番外 3.花嵐
番外 3
八百万の神様たちが住む、小さな国がある。この小さな国には、生きとし生けるものみなにとって、特別な存在と言える、神様とはまた少し違う者たちがいる。
その者たちは、
*
静かな霊園の丘に立ち風に白銀の髪を揺らしながら、じっとただ一点を見つめる。その横顔は美しく、どこか悲しげだった。
「──
名前を呼ばれ振り向いた花乱は、無表情な大男を見上げる。
男は花乱の頭に手を乗せた。それは初めて出逢った時と同じ何気ない行動なのだが、花乱は男の大きな掌で頭を撫でられるのが好きだ。
何も分からない無の状態の自分を包んでくれた、掌の温もり。
花乱は、男からたくさんのことを学んだ。男は全てを、隠すことなく教えてくれた。
この小さな国のこと。八百万の神様のこと。霊守のこと。
そして、花乱がどのようにして誕生したのかを──…。
罪深い霊守の背負う業を、花乱は少しずつ受け入れていった。受け入れられたのは、片時も離れずに傍に居てくれた男のお陰だと花乱は思っている。
「次は何処に行くの、
尋ねる花乱の面差しに、嵐聚はかつての仲間だった
そうでなければ、悲しすぎる。
心の中で呟くと、嵐聚は不思議そうな顔をしている花乱に、
「少し南へ下るようになる。」
低く答えた。
南で大規模な自然災害があった為、担当している霊守たちだけでは間に合わない事態になったのだ。
手を貸してくれという要請が入ったのは、昨夜のことだ。
「たくさん、送らなければいけないのね。」
「…そうだ。」
「迷わず、新たな命へと生まれ変わる為に。」
「あぁ、その為に送り出す。」
霊守は死と生の狭間を行き交う者。
肉体を離れる魂を迎え、送り出し、新しい命として再び迎える。
命の輪を、営みを見守り続ける。
そして、決してその命の営みの輪へとは還られぬ。
永劫の、
花乱は今一度、振り返る。先程まで見つめていた、美しい花を供えられた
墓碑を。
かつて自分であった者の名前が刻まれた墓碑を見つめ、
「さようなら。」
別れを告げたのは何故だったのか。
「行きましょう、嵐聚。」
前を向いた花乱を包むように風が巻き起こり、散り始めの桜の花弁が舞った。
「…花嵐だな。」
呟いた嵐聚を振り仰ぎ、花乱は琥珀色の瞳を細めた。
「ねぇ、私がもしも消える時が来たら、あなたが見送ってね、嵐聚。」
唐突な言葉に嵐聚は目を見張った。
この男が表情を変えることは滅多にない。
ほんの一瞬、見張られた目に浮かんだ感情の色を、花乱はじっと見つめていた。
「おまえが、消えることが万が一にもあるとしたら…──。」
俺の魂をくれてやる。
心の中でひそっと呟き、嵐聚は空を見上げる。
───ああ、早乱…。
消滅すら赦されない、脈々と繋がれていく罪人の魂は、何処へと行くのだろう。
いつか、終わりが来るのだろうか。
「行くぞ、花乱。」
今は答えのない旅を、続けていくだけだ。
二人の姿が消えた後には、ただ花嵐だけが渦巻いていた。
神様の住む小さな国・了
神様の住む小さな国 涼月 @ryougethu-yoruno
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