番外 3.花嵐

番外 3

 八百万の神様たちが住む、小さな国がある。この小さな国には、生きとし生けるものみなにとって、特別な存在と言える、神様とはまた少し違う者たちがいる。

 その者たちは、霊守たまもりと呼ばれていた。



 静かな霊園の丘に立ち風に白銀の髪を揺らしながら、じっとただ一点を見つめる。その横顔は美しく、どこか悲しげだった。


「──花乱かろん。」


 名前を呼ばれ振り向いた花乱は、無表情な大男を見上げる。

 男は花乱の頭に手を乗せた。それは初めて出逢った時と同じ何気ない行動なのだが、花乱は男の大きな掌で頭を撫でられるのが好きだ。

 何も分からない無の状態の自分を包んでくれた、掌の温もり。


 花乱は、男からたくさんのことを学んだ。男は全てを、隠すことなく教えてくれた。


 この小さな国のこと。八百万の神様のこと。霊守のこと。

 そして、花乱がどのようにして誕生したのかを──…。


 罪深い霊守の背負う業を、花乱は少しずつ受け入れていった。受け入れられたのは、片時も離れずに傍に居てくれた男のお陰だと花乱は思っている。


「次は何処に行くの、嵐聚らんじゅ。」


 尋ねる花乱の面差しに、嵐聚はかつての仲間だった早乱さみだれを見る。

 明花さやかと融合し、業の深みに沈んで行った哀しい魂。それでも最期は幸せだったのだろうと嵐聚は思う。


 そうでなければ、悲しすぎる。

 心の中で呟くと、嵐聚は不思議そうな顔をしている花乱に、

「少し南へ下るようになる。」

 低く答えた。


 南で大規模な自然災害があった為、担当している霊守たちだけでは間に合わない事態になったのだ。

 手を貸してくれという要請が入ったのは、昨夜のことだ。


「たくさん、送らなければいけないのね。」

「…そうだ。」

「迷わず、新たな命へと生まれ変わる為に。」

「あぁ、その為に送り出す。」


 霊守は死と生の狭間を行き交う者。

 肉体を離れる魂を迎え、送り出し、新しい命として再び迎える。

 命の輪を、営みを見守り続ける。

 そして、決してその命の営みの輪へとは還られぬ。

 永劫の、罪人つみびとである。


 花乱は今一度、振り返る。先程まで見つめていた、美しい花を供えられた

墓碑を。

 かつて自分であった者の名前が刻まれた墓碑を見つめ、

「さようなら。」

 別れを告げたのは何故だったのか。


「行きましょう、嵐聚。」


 前を向いた花乱を包むように風が巻き起こり、散り始めの桜の花弁が舞った。


「…花嵐だな。」

 呟いた嵐聚を振り仰ぎ、花乱は琥珀色の瞳を細めた。


「ねぇ、私がもしも消える時が来たら、あなたが見送ってね、嵐聚。」


 唐突な言葉に嵐聚は目を見張った。

 この男が表情を変えることは滅多にない。

 ほんの一瞬、見張られた目に浮かんだ感情の色を、花乱はじっと見つめていた。


「おまえが、消えることが万が一にもあるとしたら…──。」

 俺の魂をくれてやる。

 心の中でひそっと呟き、嵐聚は空を見上げる。


 ───ああ、早乱…。

 消滅すら赦されない、脈々と繋がれていく罪人の魂は、何処へと行くのだろう。

 いつか、終わりが来るのだろうか。

 

「行くぞ、花乱。」

 今は答えのない旅を、続けていくだけだ。

 二人の姿が消えた後には、ただ花嵐だけが渦巻いていた。





     神様の住む小さな国・了


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神様の住む小さな国 涼月 @ryougethu-yoruno

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