第3話
鈍くなる視界、愛用の剣を必死に動かしては荒くなる呼吸を整える。次々と現れるモンスター、騎士がとらえきれない数を目の前にして考えるのは、修得した戦法と敵の心臓のことのみ。
体が重い。考えろ。目を研ぎ澄ませ。
右を倒したら次は左、そして前の奴の心臓をえぐる。
「オラッ!!」
倒れこむモンスターのかぎ爪に傷つけられた頬に血が流れる。休む暇もなく現れるモンスターへと姿勢を切り替えたとき。
「エドガー!!撤退!!撤退だー!」
部隊長の命令が戦場にこだました。すぐさま、本部隊のほうへ重い足を引きずっていけば、後ろからいつもの爆弾音が次々に聞こえた。一日一度と量の限られている騎士団の最終兵器。それは、今日の仕事の終わりを意味していた。
***
「今日も大活躍だったな、エドガー」
コトリ、と置かれたスープを手に取って、「ありがとうございます。」と礼を述べる。疲れた体に温かいスープは身に染みた。
「大型3匹に中型20匹。俺たち部隊にしてはよくやったもんだよ。」
ハハハ、と笑いながら言う部隊長の上半身には数えきれないほどの傷が刻まれている。黙ったままの俺に部隊長は早く寝ろよ、とだけ言って自室へと入っていった。
「はあー。」
支給されている自室のベッドに横たわると、深いため息が身体中から吐き出されていく。入隊してから数年、状況は悪くなっていくばかりだ。
もう何人仲間を失ったのだろう。
四人部屋だったはずのこの部屋にはもう、俺一人しか住んでいない。こないだは騎士が一人命を落としたと聞いた。爆弾で封じる手にもきっともうすぐ限界が来る。
「セレン…。」
それでも戦っていられるのは、愛する故郷がいまだ怪物に襲われていない安心感と、王都で女1人、頑張っている相棒がいるから。初恋はもうずいぶんと昔のように思えるはずなのに、愛しさは変わらないまま。もう一度ため息をついて、枕もとで目を閉じる。
明日は月の初め。
モンスターが一番威勢がよく、我々部隊にとっては山場となる。ここさえ乗り切れば、しばらくは安泰のはず。ボロボロになった体に布団をかけ、故郷の無事を祈った。
――その日は朝から出陣命令が出され、戦場へと赴いた。
まずは中型を右、左、後方からと一撃をさして前に進んでいく。ほかの仲間たちも、順調にモンスターを倒しているように見える。
「…来たか。」
目の前に現れた大型モンスターを目にして、俺はニヤリと笑って見せた。敵のすばやく重い一撃を躱して飛び、2メートル近くある敵の顔へしがみついてその目玉に深く剣を突き刺す。
「ギャアアアアアアアア!!」
耳が壊れると思うほどのうめき声に気圧されつつも、剣を引き抜いて、すぐさま心臓に斬りかかる。
「はあ、はあ…。」
次第に敵の力が抜け息絶えたのを確認して、汗ばんだ手で剣を握りしめモンスターから距離を取り、体勢を立て直す。
…いける。
たとえ今日がモンスターにとって最大の好機だと言われても。人間はとうの昔から不利の状態であったと言われ続けていたとしても。
このペースなら夜まで持ちこたえられる。戦っていける。
そう思った瞬間、
『うわあああっ!?』
叫び声とともに天空に人が飛んでいくのが見えた。
金色の輝きをまとっているってことは――飛ばされていったのは、黄金の鎧を身に着け戦う王国騎士団の一人⁉
『撤退だー!全員逃げろ!!』
めったに声を張り上げない王国騎士団長の悲鳴にも似た叫びが聞こえる。
何が。いったい何が起きているんだ。
それに、王国騎士団まで撤退したら、村は――。
「エドガー!何してる!あれはっ、化け物だ!人が戦えるもんじゃないっ。」
勢いよく森へと逃げていく部隊長の声に、俺は立ち止まることしかできない。次々と逃げていく騎士と剣士の、その逆側に見えたのはかつて見たことのない10メートルはゆうに超えるだろう超大型のモンスターだった。
直感的に分かる。奴が大玉の一つなのだと。
「エドガーっ、逃げろっ!!」
考える暇なんてなかった。
こんなのを、村まで行かせてたまるか。
何のために剣士になったんだ。
震える右手を握りなおして、剣をかまえる。
大丈夫。俺が村を守る。
…命に代えても、大切なものを守ってみせる。
「オリャアッ!!」
あれはてる化け物目がけて突進し、その太く醜い左足に斬りつける。
瞬間、あふれんばかりに緑色の液体が流れ出てきた。モンスター特有の悪臭を伴う血液。何度も斬りつけては攻撃をかわし、足を集中的に攻撃していく。歯が立たない相手じゃない。焦るな、震えるな。怯むんじゃない、動け、俺の身体。呼吸もまともに取れていないなんて、笑わせるんじゃねえ。言うこと聞け、立ち向かえ。
最初に足を切り落として、次は――
剣先を右腕のほうへ向けるより早く、毛むくじゃらの巨大な拳が自身に降りかかってくるのが視界の端にうつる。
やばい、間に合わな――
――ガンッ。
思わず目をつむった後に聞こえた音は体を砕かれるものではなく、聞きなれた剣を振りかざすもので。
「は…?」
そこにいたのは、モンスターの腕をそぎ落とす華奢な姿。金色の鎧をまとい長い髪を束ねた彼女は瞬く間にモンスターに立ち向かっていく。モンスターの反撃などものともせず切り倒し、あれほど苦戦し人々が恐れた化け物をたった数分で撃退して見せた。地に降りてこちらに向かってくるそいつの剣には、見覚えがある。だって、幼いころからずっと戦ってきたんだ。忘れるはずがない。
まさか――
「ただいま、相棒。」
口元についたモンスターの血をぬぐった彼女は、女らしさを身にまとって満面の笑顔で俺へと手を差し出す。夢にまで見たセレンの騎士の姿だった。
双剣は夜をも穿つ はとぬこ @hatonuco
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