第2話
それから数年、村の小さな学校に通う俺らの関係は何も変わらずに過ごしていた。無我夢中に剣を振るう少年だったあの頃から、青年と呼ばれるようになったこの日までずっと。
あの日の告白なんてまるで無かったかのようにセレンは俺を相棒と呼び、俺もまたそれに応えながら、日々ひっそりとあの森でおこぼれモンスターを倒していた。
「エドガーはこれからどうするの?」
短かった髪をさらに短く切り、剣士への道をずっと望み続けているセレンのその姿に、胸がほんのりと痛む。
「親父の畑を継げって言われてるけど…。」
途中で言い淀んで、曖昧にする。
正直、畑を継ぐ気なんて更々ない。
「ふふ、新設される兵団が気になる?」
教室の窓にもたれかかったセレンが全てを見透かしたように笑う。
「まあな」
「最近物騒だものね」
んー、と伸びをするセレンに、俺は肩をすくめてみせた。
「おこぼれモンスターの量が異常になってきたからな」
それこそ、俺らが初めて倒したあの時に比べれば、何十倍と言えようか。最近妙に増加傾向にある。今年の春から設立される、村の剣士を中心に構成される剣士部隊の目的は、まさにおこぼれモンスター──すなわち、国の騎士団が取り逃した低級モンスター──の駆除。
「やっぱり、エドガーには畑の鍬より剣が似合うよ」
「簡単に言うけどなあ…。親父の頑固さは昔からだぞ?」
頭をかく俺に、セレンは苦笑しながら窓を開けた。入ってくる風に寒いと身を震わせた俺に、セレンは人差し指を突きつける。
「知ってるよ。エドガーのお父さんに何度怒られたことか。」
でも──。
そこで区切って、彼女は満面の笑みを向ける。
「相棒には剣を握ってて欲しいじゃん!」
“相棒”
その言葉に、セレンの笑顔に身体がぞわぞわと疼く。力強く握りしめていた手をゆるめながら、ためらいがちに「そうだな。」と呟けば、セレンは俺の肩を組んで飛び跳ねた。
「エドガーならそう言うと思ってた!!」
バンバン、と背を何度も叩くセレンに「痛いよ」と抗議したらさらにその勢いが増す。
「まずは親父を説得しなきゃな…」
ガックリと肩を落とす俺に、冬の風が追撃をしてくる。うう、寒い。考えただけで震える。
「その時は私も一緒に行ってあげるよ!」
「セレンの楽天家には憧れるよ」
「へへ、ありがとう」
…皮肉のつもりだったんだが。
どうやら本人には伝わってないらしい。
セレンは頬をかいて照れくさそうにしながら、窓を背にもたれかかった。
彼女の顔から、笑みが消える。
同時に、ほのぼのとした雰囲気が急速に冷たく切り替わる。
「私、王国騎士団に行く。」
突然、放たれた言葉。
身体がこわばるのが分かった。
──てっきり、俺と一緒に剣士部隊に入隊するもんだと思ったのに。
「…この村を、出てくのか」
もう一度、確認のために。
願うことならば嘘であってくれと思いながら尋ねた問いの答えは、セレンの真剣な瞳そのもので。
「うん。都会に行って、沢山のことを学んで、もっと強くなりたい。」
まっすぐなその言葉に、ああ、本気なんだと悟った。俺のささやかな我儘など足枷にもなりゃしない。
「それに、騎士だったら女でもなれる可能性はあるでしょ?」
背筋をまるめ、頬をかく彼女を見て、様々なことが脳裏をよぎる。
──そうだ。この村で剣を振るうのは、大抵が男だ。もちろん、新設される兵団の募集も男性のみ。いや、この村だけじゃない、そもそも、剣士となって活躍している者も、剣士を志すのも皆──
そんな環境のなかで、ずっと剣を握り続けていたのか、彼女は。ただひたすら、楽しそうに、笑顔で戦い続けていたのか。いったい、どんな思いで。
「セレンは強いな。」
ぽつり、落とした言葉に
「まだエドガーには敵わないよ。」
彼女は見当違いの答えを言う。
