第5話

 その夜、樹からの電話で呼び出された遥太は、タクシーで指定された居酒屋の前に到着する。


 昼間ワイシャツとスラックスで神社に行き汗をかいた事もあるが、あまり堅苦しい会ではないと樹に言われ、ポロシャツにジーンズという軽装で出向いてきた。


「おっ、早かったな」

 

 背後からの声に振り返ると、樹がTシャツとジーパンという前掛けがないだけで昨日と同じような格好で、今来たと言わんばかりに歩いて来る。


「ああ、流石に今日は車じゃないのか」


「もちろん、今日は飲むからな」


 満面の笑みを浮かべながらそう言う樹に、遥太は思わず苦笑いを見せる。


「よう樹ちゃん、デートか?」


 その声に2人が振り向くと、そこにはくたびれたスーツを着て白髪交じりの頭を掻きながら、こちらを窺う中年男性が立っていた。


「ああ、園田さんか」


 園田と呼ばれた男に向かって遥太は頭を下げると、園田は人懐っこそうな笑顔を浮かべるが、すでに酒が入っているらしくその顔は赤くなっていた。


「お似合いだね」


「ちょっと止めてよ。そんなんじゃないからさ」


 樹は笑顔でそう返し、嫌な顔されなかっただけ遥太も笑顔でいられる。


「園田さん、ママの所行かないの?」


「もう行ってきた。この後誰か貸切るらしいから追い出されて、おれは帰って独り寂しく寝る」


「ごめんね」


 遥太はなぜ樹が謝っているのか理解できなかったが、園田も特に怒っている訳ではないので気にしないようにする。


「たまには良いさ」


 そう言いながら園田は2人に手を上げて挨拶し、踵を返して去っていった。


「今のは?」


「ああ、園田さんは地方新聞の記者で、街角情報というコーナーでウチや得意先を宣伝してもらっているから」


「へえ」


「でも園田さんは、昔大きな事件を追っていたけど、それが失敗したって言ってたっけ、それで今ではそういう情報コーナーしか書かせてもらえないってさ」


 遥太は返す言葉はなかったものの、まだ視界に捉えている園田の寂しげな背中が印象的で、その姿が見えなくなるまで目で追っていた。


「おっ! 樹、という事は隣は遥太か!」


 そう声を掛けてきた男性は、派手なシャツにベージュのチノパンという格好であるが、その下腹はぽっこり出ており貫禄がある。


 遥太は思わず目を凝らすと、かすかに昔の面影を見出し思わず笑いをこぼした。


「もしかして里志さとしか」


「おうよ。っと、そんな笑うことないだろ」


「いや、結構貫禄が出てきたんじゃないのか」


 その言葉に里志は自らの腹をさすりながらおどけると、遥太も樹も思わず笑ってしまう。


 昔は野球少年で運動神経もよく、男子は里志、女子は樹という具合で目立つ存在であったが、気さくな性格で誰ともなく好かれる存在であった。


「そう言う遥太は、まったく変わらんなー」


「ま、待てよ、20年経ってるんだぞ」


「本当に、変わらんよな」


 樹も意味ありげな笑みを浮かべ里志の言葉に同調すると、遥太は思わず口を堅く結ぶ。


「おーい、樹ちゃーん」


 その声に3人が顔を向けると、1人の女性が車から降りてこちらに駆け寄ってくる。


「ケイ、え、ヒロは来んの?」


「駐車場に車を止めてから来るって、あ、里志と遥太もおったんか」


 遥太はケイという名前が出るまで、その女性の正体に気付く事も出来なかったが、ケイはいとも間単に遥太を判別したらしく、遥太は再び複雑な心境に陥る。


 ケイこと圭子は昔から明るい性格で、ムードメーカー的な存在であったが、時折調子に乗りすぎ、思わぬトラブルを招いてしまう事も少なくはなかった。


「いやー、子供を預けるのに苦労したけど、来れて良かったよ」


「ああ、1歳になったばかりだっけ?」


「そうそう」


 里志の言葉にケイは答えるが、要領を得ない遥太はただ呆然としていたが、樹が急に肘で軽く押す。


「ケイはヒロと結婚したんよ」


「ヒロって、あのヒロの事か」


 遥太の知るヒロこと博也ひろなりは、当時は真面目だが気が弱く、いつも遥太や樹の後ろについて来るような存在だったが、当時から勉強が出来、仲間内で勉強が苦手な面々はよく宿題を教えてもらっていた。


