家にいるのにも飽きたし、冒険に行こうかな

けろよん

第1話

 俺は冒険に行くことにした。

 特に深い意味は無い。家でネットやアニメを見るのにも飽きてきたからちょっと出かけようかなと思っただけだった。

 慣れ親しんだ自宅を出ていざ外の世界へ。

 俺は靴を履いて玄関を出た。


「眩しいなあ、おい」


 家を出るなり昼の明るい陽射しに俺は目を細めた。


「ちょっと家に籠りすぎたか? 最近はジャンプの立ち読みにも行ってなかったからなあ。漫画村最高」


 そんなことを呟きながら俺は歩みを進める。一人暮らしで話す相手がいないと独り言が増えて困る。

 住宅街は人気が無く静かだ。昼のこの時間はみんな学校や会社に行っているのだろう。

 俺は人に会わず道を歩く。平和だ。

 だが、平和なのはここが町だからだと俺は知っている。

 町から一歩出ればそこはモンスターのいる世界である。今なら小学生でも知っている世界の常識だ。


 旅に出るなら、まずは武器を調達せねばなるまい。

 俺は車の走る道路を渡って武器屋へ入った。道端にひっそりと佇む静かな店だ。俺は人混みで混雑する場所や長いレジの行列が苦手だったので、こういう人気の無い場所は好みだった。

 値引きはあまりされてないが、金ならある。

 俺はユーチューバーだからな。

 店主はにっこりとした笑顔で俺を迎えた。


「いらっしゃいませー」

「おっさん、武器くれ」

「はいよ、どの武器にいたしやすか?」

「一番いい武器を頼む」

「一番いい武器は高いよ」

「じゃあ、一番安い武器にしよう」


 俺は値札から目を逸らして言う。金ならあるが、金持ちだとは言ってない。

 店主は客の注文に慣れた様子で答えた。


「一番安いのはそこにある魚臭い剣だね」

「魚臭い剣か」


 俺は店主の視線の先にあった異臭を放つ樽からその剣を抜いた。思わず鼻を摘まむ。


「うっ、この剣魚臭いな」

「魚臭いから早く処分したいんだ。その武器ならただで持っていってくれて構わないよ」

「背に腹は代えられないか」


 何といっても無料だ。金を払いたくない俺にとってはまさに渡りに船だった。他に無料の物は無さそうだ。俺はこいつに決めた。


「じゃあ、これにしよう」

「まいどあり」


 店主の笑顔に見送られ、俺は魚臭い剣を装備して町の外へ向かった。


 町の外はモンスターのはびこる草原だ。

 比較的平和なこの辺りはスライムやゴブリンのような最弱のモンスターしかいないが、橋を渡ると強いモンスターが出るという話だ。

 ネットにそう書いてあった。


「じゃあ、行こうかね」


 俺は魚臭い剣でモンスター達をざっしゅざっしゅと斬り捨てて先へ向かった。


 そして、何やかんやで魔王城についた。暗黒の雲のうずまく死の大地に建つ不気味な城を前に、俺は今までにあった数々の出来事を思い出す。

 いろいろあったなあ。まあ、どうでもいいことか。


 そして、何やかんやで魔王の前に辿りついた。松明の照らす黑い大広間の玉座に偉そうに悪い顔をした奴が座っている。

 奴こそ魔物の親玉、魔王だ。この辺りの地域を支配している。

 魔王は指につけた宝石をじゃらじゃらと鳴らしながら話しかけてきた。


「よくぞここまで来た。我こそが魔王、人々の絶望と悲しみこそが我が力」

「うっせえ、さっさと死ね!」

「矮小な人間よ。お前が死ねよ!」


 魔王はさすがに甘くない。とんでもない威力の炎を放ってきた。俺はそれを剣で受け止めるのだが。

 その時、不思議なことが起こった。


 ぴかー。


 剣が眩く光を放ち、進化したのだ。


「これはまさか伝説の」

「焼き魚の剣か!」


 そう、今まで魚臭いと思っていたのも当然の話。剣だと信じていた物は休眠していた魚だったのだ。

 魚は炎で炙られたことによって目覚めて進化し、焼き魚となったのだ。

 俺はその剣を手に、跳びかかった。


「くらえ、焼き魚の剣!」

「ふごおふごお」


 魔王は嫌いな焼き魚を食べさせられて滅んだ。城が崩れ、大地は光を取り戻した。


「戦いは終わった。平和が戻ったんだ」


 長い旅だったが、明日からまたいつもの日常が始まるだろう。

 俺は家に帰ることにする。

 骨魚になった剣を振りながら。

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