モンスターだけでなく、彼女はずっと村の風習にあらがってきたんだ。あらがって、もがいて、しがみついて、夢を追いかけようとしてる。今の今まで、親父に立ち向かう勇気も無かった俺と比べものにならないくらい、セレンはつよい。
「セレンなら、王国一の騎士になれるよ。
絶対!俺が保証してやる。」
「あはは、なんか頼もしいね」
頬を赤く染め、視線を逸らす彼女を横目に、思いっきり伸びをする。
「こりゃ見合いは断んなきゃいけねーな」
空を仰いで呟けば、心がすっきりと晴れやかになった。寒い風もちょうどよく感じる。
「えー!?お前、あの村1番の娘を振るのかよ!」
「もったいねえ!!」
「あの娘のどこが気に食わねえってんだ!!」
「…は?」
一斉にブーイングをしてきたクラスメイトに圧されて、なすがままに数歩下がった。次々にわくブーイングに頭が痛い。
「おいおい、エドガー!!本気か!?」
「うるっせえ!当たり前だろ、命の保証も出来ない奴が嫁さん貰うわけいかねえよ!!」
思いっきり叫んだ一言に、納得したのか圧倒されたのか、教室が一気に静かになった。全員の視線が突き刺さる。ああもう、晒し者みたいにするのはやめてくれ。
「当分は恋愛も見舞いもする気はねえよ。
俺は、剣の腕を磨きたい。」
言い訳のようにつけたせば、今度こそ納得したのだろう、教室は普段のざわめきに戻っていった。安心して、ため息をつくと、自分の言った言葉に胸が痛む。
恋愛をする気はない。
それは、本心であると願いたい。
いや、本心でなきゃいけない。
儚く散ったからといって、俺の初恋はまだくすぶってるままなんだ。今更、新しい人に想いを寄せられるほど、俺は器用じゃない。
「…セレン?」
ふと、隣を見れば、呆気にとられてる彼女がこちらへと視線を向けた。呼びかけに応じたかのように、その目がカッと大きく見開かれ、彼女は胸ぐらを掴んでくる。
「ッ!?おいッ、セレ──」
「…ちの…ないって…」
わなわなと震える彼女は下を向いていて、その表情が見えない。だんだんと力が強くなっていく。
「…え?」
「命の保証が出来ないってッ!!どういうことだよエドガー!!」
拳を強く握りしめて聞いてくる彼女に、俺はいよいよ戸惑うしかない。だって、その答えは、。苦しい姿勢のまま、なるべく落ち着いて言い聞かせるように、言葉を選ぶ。
「セレン。剣士部隊が戦うのは、あの洞窟のそばなんだ。──先鋭隊ってことなんだよ、俺らは。戦う怪物も、あのおこぼれの比じゃない。」
トンっ、と優しく肩を押すと、あっけなく離れる彼女。
「お前なら、分かるだろう?」
一緒に戦ってきたお前なら。
彼女は俯き黙ったまま。
それでも、仕方がないと思った。
数々の訓練をくぐり抜けた騎士とは全然違う、たかが村民の中で強いにすぎない剣士が戦地に赴く危険性。その策を使わなければいけないほど追い込まれてる戦況。
事態は考えているよりも深刻で、残酷だ。
「それでも、俺はこの村を守るよ。
俺には剣が似合うって、背中押してくれた相棒が居るんだからさ。」
へらっと笑って肩に手をかけると、その腕を思いっきり強く引っ張られる。
顔をあげて俺に近づく彼女の瞳には、今にもこぼれそうな大粒の涙が溜まってる。
「死ぬなよッ…エドガー。」
ああ、セレン。
君には直接言うことは出来ないけれど、やっぱりセレンは愛らしい女の子だよ。村1番の娘より、世界中の誰よりもずっと、魅力的で強くて脆い女の子。
恋せずにはいられない存在。
「任せとけ、相棒。
セレンも、王都で頑張ってな」
そう言って拳を突き出せば、いつの日か、初めておこぼれモンスターを倒した時のように、セレンは満面の笑みで拳を突き出す。
「もちろん。王国一の騎士になってみせるよ、絶対。」
冬の風がふぶく中、コツンッ、と2つの拳が重なる音がした。
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