第2話 突拍子もない誘い

「もしもし、柚希?元気!?」


 何度も聞いた、アニメのヒロインと仲良しそうな脇役キャラの声をしているあいつ。幼稚園の頃から仲が良く、小学校、中学校、高校まで同じになってしまったと思ったら大学のキャンパスまで一緒になってしまった(ただし学部は異なる)、よく喋る腐れ縁の東海林美羽だった。


 僕はため息をついた。受話器ボタンを押そうとスマホを耳から離しかけた。

「柚希?今電話切ろうとしたでしょ?」

「切ろうと思ったよ、僕は今取り込み中だから。」

「取り込み中?そんなわけないでしょ、大学辞めてきた人が何言ってるの?」

 唾を飲んだ。バレてる?いや、ちょっと待て、彼女にそんなこと言ったっけか、親と僕の教育担当の大学教員にしかこのことを言ってないはずだが…。


「私にはあんたのことお見通しなんだから!…ってそんなわけじゃなくて、あんたと一緒の学科の人が同じサークルにいたから情報が入ってきたわけ。噂レベルだったからカマかけて本当のこと聞こうとしただけだったのに。」

 まさか本当とはね、と彼女の言葉は続いた。まんまと引っかかった自分が何だか悲しかった。

「大学に知り合いがいなくなるの寂しいけど、まあ…。できれば相談してほしかったけど。」

 言葉に詰まった。彼女に相談するのは何度か考えたことがあったが、どうせ他の人と同様に、いや彼ら以上に僕のことを引き留めてこようとするだろうと思っていたから。


「その感じだともう退学届け出しちゃったんでしょ?これからどうするの?」

「まだ確実な予定は決めていないけど、そう遠くないうちにここを掃除して実家に帰るよ。」

「それ以降は?」

「わからない」

「そうなんだ」

「うん」


 返答しづらい、微妙な空気が流れた。きっと彼女は答えを考えあぐねているのだろう。自分の問題ながら、僕もどう言葉を続ければいいか分からなかった。


「ねえ、本当に、大学を辞めたの?」



 静寂。



 

「じゃあ、柚希の就職先探すよ。」

「は?」

「いやだから、柚希の働く場所を私が見つけるから。そうしたら柚希が帰らないで済むじゃん?」

「ちょっと待って、僕の予定は…」

「予定ないって言ったのはあんたのほうでしょ?あと、大学中退のその後に何があると思う?ただでさえ就職氷河期の時代に大学中退っていうマイナスな履歴つけてるのよ、よほどの力がある人しか生き残っていけないじゃん。」

 いや、中退がそんなにマイナスになる時代は昔ほど酷くないはず、そう言いたかった。しかし僕にアピールポイントがないのは確かで、彼女の言葉にはぐうの音も出ない。

「ね、納得したでしょ。だから今月はとりあえずそのアパートにいて。就職先のあては何個かあるから。あ、就職出来たら給料の取り分ちょっと頂戴ね。じゃあ、また今度。スマホの電源、ちゃんと入れといてね。」

 僕の言い返す隙間を入れず、彼女は言いたいことを言って電話を切った。



 大学内はともかく、就職先の情報をどこから集めてくるのか。彼女の情報網が不思議でならなかった。

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