第2話 むかしむかしってゆ~か、昔すぎだしぃ~


『昔に…昔にもどりたいな…』


 そう強く願ったまま意識を失ったウララの鼻先を、柔らかな何かがそっとくすぶった。


 爽やかなはずなのにツンっと強く鼻の奥まで刺激するような、そんな濃い花の香りに思わずウララは目を覚ました。


 見ると自分の周りには沢山の白い花房が散らばっている。


 先程、自分の鼻先に触れたのも、どうやら自分の頭上で見事なほどに満開となっている木蓮の一部が、風に揺れた拍子にウララへと降り注いでいたようだ。


「何コレ~?超可愛いんですけど~、マジテンアゲ~↑↑」


 そう言ってウララは落ちていた白い木蓮の花房を数房拾い上げると、自分が今日2時間もかけて巻きに巻き上げた自慢の髪の毛へブスブスと差し込んだ。


「やば~い!これマジ可愛くなァ~い?…ってゆ~か、こんな可愛い花が超落ちてるなんて、マジでエコなんですけど~ぉ。」


 もちろん皆様ご存知の通り、ウララの周囲には誰もいない。


 しかし例え独り言の時ですら不必要に語尾をあげ、無意味な疑問系にて完結する。


 それが彼女ガングロギャル達の鉄則なのであった。


 自分の花飾りに満足したウララは、そっと立ち上がり辺りを見渡してみた。


 ここは立派な木蓮が咲き誇る、厳かな枯山水の庭。


 武家屋敷とでもいうのだろうか。

 目の前には時代劇やなんかでよく見かけるような日本家屋がそびえ立っている。


「…ってゆ~か…いくらなんでも昔すぎじゃない??」


 思わず両腕を組み、首をかしげるウララ。


 そんなウララの背後から突然男が声を掛けてきた。


「おい、お前!こんな所で何をしてい…る!?」


 声を掛けられ、振り向いたウララの姿を見たその男は思わず言葉半分のまま、驚愕の表情で仰け反り、そしてそのままの形で固まった。


 それもそのハズ。

 ウララの全身は褐色のチョコレート色に染め上げられ、目の回りはハクビシンもビックリの驚きの黒さ、さらにそのまわりから鼻先にかけては驚きの白さ。


 ひとたび瞬きをすれば風が起こりそうなほどに厚く重ねられたつけまつげと、真っ青なカラコンのおかげで焦点が合わなくなってしまった瞳。


 そして着用している範囲より明らかに露出している肌の方が多い、上下原色のド派手な衣装の上から、髪の毛の色素を抜きたいだけ抜きまくったまるで獅子のような髪が垂れさがっている。


 そんなウララの姿を生まれて初めて見たであろうこの男は、ハッと我に返るとすぐさま手にしていた長い棒を構えた。


「なんと面妖な…貴様、なんという格好をしておる!」


 そう言う彼の姿はちょんまげ頭が爽やかな

麻の着物を着用した下人の姿だった。


「ウケる~!そっちこそ何その頭~、超お侍さん的な~?ってゆ~かここ、映画村っしょ。マジパリピ~」


 何故パーティーピーポーなのかはよく分からないが、それを見たウララは大爆笑。


 とにかくその男を指差したまま、『マジウケる~マジウケる~』と笑いまくった。


 そんなウララの姿に、下人の男はわなわなと肩を震わせ屋敷中に響き渡るような声を張り上げた。


出会であえー!出会であえー!

庭に曲者じゃ!皆の者、出会であえー!出会であえー!」


 その男の声を聞いて駆けつけてきた数人の下人達に、ウララはあっという間に取り囲まれてしまった。


「おぬし!一体どこから入ってきた!」

「…なんと面妖な…」

「おぉぉ…獅子のような形相をしておる…」

「天変地異の前触れじゃ…」


 男達は一斉にウララに向かって長い棒を突きつけてはいたが、口々に恐れおののくような言葉を吐き、そして中には足が震えだしている者までいた。


「何コレ~映画村のアトラクション、みたいな~?超ウケる~」


 こんな状況においても、ウララは高いテンションで笑い続けていた。


 どうやらここが、本気で映画村だと思い込んでいるようである。


「おのれっ!怪しい奴め!ひっ捕らえろ!」


 その男の号令一つで、ウララはあっさりと捕らえられてしまった。



◇◇◇



「殿!庭にいた狼藉者ろうぜきものを捕らえましたにござる!」


 そう言って、ウララを羽交い締めにしている下人がこの屋敷の主であるらしき年配の男に向かって報告した。


「この者、殿の大切にしていた木蓮の花をちぎりに入った不届き者にございます!」


「違うしぃ~。ウララ、落ちてたのをただ

拾っただけだしぃ~」


 そう言ってウララはやたらと体をくねくねさせている。


 そんな様子を見て、主は一つ溜め息をつくとウララを見て呟いた。


「なんじゃその者は。獅子舞ししまいか。」


「ウララ獅子舞じゃないし~!ジェシカ・アルバのつもりだしぃ~!」


 そう言ってその場でジタバタとするウララ。

 

