カク・ヨムでの呪いの解き方
遠藤孝祐
カク・ヨムの呪い
男は剣を構えていた。
白銀に輝く、両刃の剣だ。日本刀よりもさらに長く、刃こぼれ一つない。光を反射する鏡のように磨かれている。まだ何者にも下されていない一撃が、放たれる瞬間を心待ちにしているようだ。
破壊に特化された武器を構えているのは、意外にも平凡な男性である。
平均より心なし高い身長だが、頭頂部が僅かに薄い。ワイシャツはシンプルで、デザインは施されていない。渋みの増したベージュのスラックスに茶色が際立つローファー姿だ。いかにも量販店で揃えた印象が強く、飾り気に乏しかった。
格好に反して、その瞳は炎が揺らめいているようで、口元を強く結んでいる。突如として、皮膚すら切り裂きそうな風が疾駆した。髪が揺れて視界を遮っても、男の視線は逸れなかった。
まっすぐと前を見つめ、あまりにも不釣り合いな剣を構え続けていた。ただ漫然と、宿敵と対峙する格好を貫いていた。
「出てこい。そこにいるんだろっ」
返答はなかった。
淀みを垂れ流したように、空は黒く染まっている。ただの夜空と言ってしまうには異質で、眺め続けると不安定な気持ちに苛まれてしまいそうだ。星の輝きは愚か、月の姿すら見つからない。
左右を確かめるために視界を動かしてみた。左右前後にステップを踏むたび、大小様々な砂が擦れる音が響いた。辺りは野球ボール大から人の大きさほどまでの、ゴツゴツした岩が無造作に転がっている。草木はまるで生えていな上にこの暗さだ。星や月が隠れてしまうほどに、空間は異彩に満ちていた。
「物騒な物を向けながらのご登場とは。平穏を乱すような真似はやめてもらいたいものだな。面藤陽祐」
空間が揺れ、現れたのは奇妙な生物だった。
黄色の嘴に真っ白い顔面。芝のように伸びた三束の毛は、まるでトサカのように見える。羽の表面には黒と茶の縞模様が模られた、鳥のような何かだった。形状的には、フクロウが一番近いのかもしれない。
しかし、その生き物は断じてフクロウなどではなかった。
人語を操り、あまつさえ人々の心すらも手玉にとる狡猾さを持ち合わせている。鳥なんかであるものか。使い古された表現であろうとも、御誂え向きの言葉がある。
それは。
悪魔。
「現れたな、トリ! お前が2年前に振りまいた呪いのおかげで、もう人生はめちゃくちゃだ!」
「憐れだな面藤。貴様が呪いと呼ぶものの正体は、カク・ヨムのことであろう?」
トリの言葉に、面藤の表情はさらに強張った。柄を握る手には力がこもり、赤く血が溜まっている。
「その通りだ。カク・ヨムが出来てからというもの、俺の生活は破壊されたんだ!」
「破壊された、だと?」
「カク・ヨムなんてものがあるせいで……俺は小説なんてものに囚われてしまった。自らの描いた物語を載せることが出来たことは……最初は幸せだったんだ」
どこからか雷鳴が轟き、閃光は一瞬だけ視界を奪った。ビリビリとした衝撃が空気を震わしている。湿った匂いが鼻に付く。雨が降り出すのかもしれない。
「好きな物を書いて、好き勝手投稿する。最初はそれで良かった。けれど、カク・ヨムに没頭するたびに、どんどん人生が奪われていったんだ」
「何を言う。貴様自らが選んだ道なのであろう?」
「うるさい! こんなものがなければ、日々星の数を気にして、自分より星を貰っていふ奴らに嫉妬したり、新作や新話をアップした後に、気になって10分ごとにアクセスしたり、ハートだけの応援だったら、どうせなら評価していってくれよとかって嘆くことなんて、なかったんだ!」
ほとんど悲鳴に近いような叫びに、トリは眉ひとつ動かさなかった。代わりに深くため息を吐き、そのまま沈黙を貫いた。
言葉を交わすことすら、無意味だと言わんばかりだ。
トリの舐めたような調子を見て、面藤はさらに声を荒げた。
