番外 1.冬神の思い出話

番外 1

 八百万の神様たちが住む小さな国がある。神様には、代替わりする神様、生まれ変わる神様、消えてしまう神様もあれば、新しく生み出される神様もあったり。様々な神様がいらっしゃるのだ。



 ある年の立冬の朝、冬の神様が二人、元気な少年姿で生まれた。

 冬の神様は、生まれ落ちた時から担う役割を負っている。

 仲良く生まれた二人にも、それぞれの役目があった。


 吹雪を起こす冬の神様と、木枯らしを連れて歩く冬将軍。まだまだ新米の二人は、二人で一人前のような状態だった為、大層仲が良かった。


 木枯らしと吹雪を引き連れて、冬の季節を駆け抜ける。

 他の季節の時期は、人や動物の世界に紛れて気ままに過ごしてみたり、自由を満喫する日々。


 楽しく自由な歳月をどのくらい送っていただろう。このままずっと、続いていくと思っていたそんな中、事件が起きた。


 冬将軍が仕事を放り出したのだ。その上、真名を人と交わしたのである。


「この、愚か者がっ!」

 木枯らしを起こすべき時期に、頑として拒否する冬将軍は、吊るされて鞭打たれるようになった。


「どうして…、とう?」

「ごめん、ごめんね、せつ。」


 それでも約束したんだと、幸せそうに笑う冬将軍に、冬の神様は心の傷みを堪えようと努力した。


 冬将軍が自分と共には歩めなくても、真名を交わす程の相手と巡り逢ったのなら、仕方ないと──。

 だが、冬の神様の想いは無惨に踏みにじられてしまう。


 冬将軍が疫病神へと変化へんげしてしまったのだ。それは真名を喪ったという、認めたくない事実だった。


 ──おのれ、あの女…

 愚かな人の子を思い浮かべ、冬の神様はギリギリと歯噛みする。

 冬将軍の真名を奪い、冬将軍に科を負わせたことにも気づかず、のうのうと平穏に生きていると思うと、今すぐに捻り潰してやりたい。

 いっそ冬の嵐で殺してしまおうか。


 そんな物騒な考えに捕らわれ始めた冬の神様に、疫病神と変わり果てた無二の友は笑った。


「俺は幸せなんだよ、雪。」

 たとえ疫病神となっても、惚れた女の傍に居られる。

 あとは何も望まない。たとえ、彼女が自分を思い出さなくても、このまま疫病神となってさまようことになったとしても、今、惚れた女の傍に居られるだけで充分だ。


「だから泣くな、雪。俺の為に科を負わないでくれ。」


 そう笑う疫病神に、冬の神様は涙を堪えた。


「さっさと、思い出させて来い。貴様が冬将軍に戻らねば、ずっと、ずっと憎むぞ!」


 今は呼べない名を心の中で囁く。

 ──冬璃とうり、俺は信じて待つからな…


 再び共に冬空の下を駆け巡り、冬の到来を告げて歩ける日が来ると。

 そうして真名と姿を取り戻した冬将軍が、晴れて夫婦となった相手と共に暮らせる日が、必ず来ると…。



 待ち続けた瞬間を、冬の神様は目に焼き付ける。 


「冬璃?」


 奈津美が名前を呼んだ瞬間、眩い光に包まれた無二の友は、美しい冬将軍の姿を取り戻した。


 科の呪縛から解き放たれ、ほっとしたはずの冬将軍は、けれど残念そうに「思い出したか」と笑った。


 すっかり怠け癖がついたのかもしれない。そんな皮肉を、冬の神様は心の中でひとりごちる。


「役目を忘れるなよ。」

 そう皮肉った冬の神様に、

「ありがとう、雪。」

 冬将軍は深い感謝の言葉を口にした。


 その言葉で充分だ──…。


 大切な、無二の友が戻ってくれた。また共に役目を果たせる。それだけで自分は満たされる。

 ようやく、自分も動き出せると、冬の神様、雪輝せっきは微笑んだ。


 これは仲良しな冬の神様たちの、思い出話。



 今日も。

 八百万の神様の住む国は

 つつがなく平穏である。


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