鳳千華
大樹の隣にあるエレベーターに乗り、二階へ向かう。上からの景色は実に荘厳。ここが僕のいる町だとは思えないほどだ。
とはいえ、活気がないというか、なんというか。とても静かだ。僕以外に人はいないのだろうか。誰ともすれ違っていない。すれ違ったところで、何かがあるというわけでもないが。
二階に着いた後、左右を見渡す。ここは一階と違い、ロビーのような開けた場所があり、その場所を中心に網の目のように植物展示しているようだ。
展示している場所は長い廊下を進んだところにあるためか、どこもしっかりと廊下の前にこの先に何があるかを示していた。
まずは「花の道」を探さなくてはいけない。しかし、ここまで花の香りがすると、なんだか虫になった気分だ。嗅覚と視覚で目的の花を見つける。まぁ、虫は好きじゃないのであまり良い気分でもない。
そんな複雑な心境のまま、「花の道」の看板を見つけた。細い木を斜めに切り落としたようなかたちの板に、しっかりとその名前が表記されていた。さすが植物館、といったところだろうか。
その看板を通り過ぎ、長く続く廊下を渡っていく。廊下には額におさめられた押し花や、花の絵。また、花の柄をした陶器など、様々な物が展示されていた。廊下の長さなんて苦じゃないほどに、立派なものだった。
右へ左へ、ジグザグに歩いていた。ふと正面を見ると、そこには、植物館の入り口の壮大さなど比にならないほどの、優美な世界が広がっていた。
同じ館内、飾っているものが違うだけ。ただそれだけでこうも違い、こうも圧倒されるものなのかと、驚きを隠せなかった。
一面に広がる、暖色を主とした花々が一斉に咲き乱れている。喧嘩などしていない。一つでも損なってはいけない。これ全てが一つになることによって、このような迫力が生まれるのだろう。そう思わせてくる。
そして、その花々の真ん中に、真っ白な円形のテーブルと、それを囲むベンチの置いてある開けた場所があった。それと同時に視界に飛び込んでくるのは、黒い長髪とそれに大きく対比する、白いワンピースを着た女性が座っている後ろ姿だった。
おそらくあの人が「鳳千華」だろう。
うねった道を進み、その人へ向かっていく。開けた場所に着いたとき、彼女がこちらに気づいた。長い髪を耳にかけながら振り向いた彼女の、そのきれいさに息を呑んだ。
さらさらと流れるツヤの良い髪。白く、薄く桃色がかった肌。透き通るようにきれいな瞳。まさに、モデルのような顔立ちといったところだ。座っているので、身長は分からないが、170ある僕の身長でも危ういかもしれない。
「来ちゃったのね……。」
少し悲しげに、潤った唇が動いた。
「とりあえず、座って下さい。少しお話をしましょう。」
そう言って、彼女は自分の隣に手をそっと置き、優しくほほえんだ。その笑みに見とれてしまいかけたが、自我を保ち、緊張した体を動かしてその隣に腰掛けた。
「声の調子はどうですか? 確か、一時的な失声……でしたっけ。」
そう質問してきた彼女に、声を出すそぶりをして、でないことをアピールした。すぐにバッグからメモ帳とペンを取り出して、文字を書き連ねていく。
「鳳千華ってどうよむんですか?」
そう記した。何の目的で、何で僕を知っているのか、そんなことを聞く前にこのことを聞いた僕ののんきさに拍子抜けしたのだろう。すっとんきょうな声を出して驚いた顔をした後、くすくすと笑い始めた。相変わらず可愛い。
「それは、おおとりちかって読むんです。千の華って書いてちか。素敵でしょう?」
涙の跡とホウセンカ もなか @lavendern0718_manarchy_0307
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