日常の変化

 一面を覆い尽くす白。そうか、病院に運ばれたのか。幸か不幸か、僕は傷一つ負っていないのになぜだろう。


 ぼやける視界の隅に、無情髭を生やした白衣の男が確認出来た。おそらく医師の方だ。カルテのような物を持ってこちらをのぞき込んでいた。


「やっと目を覚ましたか。全く、いつまで寝ているんだい君は。」


 医師らしいそぶりはない。その上、身のことを案ずるような声かけもなかった。なんだか、とても医師らしくない。まぁそこは、僕のイメージのせいかもしれないが。


花ノ瀬はなのせきり。これが君の名前であってるかい?」


 無情髭が小さくうごき、僕に尋ねる。花ノ瀬桐。そうだ、ちゃんと僕の名前だ。


 声を出そうと思ったが、なんだかだるさがあり、うなずくだけにした。


「よし、桐君。君は、精神的ショックで軽度の失声に陥っている。おそらく時間が経てば直るものだ。心配はしなくても良い。」


 失声病……。いつもとは違う環境になるということ、それはすぐに理解した。だが、なぜだかいつものように「日常」が崩れることへの不安などはなかった。


 あそこまで大きな「非日常」と対面したのだ。無理もないのだろう。少しばかり不便ではあるし、今もその状況がありありと思い出されることを除いては、特に支障はないからだろうか。


 紙とペンが枕元に置いてあったので、上体を起こし、文字を書いていく。


「いつ退院できそうですか?」


 僕はそう記した。まぁ、当然の質問だろう。


「君はもう退院さ。特に手術することもないし、なにかリハビリが必要な重度の精神疾患でもないしね。」


 案外軽いものだったのかと、僕は少し安堵した。まさか目覚めたそのすぐあとに、退院とは。なんだか不思議だ。


「あー、あと。これ、ね。君の友達っていう女の子が君に私といてくれって。」


 それは小さな花飾りだった。とてもかわいらしく、鮮やかな、それでいて落ち着いた配色の花が細かく、結いあわされていた。


「あっそうだ、これもだった。」


 そう言って無情髭の医師は白衣のポケットから、無地の真っ白な封筒を僕に差し出した。これもその「友達」と名乗る人からのものらしい。


 しかし、僕に女の人の友達なんていただろうか。関わったことのある女生徒なんて、ほんの一握りだし、義務の連絡ばかりだし……。


 そもそも僕が事故に遭遇したなんてこと、知っている人がいるのだろうか。今日は色々と不思議に思うことが多い気がする。そんなことを考えたが、特に深くは考えず、帰る身支度をすませ病院を出た。


 白い封筒のことが気になり、近くにあった公園でそれを開いた。


「七月九日、正午に大杉植物園花の道フラワーロードにてお待ちしています。」


 きれいな文字でそうとだけ記してあった。何か悪巧みが後ろにあるような、そんな感じは不思議と全くなかった。素直にいってみようと、そう思った。


 用件は理解したので、手紙を封筒に入れようとしたとき、後ろになにか書いてあるのがめにはいった。何だろうと思い、目をこらす。


 そこには小さく「鳳千華」と書いていた。


 ――ホウセンカ……?――

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