扉の先へ

 2人は図書室にヒントがあるかもしれないと思い、図書室に向かった。


「あれ?扉になにか書いてある……。」


「『この部屋はバランスを好む』……だってさ。」


「どういう意味だろう?」


 訳も分からずシャルは扉を開いた。


「あれ?なんだか変わった気がする……」


「そうかな?」


 本の並びが変わっている気がする。


「これだけ本があると分からないわね……」


「いや、そうでも無いかもしれないよ?」


 カルは机の上にある1枚の紙切れを見ていた。そこには『B23』と書いてある。


「なんだろう?」


「多分、本のナンバーなんじゃないかな?」


「本のナンバー?B棚の23番の本ってこと?」


「確認してみよう。」


 2人は本棚を探してみる。本は綺麗に番号順に並んでいる。だが……、


「23番だけ無いね……。」


「なにか意味があるのかしら?」


 本棚を覗いてみると23番へ本があるべき場所に奥に向かって矢印が書いてある。


「ん?どういう意味だろう?」


 矢印の方向にあるのは、向かいの棚とその奥の壁だ。棚には何も仕掛けがないようだ……。


「この壁、怪しいね……」


 カルが壁をコンコンと叩きながら言う。


「本当だ。音が違う……」


 一部分だけ少し、音が高い。カルが壁に爪を立ててみる。


「あ、引っかかったよ。」


 爪の引っかかった部分を引っ張り出してみると赤いボタンが出てきた。なにか書いてあるようだ。


「『バランスが違えばオワリ』……?どういう意味だろう?」


 入口の文字とこの文字。なにか意味があるのだろうか?嫌な予感がする。


「待って!押さないで」


 シャルは衝動的にカルを止める。


「え?なにか分かったの?」

「多分、これは部屋の右と左が対象じゃないといけないという意味だと思う」

「へぇ〜、なるほど!」

「だから、きっと、本を並べ替えないといけない場所があるんだよ」

「そっか。よく気づいたね!」

「いや、なんとなくだよ……」

「じゃあ、確認してみようか」


 2人は本棚を一つずつ見ていった。1箇所だけ違った箇所があった。それが……。


「B23の本が片方だけ見つからないね。」


 それに、見つかっている方のB23番は前ページが白紙だ。


「この館のどこかにあるのかな?」


「そうかもしれない。でも、この館の全部を探すの……?」


 館はかなり広い。2人だけではかなり厳しいだろう。


「あ、待って!」

「どうしたの?」

「これって、部屋を対象にすればいいんでしょ?」

「そうだね……」

「なら、ない方の23番を入れるんじゃなくて、ある方の23番を無くせばいいんじゃない?」

「確かに!すごいよ、シャル!」

「じゃあ、この23番はリュックに入れて……っと。じゃあ、ボタンを押そう!」

「うん!じゃあ、いくよ?」


 カルが赤いボタンを押す。


『バランス、間違っている……オワリ』


「うっ!あ、あぁ……」


(あれ?息ができない……!)


「うぅ!うあ!あ……。」


 シャルの隣でカルも倒れている。


(あ、苦しい……。死んじゃう……。嫌だ……。息が……)


