第3話 スーパー
西日を差す窓からの明かりは消え、すでに夜6時を過ぎた。
先ほどの電撃、あるいは突風のような電話を切った後、僕は放心状態になっていたのだが、ふと起き上がった。
空腹を思い出した。
そういえば昼食を買わずに部屋に戻ってきていたのだった。
僕はリュックの中から財布を取り出し、スーパーに向かった。
スーパーまでの道のりはおよそ1km。慣れてしまえばそれほど遠くない距離なのだが、疲れと先ほどの電話で頭がぼやけているのか足取りがふわふわして思うように歩けていない感覚がする。
そして違和感、というか何か引っかかる感覚が僕の足取りを確実に重くさせている。
僕を尾行している。
普段からそうなのに、気分が優れないせいでさらに鈍感になっている僕だが、慣れているこの感じ。まだ後ろを振り返っていないのだが察せる。後ろに誰かがいる。僕を追いかけている。
(この感覚、身に着けてもそんなに役立たない、というか役に立ってほしくないんだけど…。)
何で僕がつけられているかわかるかというと、さっきの電話のあいつのせいである。あいつの小学生以来の趣味がストーキングなのだ。幼なじみだから隣にいればいいじゃんかと提案したものの、「私は柚希をストーキングするのが楽しいの!」といって反発された。それを何回も。さすがに大学になってからはやめたと言っていたし、僕も彼女のストーカー行為には数年気づかなかったから忘れかけていたのだが。
(気づかないふりをしてスーパーまで行って巻くのが得策かな。着いたらあいつに電話しよう。)
幸運にも、スーパーはすぐそこに見えている。
無事(?)スーパーに入店。
18時台のスーパーは混んでいる。大学生もそりゃあいて、大学を辞めた僕はまた気負いを感じて…なんて。今はそれどころではないので置いといて、あいつに電話を掛ける。
「ご飯食べてるけど?疑ってるなら写真送るよ?」
スマホに通知が来た。自撮りが送られてきた。テーブルの上にはカルボナーラ、あいつは右手でピースをしている。気が抜けそうな写真はやめてくれ。
「そしたら後ろにいる人は…。」
「さすが柚希ってところよね。いつもは鈍器当てられてもびくともしなさそうなぐたい鈍感なのにこういうのには鋭いんだから。だから”にい”に提案したんだけど。まさかすぐに当てちゃうとはねー?」
「にい?」
「すぐにわかると思うよ。後ろ振り返ってみな!」
言われた通りに後ろを振り返る。
「やあ、君が柚希くんだね。かねがね噂は耳にしているよ。ちょっと喫茶店までどうだい?」
悪いことはしないさ、という笑顔をしている男性が立っていた。いやいや、ナンパかよって。ナンパじゃないらしいけど、らしいけど、どう見ても怪しいですありがとうございます――。
気が遠くなりそう。いや、遠くなりたい。
「ちょっと、電話まだ続いてるから!”にい”って私の兄だから!悪いようにしないから!私も喫茶店に行くから安心しなって!」
そう言われると確かにあいつに似ている気がするが。目つきといい体つきといい、何だかあまり似ていないような…。いやお兄さん、ずっとにこにこしてるのやめてくれません?怪しく見せないようにしてるんですか?逆効果ですよ?怖い怖い。
「だから喫茶店まで来てねー。待ってるよー。」
有無を言わさず電話は切れた。
はあ、大学辞めなきゃよかった…
狩野柚希の執事テアトル 梨月あのと @naorange_45
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