のスカート。


「なんじゃこりゃ」


 鏡の中のチビ女が俺の挙動を逐一真似やがる。

 シャドーボクシングをすれば、鏡の中のそいつが微笑ましいパンチを繰り出すし、

 メンチを切る仕草をすれば、鏡の中のそいつは悩ましげな表情をするし――


「って、なんじゃこりゃぁあ!!」


 両手を振り上げて膝から崩れ落ちつつ、もう一度だけ念のために叫んでみる。


 が。


 やはりというべきか、

 掃除の時間にテンションがあがってふざけちゃいましたと言わんばかりのガキんちょが鏡の中にいた。


 ふむ。


 少し乱れてしまったスカートと前髪をちょいちょいと直しながら、こほんと咳きを一つ。 



「おい、コラァアア! ニャン畜生ォオオオッ! 命が惜しけりゃ、悪いことは言わねぇ。俺様を元の姿に戻せ、いますぐにだッ!」


 隣でニヤニヤと笑う黒猫の尻尾をシャカシャカと振りながらすごんでみるが、


「そいつは無理な注文だな。オレに言われても、こればっかりはおめぇを呼んだピースじゃねぇとさぁ」

「だったらピースを呼べ! 俺は男に戻って元の世界に帰るっ。こんなふざけた話があるかよ!」


 言うと、クロエはスッと真顔になって飛び上がり、


「――元の姿に戻り、そして元の世界に帰りたいのなら、いくら探したって方法は一つしかないぜ。

 お前が第二の魔法少女となり、ポニ子と……ゆりなと一緒に散らばった宝石を全て集めることだ。どうあがいても、これしかテメェに道はねぇよ」


 俺を見下ろしながら、冷ややかな口調でそう告げた。

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