「舐めやがって。これは呪いだ。カク・ヨムの呪いなんだ。2年間に渡って苦しめられてきたが、これでもう終わりにしてやる。何故かはわからないが、呪いにかかってから効果は2年しかもたないらしいな。カク・ヨムが開設してからの2年間……とても長かったぜ。けどそれももう、終わりだ」
面藤は剣を振り上げ、勢いのままに飛び上がった。一瞬にして純白の翼がはためき、跳躍は浮遊へと昇華した。カク・ヨムにて鍛え上げられた妄想の力は、世界に力をもたらしていた。鉛を飛ばすだけの銃などよりよっぽど強い、妄想という力が面藤を羽ばたかせていた。風は凪、集結したエネルギーにあてられて、大地は脈動する。必殺の一撃を放つために、剣を背中側に寄せて、重力に任せて叩きつける準備を始めた。
「くたばれ!」
渾身の力を込めて剣を振り下ろした。空気を裂く音は甲高く、耳に痛みすら感じる。余分なものなど必要ない、ただ破壊のための一撃。面藤の顔は一瞬だけ緩んだ。
これで長く苦しかった呪いから、解放されるんだ。
下された剣はトリの体に激突した。形すら残らないことを予感させる轟音。まともに受けて仕舞えばひとたまりもない。まぎれもない必殺の一撃。
トリを破壊せんと迫り、寸前で止まってしまった。
「貴様は、何もわかっていないな」
「何が言いたいんだ」
「目先のことばかりしか見ていない。そういう奴のことを……愚か者と呼ぶんだ」
トリは翼で剣をなぎ払った。面藤は勢いに吹き飛ばされ、剣は彼方に放り出された。
倒れたまま、トリを睨んだ。瞳は潤み悔しさが滲んでいる。
それは必殺の一撃を防がれたことによるものか、それとも問いの答えもわからぬ情けなさ故か。
「繰り返し投げかけよう。貴様は愚かだ。一部の事実だけをあげつらえて、被害者ヅラをしているだけだ」
「そ、そんなことない。カク・ヨムでの出来事なんて辛いことばっかで……」
「本当に、そうだったのか? 貴様の拙い物語を、評価してくれた人はまるでいなかったのか?」
「そんなことは、ないけど」
「心を踊らせる物語とも出会えなかったのか? 日常を語りあえるようなやり取りはなかったのか? 日々紡がれている文章の力に、悔しさを覚えつつも心を燃やしたりはしなかったのか?」
面藤の脳裏に、映像が連続的に訪れた。初めて星を貰った思い出。応援コメントに興奮しつつも返したこと。何故かわからないがPVに変化が見られたこと。自主企画などで新たな友と出会えたこと。
一つ一つは、とてもちっぽけなワンシーンでしかない。けれど、瞬間瞬間の積み重ねは、日々の彩りになっていた。
ふと振り返る。
もう過去となったやり取りも、ページをめくれば確かな思い出として残っていた。
もしかしたら、この先の人生にはまるで役に立たないかもしれない、ささやかすぎるもの。
かけがえのない、瞬間。
「本当に、カク・ヨムは呪いだったと、思うか?」
「……ちぇっ」
面藤は体を放り出して地面に横たわった。大きめの石が背中に当たり痛みを感じたが、そのまま寝転がったままでいた。
「……ごめん。それと、まあ悪くなかったのかもしれない」
「素直ではない奴だな。あっ、そうだ」
いい感じで終わりが見えてきたにも関わらず、トリの口調はとても軽いものに変わった。
それはもう、羽のような。
初心者の書いたライトノベルのごとき軽さだった。
「君さっき嘘ついたから、新しい呪いにかかったから」
新しい呪いにかかった。
意味をきちんと理解した面藤は。
「はああああああああ!?」
叫んだ。
「ちょ、ちょっとどういうこと? 俺は別に嘘なんて」
「いや、ついてんだろ。だってお前
カク・ヨム登録してから2年も経ってないじゃん。ハイうそつきー」
「説明に費やしたセリフがまさかのギルティかよ!」
面藤は大袈裟にうなだれた。
「そ、それで呪いって一体?」
さきほどの勢いはまるでなく、怯えるように声は震えていた。
トリは、たっぷりとタメを作って、言った。
