第3話 とりま一緒に作ればいいしぃ~

 その時、岩谷いわや玄斉げんさいは正直戸惑っていた。


 突然木島城に呼び出されたかと思うと、有無を言わさず殿の御前へと通され、満面の笑みを浮かべた殿にひたすら『天晴れ!天晴れ!』と褒め称えられる。


 そして自分の目の前には何やら見たことのない茶碗が、物凄い存在感を発したまま鎮座していた。


 厳密に言えば、玄斉はその茶器自体を全く見たことがないわけではない。


 奥から手前にかけての曲線。

 偶然ではなく計算して作られた飲み口の絶妙な湾曲。


 その造形自体は、確かに自分が造り上げた物ではあったのだが、再び目の前に現れたその物体は自分が全く知らない内に、全く意図すらせぬ違う物へと生まれ変わってしまっていたのだった。


 自分が造った覚えのない茶器を、殿が大層嬉しそうに褒め称えている。


 これが実際に自分が造ったものであらば、それ以上に光栄な事などないのだが目の前にあるのはどう考えても自分が作りし茶器、『寂素静冠じゃくそせいかん』シリーズとはあまりに相反して決して交わることのない代物。


 何やらやたらとビカビカと光り輝く桃色の小さな石が所狭しと敷き詰められている上に、これまた所狭しと見たこともないような宝玉がむやみやたらとちりばめられたド派手な茶碗。


 その姿は『天真爛漫』で『豪華絢爛』。

 まさに『意味がありそうで、全く意味がない』。静けさの中の美しさを良きとする玄斉にとっては、下品以外の何者でもなかった。


 巷ではどこかの武将が、黄金の茶室を造ったとの噂で持ちきりとなっているが、目の前にあるその茶碗はそれに引けも劣らぬほどの代物といえるであろう。


『一体どんな素材を使ったらそうなってしまうのか…』


 今現在、自分の身に何が起こっているのか分からない岩谷玄斉にとっては、その茶碗の存在自体がとにかく摩訶不思議で奇妙な物に思えて仕方がなかった。


「ワシはこの碗の事がえらく気に入っての。」


 そう言ってその不必要に光輝き続ける茶碗に向かって頬擦りをする殿。


「殿はそなたが造った茶碗をえらくお気に召されましてな。寝る時はもちろん、湯浴ゆあみをなされる時すらも片時も離さず側においておられるのだ。」


 側近とおぼしき男は、まっすぐと前を見据えたまま、そう言って玄斎に最近の殿の様子を伝えた。


『…もはや茶器としての役割すらも果たしておらぬのか…』


 玄斉は静かに目を閉じ、ゆっくりと溜め息をついた。


「不躾ながらわたくしめは、かような茶器を造った覚えなどございません。きっと何かの手違いにございましょう。手前てまえにはかのように煌びやかな代物を造れるような技術など毛頭ございません。これはきっと私めをかたりし何者かが造り上げた代物。そんな私めがこのようなお褒めの言葉を殿からいただくなどという事は、誠にもったいない次第にございます。では、これにて失礼いたします。」


 玄斉は殿にそう静かに告げると、深い一礼をしてその場を去っていった。


「殿…これは一体…」


 殿から褒め称えられていたというのに、自分には身に覚えがないと逃げるように去っていった玄斉の背中を見送りながら、側近の者は小首を傾げていた。


茂貞しげさだ。お主にはこのような事も分からぬのか。」


 そんな側近の姿に目を細めながら、殿は静かに言葉を続けた。


「玄斉は『自分の意思とは関係なくこの茶器を造り上げた』と申しておるのじゃ。つまり玄斉は自分が造った間の記憶がなくなってしまう程に集中してこの茶器を造り上げたということ…それはもはや神の諸行と言えるかもしれぬのぅ…。」


