愛国者の憧憬

ミロク

愛国者の憧憬

——1944年10月、とある空軍基地にて——


「———以上が作戦だ。実施は各自の判断に任せる。」


苦々しそうな顔をした乙木総軍隊長が各師団の隊長に作戦を伝え、解散させた。


部屋を出てさっき言われたことを考える。


一応、僕だって師団の隊長なのだ。


相模原 大斗第3師団隊長。17歳。隊員からのあだ名は〝子供隊長〟だ。


今日、風前の灯火である大日本帝国から指示が届いた。


僕らに言われた命を伴う作戦は通称「シンプウ」。


自らの隊全ての機に爆弾を敷き詰め敵の船に特攻しろとの命令だ。


「実施は各自の判断に任せる」と言っているが、これは実質上からの命令であり拒否権はない。乙木総軍隊長もだからあんな苦しそうな顔をしていたのだ。


ふと外を見ると、真っ黒な雲にガラスに反射した自分の顔が映っていた。


太平洋戦争開戦から約四年、当初夢見ていた栄光が霞のように消えつつあることを軍のトップは理解していない。


もはや大日本帝国に勝利は見えないのだ。


命令も、要は「己らの命をもって、一矢報いろ。」ということだ。


死ぬ。出撃すれば成功するしないに関わらず死ぬ。


なのにこの顔はなんだろう。悲愴もない、かと言って希望を持っている顔ではない。


自分の持ち場の隊に戻る。


付き人である 綾崎かおり が話しかけて来た。


「ダイト。どうだった?」


彼女は立場的には僕の下にあたるが、幼馴染として接してくれている。

僕もそっちの方がいいのだ。


「やっぱり、特攻命令が出たよ。」


彼女の顔がさっと青くなる。


「やっぱり……ダイト、絶対そんなの付き合わなくていいよ。」


彼女がそういうのは想定内だった。近くにいた隊員も次々口にする。


「そうっすよ。〝子供隊長〟。そんなの無駄死にですもん。」

「でも断ったら上がなんていうかな……?」


隊員の気持ちもわかる。


僕は17歳の隊長だ。しかし、自分で言うのもなんだが人一倍の知識と戦闘経験を持っている。これまでに何機撃墜してきたかもわからない。

〝子供隊長〟のあだ名は嘲りではなく、隊員からの信頼の証だ。


だから、その賢い頭を使って結論を出した。


「うん…………だからね、僕だけで行ってくる。」


『隊長!?』


みんな当然狼狽している。


「なんでっすか隊長!!死ぬんですよ!?成功しても、この国の未来は変わりませんよ!?」

「死なないでくださいよ!なんで自分一人で行くつもりなんですか!?なら俺たちも……」


手で騒ぎを制する。


「みんなの意見はわかっている……。僕はみんなを死にに行かせるつもりは毛頭ない。でも、僕は空軍に50人しかいない師団隊長だ。…責任とって最期まで忠を尽くしてくるよ。」


言いたいことのみを言って部屋を出る。


「待って!!」


かおりが走ってついて来た。


ぎゅっと僕の制服の袖を掴む。


「冗談やめなよ……。本気で死ぬ気なの?」


「……うん、そうだよ。」


「それが国のためって?成功するかもわからないし成功しても国の敗北は変わらないのに?」


「………」


「この隊にダイトだけ死ぬことを望む人はいないよ。ダイトが行くとなればみんなだってきっと………」


「なぁ、かおり。忠を尽くすってどういうことだろうな?」


彼女の発言に言葉を重ねた。


「え?」


当然彼女は戸惑っている。しかし僕は続けた。


「〝忠を尽くす〟だよ。〝愛国心を示す〟でもいいかもしれない。」


長い廊下をゆっくり歩く。

足音でかおりがすぐ後ろを歩いているのはわかった。


「ミッドウェー、アッツ島、マリアナ沖、ガダルカナル島……これらの戦いで僕らは理解したはずだ。もう栄光は手に入らないと。」


ああ、初めは僕も夢見てたなぁ。懐かしい。


「それでも軍部は止まらない。もはや正常な判断をくだすことができていない。

そのせいで何人無駄に死んだのかもわからない。」


ずっとポケットに入れていた写真を見る。


僕の隊ができた頃の写真だ。みんな笑ってる。


死者が出たのは、僕の隊も例外ではない。


「じゃあ何故僕たちはそれでも戦っているのだろう?」


彼女はまだ何も言わない。


「国か?軍の長か?はたまた乙木総軍隊長の指示か?」


グッと写真を掴む手に力がこもる。


「どれも違う……消えていった仲間の命が無駄だったことにならないためだ。」


「そんな……だったら尚更ダイトが死にに行く必要ないじゃない。死んじゃったみんなも、絶対ダイトの無駄死になんて望んでないよ?」


声が震えていた。


「みんなが戦ってきた理由はそれでいい。だから、かおりが言うようにみんなはこの馬鹿げた作戦に志願することは許されない。…でも僕の場合は違う。」


かおりの方を振り返った。


「僕は今までこの国に尽くしてきた。そして、それはこれからも変わらない。」


泣きそうになっていた。


「国のために敵機と戦い、国のために死にゆく味方を見捨てて戦い、国のために関係ない幼い子供まで戦争に巻き込んでしまった……。僕はこの戦争の初めから地獄に向かう道を歩んできたんだ。」


「なんでよ……そんな……やめてよ……」


「君たちは生きるべきだ。かおり、僕は君をとても尊敬している。

隊を、仲間を支えてくれたこと。それとその優しさだ。」


一息ついた。


「カッコつけてるけど、やっぱし怖いよ。でも自分でもう戻らないと決めたんだ。」


「やめて!それ以上離れて行かないで!!」


ああ、やっぱり君は優しいね。


血塗られた僕をまだ見捨てないなんて。


僕も君みたいになりたかった。


「ごめんね、かおり。今までありがとう。」


それからもう廊下を振り返ることはなかった。





















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