「これからB’◯の曲名を使わないと喋れなくなるよ。多分君が素直な気持ちでいられるようになったら呪いがとけると思うから、がんば」
「意味わかんねえええええええ」
「まあ、今できることだけでがんばっていかなきゃいけないということで」
こうして面藤は、B’◯の呪いにかかった。
それから月日は流れたとある日、相変わらず呪われたようにカク・ヨムを開きながら海を眺めていると、しなやかな黒髪を風に流してる女性が目に付いた。
「あの子は太陽のKOMACHI ANGEL」
面藤は、黒髪の女性に近づいた。
「何よこの変態!」
「Bad communication」
しかし、なんやかんやあって、カク・ヨムも続けていき。
「ねえ、この世界に足りないものって、なんだと思う?」
「愛のバクダン」
「ふふっ。なんだか、おもしろいね」
「今夜、月の見える丘に」
「うん。いいよ」
それからもああだこうだと続いていき。
「うわぁ。海、とっても綺麗だね」
「OCEAN」
「えっこれまさか……指輪? しかも光り輝くこの宝石は……」
「(儚い)ダイヤモンド」
「っ。嬉しい」
辛い時も苦しい時も、カク・ヨムを辞めずに、一人の女性も愛し続けた。
「それでは、新郎新婦の入場です」
「IT’S SHOWTIME!!」
「健やかなる時も、病める時も。愛し続けることを、誓いますか?」
「愛のままに、わがままに、僕は君だけを傷つけない」
二人は結ばれ、熱き鼓動の果てに野生のENERGYを爆発させていた。
「ねえ、子供は何人欲しい?」
「ZERO」
「もうっ。でも、もう少しだけ二人きりでもいいかもね」
「ultra soul」
「やん」
「私のこと、ずっと好きでいてくれる?」
「世界が終わるまでは」
こうして、一年が経った。
雨の日も風の日も、いつかのメリークリスマスの日も、コツコツとカク・ヨムで活動を続けた。時に評価を気にしすぎてしまい、数日間ログインをしない日もあった。しかし、それでもウズウズとした衝動は止まず、気勢を削がれながらも決して辞めなかった。
カク・ヨムに費やしてきた時間があれば、他に何かできたのではないかと思うこともある。ログインした時間も、一喜一憂に弾んだ心も、ただの浪費だったのではないかと、不安に苛まれる時もあった。
けれど、再び送ることが出来た一年で、かけがえのない変化を生んでいることは明白だった。
「やあ、面藤」
「(ギリギリ)chop」
「あぶなっ。相変わらず僕を恨んでいるのかい?」
「僕はさまよう青い弾丸」
「そんなことを言っても、僕は気付いていたよ」
トリは、自慢げに胸を張った。
「もう君の呪いは、とっくに解けているんじゃないかい? 途中で一回だけ、B’◯じゃなくてWAND◯だったじゃないか」
面藤は沈黙し、トリから目を逸らしていた。
「よくわからない呪いをかけられたけど、なんだかんだで幸せを手に入れて、カク・ヨムも続けてきたじゃないか。持てるものだけでがんばらなきゃいけない。でも辛く苦しいものばかりじゃなく、楽しいこともあっただろう? 色んな物語に触れて、色んな物語を書いてきた。その事実があれば、充分だろう」
勝ち誇るような物言いのトリを見つめて、面藤は穏やかに瞳を閉じた。
いきなりわけのわからないタイミングで星を入れられたり、明らかに読んでいないような適当なレビューを見かけたりした時は、腹をたてることもあった。
それも思い出。
大切な、思い出だ。
「ARIGATO」
カクヨム運営様、このような素敵な小説発表の場を提供して頂き、本当にありがとうございます。
利用者としてのマナーは守りつつ、カクヨムを盛り上げていけるように、尽力していきたいと思います。
これからもカクヨムと、
B’◯をよろしくお願いいたします。
〜完〜
カク・ヨムでの呪いの解き方 遠藤孝祐 @konsukepsw
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