 そう言って殿は扇子で口元を隠して呟いた。


「…まるで神が自分に降り立ちこの茶器を造らせたとでもいうのか。岩谷玄斉…恐ろしい男よの。」


 そう言って目線を落とした先には小さな野鳥が、庭に落ちた赤い実を休む間もなく忙しそうについばんでいた。



      ◇◇◇



「超ヒマぁ~。」


 穏やかな日差しの元、ド派手な見た目のガングロギャルの遠山ウララは、縁側に脚を投げ出して暇を持て余していた。


「こりゃ、縁側に出るな。人に見られたら化け物屋敷と思われる。」


 盆栽の葉をハサミで整えながら、兼光は怪訝そうな表情でそんなウララを戒めた。


「超失礼~。ウララ化け物じゃないしぃ~」


 ウララは構わず投げ出していた足をバタバタとさせている。


「ほぅ…狐にでもつままれたのかと思っておったが、まさかあやかしの仕業じゃったとはのぅ…」


 そう突然声をかけてきたのは、髭を蓄えた品のある高齢の男性だった。


「げ…げげげ…玄斉…!!これはじゃな…!!」


 慌てて両手をあげ、必死にウララを隠そうとする兼光。


「ウララあやかしじゃないし~ぃ。

どっちかってゆ~とむしろ小悪魔?みたいなぁ~」


 そう言って無意味にポーズをとるウララ。


 そんなウララを頭の先から足の先まで丁寧に見渡した玄斉は思わず呟いた。


「…良くは分からぬがおぬし、まるで山姥やまんばのような格好をしておるの。」


「正解~!ガングロの中でもウララはまさにヤマンバ系?みたいな~!おぬし、超分かってんじゃ~ン!! 」


 そう言ってウインクなんぞを決めながら、

テンション高めに声を張り上げ、玄斉に向かって両手の人差し指を向けるウララ。


「…なんと奇怪な。どうせこの奇妙な女御にでもあの碗の作り替えをさせたのであろう。」


「す…すまぬ…!玄斉…!実はおぬしにもらった直後にあの碗を落として割ってしまっての…!」


 慌てて取り繕うとする兼光を玄斉は静かに手で制すと、


「まぁ良い。形あるものいつかは壊れる。おぬしにあの碗を渡した時点で、どう使おうがおぬしの勝手じゃ。」


 そう言って目を細め、丁寧に自分の顎の髭を撫ではじめた。


 そんな玄斉の様子を見た兼光は、自分の身を削って造り上げた作品をまるごと違う物へと作り替えられてしまった事に対して、決して怒りを表そうとしない玄斉の海のごとき懐の広さに、密かに感心を抱いていたのであった。


「おぉ玄斉殿!ここにおられたか!殿からの伝達にござるぞ!」


 そう言って門から入って来た下人とおぼしきその男は、何やらふみのような物を強引に玄斉へと手渡し、そのまま嵐のように足早に走り去って行った。


「…殿が私に文とな…?」


 そう呟いて手渡されたふみを読みはじめた玄斉は、突然手にした文をハラリと地面に落とすと、そのままの格好で固まってしまった。


 その表情はどこかしら青ざめてしまっている。


「…どうしたのじゃ、玄斉。一体何が書いて…」


 そう言って玄斉の拾いあげた文を続けて読み始めた兼光。


「…う~ん…なになに…?ワシはそなたの造りし碗がえらく気に入った。ついては近日中にもう一つの碗を作り、城まで届けられたし。今回もこないだのような世にも珍しい碗を期待しておるから…の…」


 そこまで読み上げると、玄斉と同じくハラリと文を落としそのまま固まる兼光。


 そんな兼光の横で遠くを見つめたままの玄斉は、無表情のまま自分の左脇に兼光の首を挟み込むと、そのまま強く強く首を絞め始めたのだった。


「ぐ…ぐぐぐ…許してくれ!玄斉…!!」


「超見事なヘッドロックじゃ~ん。やるね~爺さん!」


 そう言ってウララは、兼光の娘が玄斉の為に準備をしたはずの茶菓子を頬張りながら、ケタケタと笑っていた。


…懐が海よりも広いと言われたはずの岩谷玄斉も、さすがにこのムチャブリにはブチ切れたようだった。


◇◇◇


 数時間後――――…

 兼光の屋敷の一室ではウララと玄斉が対峙していた。


「では、そのほうにはこちらの茶碗に手を加えるのを手伝っていただきたい。」


 そう言って玄斉は自分が過去に作り上げた

漆黒の茶碗をウララに差し出した。


「玄斉…!それは…!」


「良いのじゃ、兼光。今この茶器を殿に差し出したとて、珍しき茶碗にすっかり心を奪われてしまっている殿の目には決して止まる事はないじゃろう。ならば一層の事、この女御に殿好みの碗へと作り替えてもらった方がよいのではないかの。」


 そう言って玄斉が持ち上げた漆黒の茶器は

向きを変えた瞬間に光に反射して、一筋の小さな川が生まれたかのように見えた。


「へぇ~…もったいなくなぁ~い?ウララはソレ、結構渋くて好きだけど~」


「ほぅ…そのほうにもこの碗の良さが分かるというのか。」


「とりま『黒は正義!』みたいな~?」


 そう言って自分の肌を指差すウララ。

 そんなウララの姿に玄斉は目を細めて微笑んでいた。


「…ってかさぁ~、もしその殿とやらが、この茶碗の事を気に入られなかったら、一体どうなるワケ~?」


 ウララのそんな突然のそんな問いかけに、一瞬目を合わせると同時に自分で自分の首元を手刀で切るようなしぐさをする玄斉と兼光。


「え~?それってリストラじゃ~ん!超大変くなぁ~い?爺さん達、ちゃんと雇用保険とか年金とか払ってる~?」


 兼光達は殿の気に入るような茶碗を準備できなければ、そのジェスチャー通りに即座に首を刀で斬り落とされてしまうという事を伝えたつもりだったのだが、どうやらウララは普通に『会社でクビをきられる』程度にしか考えていなかったようである。


