植物館
鳳仙花。この花は、触れるとはじけ、種を飛ばすことが知られている。花言葉は「私に触れないで」、「短気」。
鳳千華……か。どう読むのかは分からないけど、面白い名前だな。性格も花言葉と似ていたらおどろきだが。
そんなつまらないことを考えつつ、封筒に記してあった植物館を目指す。この植物館は、確かこの町の中でもかなり人気な観光スポットだ。僕も一度いったことがあった。
もともとここは気候が少し特殊な地域らしく、二年に一度ほど新しい種の植物が発見されていると聞いたことがある。真相は定かではないが、やはりそれも理由なのだろう。
以前いったことがあるとはいえ、かなり幼い頃だ。何を見たか、どんな建物だったかなどは覚えていない。いわば、初めて行くような気分だ。なかなかわくわくするものである。
久々にわくわく、なんて感じたような気がする。まぁ、日々普遍的な選択をする僕に、わくわくなんて無縁のものだったからだろう。
期待に胸を膨らませ、道を歩く。ふと、大きな建物が見えてきた。おそらくあれが植物館だろう。見える部分はほとんどガラス張りになっていた。日光を取り入れるためにそうなっているのだろう。
気づくと少し早足になっていた自分に、少し可笑しくなった。昨日、一昨日までの「日常」への執着心が嘘のようだ。きっかけは、あまりよいものではないが……。
見通しの良い角を曲がり、緩やかな坂を上り、古びた看板をみつつ、さらに進んでゆく。意外と遠い。見えたのは建物の一部に過ぎなかったのだろうか。
頬を伝う汗を拭いながら歩みを進める。本来は自動車で行き来すべき道なのだろう。とりあえず長い。
建物の入り口が見える頃にはもうへとへとになっていた。小刻みに震える脚と、きれた息、伝う汗。そんなものが気にならないほどに、目の前に広がる景色は圧巻だった。
豪邸のような。そして中世の迫力ある建造物のような。それでいて現代の風を加味している、まさに「不思議」な建物だった。
足を踏み入れるのをためらうほどに、踏み入れたら最後「日常」には戻れないような。そんな迫力がある。なぜそんな感覚を持ってしまうのかは分からないが、そう思わせてくるほどの壮大さを持っているのだ。
頭でそんなことを考えていても、脚はしっかりと建物へ歩みを進めていた。今まで押さえ込んでいた好奇心が爆発するように、頭では制御が効かなかった。
重そうな両開きの扉が、片方だけ開いていた。そこをくぐる寸前で、一度歩みを止めた。やはり入るのが怖くなった、なんていう陳腐な考えからではない。くぐらずとも見えるその扉の中の世界に圧倒されたのだ。
かぐわしい香りが、目の前に群生する色とりどりの花たちが、僕を歓迎するかのように、誘うように待ち構えている。またその隣には大樹が堂々とそびえている。どこか、童話の森の中にいるような感覚がある。
止まっていた足がそんな長くとどまっているはずもなく、僕は館内に入っていた。ここは入館にお金がかからないらしい。理由は分からないが、何か事情があるのだろう。
自己の好奇心を揺さぶられ続けていて忘れかけていたが、僕は人に会うためにここに来たのだ。「花の道」……か。
先ほどの大樹に打ち付けられた館内マップから「花の道」を探す。道というから、細長い場所だと考えていたが、円形のフロアらしい。庭のような構造になっているのだろうか。
二階の、「杉の杜」の隣、か。
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