番外 2.中央役所の隣には
番外 2
八百万の神様たちが住む小さな国がある。この国の中央役所の隣には、あまり…と言うより、ほとんど知られていない、大切な仕事をしている場所があったりする。
今回はその大切な、縁の下の力持ちの話を少し。
*
静流が神様の
入り口の引戸を開けるとカラカラと柔らかな鈴の音が響き、奥から顔を出したのはかっちりとスーツを着こなした白い兎と狐だった。
「こんにちは。」
白兎が赤い目を細めて朗らかに声を掛けてきた。
「こんにちは、あの…。」
「神様と御婚姻されるのですね?こちらの席にどうぞ。」
戸惑いながら口を開いた静流に頷くと、白狐が丁重に案内をしてくれる。
慣れたものである。
ここを人が訪れるのは、神様や物の怪、精霊や獣、妖魔など、ありとあらゆる“人ではないモノ”と魂の伴侶となる場合に限られる。
つまり普通の生活をしている人々には、建物を見ることは出来ないし、入ることも出来ない異空間なのだ。
奥の一角に案内され椅子に座った静流は、周囲をチラチラと観察した。
内部は古い役所そのものである。
カウンターで仕切られた中には机が整然と並び、職員らしきスーツ姿の兎や狐や犬や猫など様々な半獣人が、忙しそうに仕事をしている。
パーテーションで区切られたテーブルでは、職員と話をしている来客の姿も見られ、本当の役所のようである。
ただ、職員も来客も人じゃない姿だというだけで…──。
「お待たせしました。」
先程の白兎と白狐が、お茶と書類を運んで来た。
「まずは、御婚姻おめでとうございます。」
畏まった兎と狐がぴょこんと頭を下げて、祝福の言葉を口にした。
「あ、ありがとうございます。」
「ご確認させて頂きながら、ご説明していきます。」
慌てて頭を下げた静流の前に、兎は数枚の紙とボールペンを出す。
「こちらが、御婚姻届け扱いになる書類です。お二方の場合は、お子様をお考えであれば、
説明を受けながら記入を進めていく。手際の良い対応で、スムーズに記入し終えるとお茶を勧められ、静流はほっと息を吐いた。
「最後に、一番大切な手続きです。両手をテーブルに出してください。」
言われるがまま静流は両手をテーブルに出した。その手の甲に、右には兎が、左には狐がポンと手を置いた。
ヒヤリと少し冷たい肉球の感触を残して手が離れると、甲にはくっきりと肉球型の印が押されていた。
静流が唖然としたまま印を見ていると、印がゆらりと小さな兎と狐の姿に
「この咒印は、連絡係のようなものです。」
狐が説明をしてくれる。
兎は神籍所からの連絡や更新手続き等の知らせを、狐は緊急時や問題が起きた時の連絡を運んでくれる。
この咒印が役目を終えるのは…。
「音川静流様が神世にお住まいを変えた時、もしくはお命を喪った場合、咒印は私どもの元へ戻ってきます。」
咒印は静流を見守るものでもあるのだと、狐と兎は微笑んだ。
「どうぞ、お幸せに。」
手の甲に立っていた小さな兎と狐は咒印に戻ると、静流の皮膚に同化するように消える。
「ありがとうございます。」
たくさんのものに自分は守られて生きているのだと知り、静流は深く静かに感謝した。
中央役所の隣、ひっそりと佇む小さな神籍所は、今日も慌ただしく様々な対応に追われている。
人と“人ではないモノ”の絆を護る為に、せっせと働いているのだ。
今日も。
八百万の神様の住む国は
つつがなく平穏である。
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