「して、例の碗に使う素材じゃが…」


「…ってゆ~かこないだのヤツでラメのストーンほとんど使っちゃったんだよね~」


 そう言って、『てへぺろ』とでも言わんばかりに舌を出すウララ。


 どうやら前回の碗のハイパーデコレーションに全力を出し尽くしていたようだ。


「なにぃ~!?」

「ど…どどど…どうするのじゃ…!!」


 一斉に騒ぎ始める兼光と玄斉。


「大丈夫~♪変わりにコレ使えばいいしぃ~。」


 そう言ってウララは畳の上にいくつもの花房を並べ出したのであった。


   ◇◇◇


「おぉ…玄斉!待ちわびておったぞ!」


 玄斉が現れるやいなや、木島城の一室ではそんな殿の軽やかな声が響き渡った。


「本日は私めに献上用の碗造りという大役を仰せつか奉り誠に…」


「堅苦しい挨拶など良い!良い!はよう新しい茶器を見せてくれ!!」


 すでに待ち遠しさで声がうわずってしまっている殿は、そう言って手に持っている扇で玄斉をあおぎながらさらに急かした。


 すると玄斉は、丁寧に風呂敷に包まれた桐箱の中から、静かにゆっくりと一つの茶器を取り出した。


「おぉ…!それは…!!」


 思わず感嘆の溜め息を漏らし、後ろへと退けぞった殿の前に現れたのは、先日余すところなく使用していたはずのラメのストーンは控えめに、そしてその変わりとして茶碗全体を見事な白い花が飾り立てていた。


『清楚なはずなのに、隠しきれない存在感。』


 その儚さの中ですら抑えきれずに溢れ出てしまうこの優雅な華やかさを前に、殿は一目で心を奪われてしまった。


「なんと美しい…まさか花を茶器にあしらって来るとは…見事なり!玄斉!!余は誠に喜ばしいぞ!!」


 そう言って、満面の笑みを浮かべながら手にした扇をぶんぶんと振りまくる殿。


 だが、殿はすぐに我へと返り少し悲しげな表情で呟いた。


「しかし、花房で造った茶器ということは、

いつかは枯れて朽ちてしまうということなのかの…。」


 目の前に現れた美しき碗を眺めながら、いつか訪れてしまうであろう茶器との別れを惜しんでいる殿の姿を見て、玄斉は畳に両手をつきながら深々と礼をした。


「この碗の名こそ『華美烙蝉かびらくぜん』。先日のとこしえに輝く宝玉の碗とは相反あいはんする、限られた時間で楽しむ目的に作られた世にも儚き茶器にございます。」


 そう言って顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた玄斉から滲み出る自信の強さに、殿の表情は再び明るくなった。


「天晴れなり!玄斉!この茶器と共に移り行く時の流れを楽しむのもまた一興。まさに盛者必衰の理を表すかのようではないか。ワシもこの茶器を戒めに、今一度我が身も政も見つめ直す良い機会としようではないか。」


「ありがたきお言葉…いたく心に刻みます。」


 こうして二回目の茶器発表会も、ウララのおかげで無事大盛況に終わったのであった。



◇◇◇



「あの花~?枯れないに決まってんじゃ~ん。どう見たって造花だしぃ~」


 兼光邸に戻ってすぐの事。

 ウララにそう告げられた玄斉は、大層驚いていた。


「造…花…?」


「そうそう!花びらも布とかで出来てたじゃ~ん。もしかして触ってみたのに、

全然分かんなかった系~?玄斉ちゃんってば、マジニブめ~。」


 そう言ってウインク混じりに両手の人差し指を向けてくるウララのそんな言動に思わずがっくりと肩を落とす玄斉。


「…して、おぬしはこの様な枯れない花など一体どこで手に入れてきたのじゃ?」


 完全に肩を落としきってしまった玄斉を見兼ねて、今度は兼光が声をかけてきた。


「どこって…こんなの100均で買ってきたに

決まってんじゃ~ん。」


 そう言ってあっけらかんと答えるウララに、


「なんと百金ひゃくきんで買ってきたじゃと!?」


 一斉に驚きの声を張り上げる玄斉と兼光。


 『100均』という言葉が理解できず、まるでウララが枯れない花を買うために、大金を積んで来たと思い込んでしまった兼光と玄斉であった。



◇◇◇


 一方、それから数日経った木島城では…


「茶器…なかなか枯れませんね…。」


 茶器を見つめ、そう呟く側近に向かって、同じく決して色褪せる様子のない花の茶器を眺めながら、殿は微笑みながら呟いた。


「ふっ…岩谷玄斉め…。またもや不思議な力を使って、花すらも枯れぬようにしてしまいおったわ。」


 木島城ではまだ見ぬウララより、よっぽどあやかし扱いをされてしまった岩谷玄斉でありましたとさ。


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花は散る。夕日も沈むが、ギャル元気。 むむ山むむスけ @mumuiro0222

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