 シャルはゆっくりと意識を失った。



 誰かが語りかけてくる。


「君たちは見逃している。バランスを探せ。君たちは見つけていない。あとひとつなんだ……」




「シャル?いくよ?」


 気がつくとカルが赤いボタンを押そうとしている。


「待って!」

「うわっ!びっくりした……。どうしたの?」

「待って!まだ、バランスが整っていない!」

「なんのバランス?」

「扉に書いてあったのは本のバランスじゃなくて部屋のバランス。それはきっと、元々この部屋にあるもののバランスのこと……」

「元々この部屋にある?」


「ええ、だからきっと私たちはバランスの対象には入っていない。でも、私たちはなにか1つ、見逃しているの……」

「なにかを?」


 シャルは目の前の赤いボタンを見ながら考える。


「バランスって沢山あるけれど、この部屋におけるバランスはきっと見た目よね。つまり……」


 シャルは赤いボタンに背を向けて反対側の壁に歩く。そしてその壁に爪を立ててみる。


「は、外れた!」


 引っかかった部分を引っ張り出してみると……、


「ほら、同じボタンがあるよ!」


 そこには反対側と同じ、赤いボタンがあった。


「これが最後の対象?」


「うん……そうだよ」


 シャルはその赤いボタンに手をのせる。


「ほら、カルもあっち側のボタンに手を当てて」


「わかった」


 カルが反対側のボタンに着いたのを見てシャルは掛け声をかける。


「じゃあ、ボタン押すよ?せーの!」


 少し重たいボタンを押し込む。ガタンという音が背後からも聞こえる。


『バランス、イイ……キレイ……』


 どこからがそんな声が聞こえてくる。


 バタンッ


 どこかで何かが落ちる音がした。2人はその音の元へ行ってみる。


「本が落ちてる」


「あ、これ、B23番だよ!」


 表紙には『花の図鑑』と書いてある。


「あれ?この本、どこかで見たことが……?」


 シャルはページを開いてみる。


「あれ?白紙だ……」


 ペラペラとめくってみるが白紙ばかりだ。


「どうして……あ!」


 めくっていると、何ページ分かだけ白紙ではないページを見つける。


「バラの花?」


 そこには『バラの花言葉は本数によって変わる。1本なら一目惚れ、2本ならこの世界は2人だけ。続きは別巻へ』と書かれていた。


「これって……。」

「僕が写してきた扉の言葉と同じだ」

「あれはバラの花言葉?ってことは……」


 シャルは次のページをめくる。


 そこには『ブルースターの花言葉は早すぎた恋』。『ホワイトスターの花言葉は幸福な愛』。『ピンクスターの花言葉は信じ合う心』。


 全てカルが見つけた部屋に書かれていた言葉だ。


「……謎が解けたね」


 シャルは静かに頷く。


「つまり、これらの花をあの四角い台の上に置けばいいんだね」


 きっとそうだろう。そして、シャルはこの花がある場所を知っている……。




「あったよ……」


 シャルは花園でブルースター、ホワイトスター、ピンクスターを1本ずつ摘んだ。何故か丁度いい花瓶があったからそれに入れた。


「じゃあ、行こうか」

「うん、案内して」


 シャルはカルのあとについて行った。そこは2階の一番奥の部屋。確かに入口には小さな文字がたくさん彫られていた。

 中に入り、三つの四角い台を確認する。


 左には『信じ合う心』。

 右には『幸福な愛』。

 真ん中には『早すぎた恋』。


 シャルはそれぞれの花言葉に合うように花を置いていく。左から、ピンクスター、ブルースター、ホワイトスターだ。


「あの扉の先には何があるんだろうね」


「分からない。けれど、きっと私たちは前へ進んでいる」


 大きな扉がゆっくりと開く。その先には……。


「……扉?」


 また扉があった。


「いや、でもなにか書いてある。」


 扉にはこう書いてあった。


『誰かがボタンを押し、誰かが扉をくぐれ。2人とも進む道はない』


「…………え?」

「…………シャル?」


 カルがシャルの肩を叩く。振り返るとカルの顔は笑っていた。


「はは……ここでお別れみたいだね。きっとあの扉は嘘をついていない。僕らは片方しか前へは進めない……」

「そ、そんな……!」

「僕は今まで出せなかった勇気を、いや、君が見せてくれた分の勇気には足りないかもしれないけれど、僕なりの勇気を使います」


 カルは涙を流した。だが、顔は笑っていた。


「君が進んでよ」

「え……そんなこと……カルを置いていくなんてできないよ!」

「置いていって!お願いだから、君は生きて!」

「!?」


 カルはシャルをぎゅっと抱きしめながら言った。


「僕は、諦める勇気を使います。だから、君は前に向かう勇気を使ってください。生きる辛さを味わい続けてください!辛くても、そこに意味があるから……」


 カルは最後にシャルの頬にキスをして背中を向けた。


「生きるも死ぬも、辛いんだからさ。どうせなら生きていて欲しい。そうすればきっと、いつかはまた、朝日を見ることが出来るから……」


 カルはそれから何も言わずに地面にある重圧感知型のボタンの上に立った。


「ほら、君の道は開けた。先へ進もう」


 カルが開いた扉を指さして笑う。


「か、カル……」

「ほら、行って!」


 シャルは流れる涙を拭い、扉に向かって走った。


「ごめんなさい……カル……」


 シャルが通り抜けた数秒後、扉は重い音を立てて閉じた。


「シャル、君はきっとすべてを知るためにやってきたんだ……。そして僕は……」


 カルは静かに笑った。



「カル……ごめんなさい、ありがとう……」


 扉の先には長い廊下が続いていた。両側に窓があり、黄昏時の夕日がオレンジ色に照らしている。

 まだ涙が止まらなかった。カルがなぜそこまでしてくれたのかは分からない……。


 何より、カルが自分に行ってと言った時、自分が代わりに残る、とはどうしても言えなかった。自分には『諦める勇気』がなかったんだ……。


 そう思うと、自分が恨めしく思う……。


 でも、もう引き返せない。扉は固く閉ざされ、開く気配はない。


「だったら、私は進むしかない。もう、私の命は私だけのものじゃない」


 シャルは黄昏の廊下をゆっくりと歩み始めた。


「この命は……2人のものだから……」


 シャルは永遠の夕焼けを抜けて歩んでゆく。果たして、この廊下はどこまで伸びているのだろうか。分からない。どこからか恐怖が湧いてくる。


 だが、シャルは止まらない。

 だって、シャルは持っているから。


『前に向かう勇気』を。

『傷つく勇気』を。


『生きる勇気』を――――――。



 ――――――――――――――――――――

 ここは黄昏の館。


 永遠の夕焼けが照らし出す館。


 その中に迷い込んだ者は、永遠の時に囚われ、逃げ出すことは出来ない。


 だが、ここに、その呪縛に抗う少女がひとり……。


 苦しみ、悲しみ、己の弱さを感じながらも、前へ進み続ける真の強さ。


 それを持ってしても館の呪いに抗うことは出来ない。


 少女は館に飲まれてゆく。

 少女は館に喰われてゆく。


 気付かぬように、悟られぬように。

 ゆっくりと、内側から蝕まれてゆく。


 そして最後に少女は言うだろう……。


 『ありがとう』と。

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黄昏の館 第一章 プル・メープル @PURUMEPURU

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