 間も無く、そのヒロも手を振りながら駆け寄ってくるが、流石に当時のひ弱な印象こそないものの、優男風な風貌からして良き夫なのだろうと推測できる。


「遥太君お久しぶり、変わらないね」


 もはや悪気がないその言葉に、遥太は苦笑いするしかなった。


「あと何人だ?」


 里志の問いに樹はスマホを取り出すと、そこに連絡が来ていたらしく、しばらく確認する。


「マサは遅れてくるみたいだし、そろそろ入りましょう」


 樹を先頭に店内に入ると、店内は決して広くはないものの、木造造りの落ち着いた内装であった。


「樹ちゃん、いらっしゃい!」


「今日はよろしくね」


 聞けば、この居酒屋は樹の実家である酒屋から酒を仕入れているが、そういう付き合いだけではなく、樹自身のおすすめのお店でもあるらしい。


「ここは鉄板だから」


 樹の言う様に運ばれてくる料理も美味しい物ばかりであり、遥太達も酒が進むが、車の運転のあるヒロと下戸の里志も料理に舌鼓を打ちつつ、会話に花を咲かせていた。

 

「おいっす。間に合ったか?」


 しばらく経って、その言葉と共に店に入ってきたのはマサこと公則で、本来は明日まで隣の県に出張をしている予定であったが、樹から話を聞くや予定を早めて戻ってきた為、その服装はスーツ姿であった。


「おい、遅せえよ」


「うるせえな、こっちはわざわざ来てやったんだぞ」


 公則は里志の言葉に笑顔で応えながらも、遥太を見つけるとその隣に椅子をもって割り込む。


「おう遥太、本当に久々だなぁ」 


「ああ、久しぶり」


 小学生当時は目立ちたがり屋のお調子者で、将来はロック歌手になるのが夢だと語っていた公則だが、今では町の観光課で忙しい日々を送っているらしい。


 ただバンド活動は今でも行っているらしく、その話になると上機嫌であった。


「しかし、本当に最近忙しそうだけど、大丈夫?」


「いや、マジ勘弁だわ。この所、この町変な事が続いているから」


 樹の言葉に公則は返すが、遥太はそれが気になって思わず身を乗り出す。


「変な事?」


「遥太は友達だから話すけど、外では絶対に言うなよ」


「もちろん」


 公則の話では、ここ数年で異常気象に見舞われる事が多くなり、農産物に甚大な被害が出ているだけではなく、特にここ3年は大型の台風の通り道となり、復旧費用も馬鹿にならないらしい。


「でも気味が悪いのは、この間の奴だよな」


「なにがあった?」


「畜産農家の育てていた牛がことごとく死んで、最初は狂牛病か?とも思われたが、結局原因が分らんかった」


 その事は全国区で報じられた事もあり、遥太も覚えていたが、最初こそマサの言う様に大騒ぎしていたものの、原因が不明と分かった途端、報じるマスコミはなくなり、結局うやむやになった事は記憶していた。


「おかげで風評被害も多くてな。観光課としても頭が痛いところだよ」


「大変だな」


 遥太は公則をねぎらう様に、その盃に酒を注ぐ。


「っと、そう言えば聞いたか?」


 政則がそう切り出すと、遥太以外は何かを察したらしく、途端に表情を硬くする。


「どうしたんだ?」


 その様子を不思議に思った遥太は、政則に尋ねる。


「貴之の奴が、町議に出るってよ」


「貴之?」


 遥太にとってその名前にはもちろん覚えがあったが、それはいい印象ではなく、思わず眉を顰める。


 貴之は小学生当時、遥太達とは対立関係にあり、特に遥太は事あるごとに絡まれていたが、腕っぷしは遥太が上だった事で、常に返り討ちにしていた。


 その貴之は中学高校と手の付けられないほど荒れてしまい、町でも厄介な存在になったらしい。


 だが彼の父親が街の開発に貢献し、莫大な利益をもたらした事から、いまだに各方面に影響力のある人物であり、表沙汰になっていない悪事もあるらしく、それどころか親のコネで大学まで進み、現在は親の会社で要職についているらしい。


「昔の不良が立派になったって話かよ」


「立派どころか、あいつはいまだに悪い噂が聞こえてくるけどな」


「じゃあ、そんな奴が町議通るのか?」


 遥太の疑問には、貴之の父親の影響力が強い事と、町議会選挙はここ最近定員数しか候補者がおらず無投票で決まっている事が、答えとなって返って来た。


「やめい、これ以上あんな奴の話しとったら、酒が不味くなる」


 樹がそう言うと、それは皆も同じであったようで、それ以上貴之の話題が続く事はなかった。

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