双剣は夜をも穿つ

はとぬこ

第1話



「俺、セレンが好きだ」


無情にも、幼い俺が抱いた初恋は、儚く散ることになる。





***




「あーっ!!今日もエドガーに負けたーっ!」


勢いよく彼女が草原に倒れこんだ。

愛用の木刀は、残念ながら遠くの方へと転がっている。


「もーうー!あと少しだったのに!!」


ジタバタじたばたと手足を動かしては言い続ける彼女に大笑いしながら、拾った木刀を顔の目の前に差し出す。


「──51対49。

へへっ、俺の勝ちだな」


声高々に胸を張って宣言すると、ぐぬぬ、とひどく不服そうな表情に更に眉間の皺が増す。


「もう1回ッ!!」


木刀を受け取って飛び跳ねる彼女を横目に見ながら、俺は草原を出ていくべく歩き出した。


「1日100戦までって決めてるだろ」


「まだ門限まで時間あるじゃんか!!」


地団駄を踏みながら後についてくる彼女にため息をつきながら、寄り道と称して森の中へと足をすすめる。木刀をしまって、こないだ村長から支給された剣を後ろ手に彼女に渡した。ああ、森に踏み入れる瞬間、全身に鳥肌が立つような期待に身体が熱くなる。



「エドガー?これ、まだ使っちゃダメって村長が…」


「試すくらいなら良いだろ?」


森の中心部くらいになって、足取りの重くなっている彼女の腕をとり、嬉々として言う。



「モンスター討伐、やろうぜ。」



俺の言葉に、不安げに揺れていた瞳が一気にきらきらと輝き出した。ぎゅっと剣を握り直して、周りを注意深く監視する姿は、まさに憧れの剣士のそれと重なる。


「本気?」


紅潮した頬。期待を全身に滲ませながら彼女は問う。接近する異様な気配にさらに呼吸の速度が上がっていく。


「もちろんだ」


こちらも、興奮気味に返した。

だんだんと近づく異様なそれに、俺らが剣を構えるのはほぼ同時。



──ドガッ。


来た。


「任せなよ、相棒!」


木々を倒して現れたモンスターに、待ってましたと言わんばかりに彼女が斬りかかった。







──王国の首都から遠く離れた山奥の更に奥、深い森を抜けた先にひっそりと存在する小さな村。近隣の洞窟からやってくるモンスターへの恐怖を抱えながらも人々がそこに住むのは、この美しい自然に対する感動と、祖先が切り拓いた土地、そして文化への愛着があるから。



セレンは、活発で美しい女の子だ。

バッサリと切りそろえられた髪に大きな瞳。

雪のように白い肌。日々成長し、村の子供では一番と言われる俺の剣の腕に迫ってくる彼女の振る舞い。どうしようもなく、ただ剣を交える時間が楽しかった──







「やったね!エドガー!!」


荒い呼吸を繰り返しながら、ボロボロになった髪なんて気にせずにセレンが満面の笑みを浮かべる。目の前で息絶えた大型モンスターから愛剣を抜きとった。


「まあ、おこぼれモンスターだったけどな」


ヘトヘトになった身体に苦笑いしながら体勢を立て直す。…本当に恐ろしい怪物は、この森の先の洞窟で王国騎士団が討伐している。

俺らが倒したのはその騎士が取りこぼした低級のモンスターに過ぎない。これよりももっと、強敵な奴が何匹もいるんだ…。


「それでもいいじゃん!!初勝利!!」


ぐいっ、と傷のついた拳を差し出してセレンははにかんだ。


「…そうだな」


自然に口角が上がるのを感じて、トンっと拳を突き返す。数秒の間のあと、2人して大声で笑いあった。



「さ、騎士団に見つかる前に帰ろう」


「えー。エドガーのケチ。もうちょっと初勝利の余韻に浸ってもいいじゃん」


「──お前、村の門限のこと忘れてるだろ」

「…あ!!」


ぐったりとした身体を動かして、セレンが立ち上がった。さっきまで紅潮していた頬は何処へやら、一気に青ざめて冷や汗まで流してる。はあ、とため息をついたあと、横でわたわたと慌てふためく奴の肩に手を置いて、俺も立ち上がった。


─ぽん、


未だ五月蝿い彼女の頭をそっと撫で、一言。

「ほら、行くぞ。」


そう言った瞬間、俺はダッシュで走り出す。


「ちょっ!?

まっ、待ってよエドガー!!!」


後ろから聞こえる泣きそうな声と足音に、ハハハっと全力で笑いながら走るのを止めなかった。さぞかし、意地悪い顔をしてた事だろう。





***




翌日。

結局門限に間に合わなかった俺たちは村長にみっちりと怒られ、そして今日またいつもの草原に2人して横たわっていた。


1日間の木刀及び剣の没収は、俺たちにとってはかなり痛手だ。村の子供たちが楽しそうに剣を振っているのを見たくなくて、寝そべっているセレンにちょっかいをかける。


「もう、なによエドガー。」


いつものラフな格好ではなく白いワンピースを着ている彼女に、いつの日か燻っていた淡い感情がざわめきだす。ああ、なんて可愛いんだ。あんなに強くても、剣を振るっても、活発でも、セレンは立派な“女の子”なんだ。


「セレン。俺、セレンが好きだよ。」


一度自覚してしまえばそれは、溢れてやまない水のようで。


「私もエドガーのこと大好きだよ。

大切な相棒だもん。」


ふふ、と笑う彼女の言葉がひどくもどかしくて、思わず立ち上がった。つられて立ち上がるセレンの背は、いつの間にか俺より小さくなっていて、改めて男女の違いを見せつけられてしまう。


「エドガー?」


覗き込むその鮮やかな瞳に、純粋な好意を寄せている君に、恐ろしいほど身体に熱がこもる。


違う。そうじゃないんだよ、セレン。


「俺は女の子として、セレンが好きなんだ」


勇気をふりしぼって出した声が草原に響くと同時に、鈍い音が聞こえて目の前のセレンが視界から消えた。


「…めて…」

「─え?」


か弱い声のほうへ視線を向ければ、彼女は草原に倒れ込んで、真っ白な顔でこちらを見上げている。まるで、何かを恐れているかのように。


どうして?なんで?何故?

ドッドッドッ、と心臓がうるさく音をたてながらも頭がはたらいてくれない。


「私をッ、女として、見ないでッ!!」


叫んだ彼女の頬に流れる大粒の涙。

こぼれてやまないそれに、その悲痛な表情に、そして初めて向けられる怒りの眼差しに。ただ呆然と、全てを後悔するしかなかった。


ああ、触れてはいけなかったのだ。

幼いながらに、悟ってしまった。

彼女にとって、性別が1番のコンプレックスなのだと。

そう、だから触れてはいけなかった。

告白など、するべきじゃなかった─




泣きじゃくるセレンを目の前にして、俺の淡い初恋は散っていった。




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