 まさかハリウッド女優を目指していたとは。一体何がそうなってそんなメイクになったのだろうか。


「放してやりなさい。…もう獅子舞だろうが、何でも良い。どうせこの家はじきに御取り潰しになる。」


 そう言って主であろうその年配の男は、暗い表情でもう一度溜め息をついた。


 見ると座敷の隅で、綺麗な着物を着た若い女も一人、着物の袖で顔を隠して泣いている。


 いつの間にかウララを取り囲んでいた者達も、天を仰ぎながら涙を流しはじめていた。


「…ってゆ~か…超暗くな~い?」


 そんな周りの状況に、さすがのウララも空気を読んだのか、声のトーンを抑え気味にそう尋ねた。


「暗くもなります…実は先程、私が手を滑らせて大切な碗を割ってしまって…」


 そう言って再び着物の袖で顔を隠し、先程よりも大きな声で泣き出す彼女。


「これは数年前より岩谷いわや玄斉げんさいに作らせていた献上用の碗。先日ようやく完成し、明日殿の元へ運ばせる手筈てはずとなっておったのじゃが…積み荷をする際に誤って落としてしまっての。殿はこの碗が届くのをそれはもう楽しみにしておられてな…この碗が割れてしまったと知れたら、この家の御取り潰しも避けられぬであろうなぁ…」


そう言って年配の主は、ウララに向かって真っ二つに割れた茶色い茶碗を差し出してきた。


 涙を必死に堪えている主の周りから、それぞれすすり泣く声が聞こえてくる。


 そんな悲しみに包まれた屋敷の中で、珍しく黙って話を聞いていたウララがそっと口を開いた。


「…ってゆ~かソレ、普通に直せるくない?」


 ウララのその言葉に同時に顔をあげ、驚いた表情をする一同。


「お…おぬし…これが直せるというのか…!?」


 思わず震えた声でウララを見上げる主。


「多分大丈夫っしょ。ウララいつもコレ持ち歩いてるしぃ~」


 そう言ってウララは自分の肩に掛けていた

ゴザのような素材のバックからあるものを取り出し、割れた茶碗にペタペタと塗り始めた。


 それと同時に周囲に立ち込める刺激の強い匂い。


 その激しい匂いに思わず着物の袖で鼻を塞ぎながら逃げ惑う一同達。


「なんじゃこの匂いは!!」

「鼻がもげそうじゃ!!」


 口々にそう言う者達に向かって、あっけらかんとウララは答えた。


「瞬間接着剤じゃん。もしかしてそんなのも知らない系~?」


「しゅんかん…せっちゃく…ざい…?」


 思わず泣くのをやめて、ウララの言葉を繰り返す彼女。


「そうそう~、コレ超便利なんだよね~、ウララよく厚底ブーツが外れちゃってぇ~。だからコレマジ必需品?みたいな~…ってか付け爪取れた時とか~、むしろつけま取れた時でもうっすら塗って使えば軽くイケる~みたいな~?」


…イケるわけがありません。

 良い子は決して真似しちゃいけないよ。


 一同はウララの話している内容の半分すらも理解出来なかったが、ここはひとまずウララに託してみることにした。


「御取り潰しとなれば末代までの恥だが、獅子に暴れられて途絶えたとならば、多少なりとも我が家の面子も保たれよう…」


 そう言って三度目の溜め息をついた主に向かって、


「ウララ、暴れたりしないしぃ~」


と返すウララ。


…どうやら自分が獅子であるという事だけは

認識できているようだった。



◇◇◇



「本当にこれで良いのじゃな?」


 ウララから手渡された桐箱を丁寧に荷車に載せ、再度尋ねる主。


「大丈夫、大丈夫~、むしろ前よりも良くなってるんじゃね?みたいな~」


 そう言ってパタパタと手を振るウララ。


「前よりも…良く…?」


「…ってゆ~か、予定よりも時間超押してるんだからとりあえず早く行け、みたいな~」


 そう言って思わずいぶかしげな表情となった主をせかすウララ。


「お父上、ご武運を願います。」


 こうして主は娘達に見送られ、城へと向かって行ったのであった。


     ◇◇◇


「おぉ!兼光かねみつ!待ちわびておったぞ!」


 木島城殿中。

 後れ馳せながら到着した兼光に向かって、殿は扇をあおぎながら声を掛けた。


 兼光はウララに手渡された桐箱を前に、殿に手をついて言葉を述べた。


「この度はかような場を設けていただき、誠に…」


「そのような言葉はもう良い!それよりもはよう、例のモノをここに。」


「…はっ!」


 殿に言葉を遮られた兼光は、殿にせかされるままお付きの者に桐箱を手渡した。


「これぞ、これぞ!余はこれを楽しみにおったのじゃ~!!」


 そう言って殿が桐箱を開けた瞬間―――…


「ま…眩しいッッ!!」


 辺りにまばゆい光が放たれた。


 桐の箱から出てきたのはなんと…


 茶碗の絶妙な湾曲までもを丁寧に捕らえたスワロフスキーに、どぎついピンク色のラメ。


 ところどころパールと花飾りをあしらわせた、必要以上にド派手な見た目。


 そう…

 割れた岩谷玄斉の茶碗は、遠山ウララの強力なデコレーション技術により全面的にバージョンアップをして生まれ変わっていたのである。


「あ…天晴れなり!兼光!!余はかように派手な茶器など見たことがない!そなたに褒美をつかわそう!」


 一目でデコレーション茶碗を気に入った殿様は、それはもう兼光を褒め称えたそうな。



「細かい作業してたら、ついついテンションあがっちゃったんだよね~♪」

 

 そう言ってご機嫌に笑うウララ。


教訓:


『ギャルのバッグには、だいたい何でも入っている。』



 これが、ガングロギャル遠山ウララが、歴史に名を残すかもしれないはじまりなのであった。


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