第26話
酒は進んだ。
ほとんど二コラと白銅貨がしゃべっているだけだったが、大輔は初めて疎外感のない飲み会というものを楽しめた。
買ってきた酒はすぐになくなり、白銅貨が自分の部屋から何やら高そうな焼酎と肉やスモークチーズなどを持ってきたので、飲み会は日をまたいだ。
それでも、翌日に仕事があるらしい白銅貨は一時前には自室に戻り、大輔と二コラは明け方までだらだらと過ごした。
だいぶ酒が入ったので、大輔には記憶がほとんどない。
昼過ぎに目が覚めたとき、二コラが布団で丸くなって寝ていて、大輔自身は掛布団の上に寝ていた。
寝ているのに天井が回っている。
二日酔いだった。
「焼酎は二度と飲まない、焼酎は二度と飲まない……」
二コラが起き上がることができず、死にそうな声で何度もつぶやいていた。
それから数日経った。
大輔は平穏な日々を送っている。
二コラとはまだ家具を買いに行っていないが、ラインを交換しくだらないやりとりと行っている。
近くのショップに服を見に行ったし、ライブにも誘われた。
渋谷はまだ怖いので、中目黒の小さなライブスタジオでワンドリンクを飲んで帰ってきたが、たったそれだけでも世界が広がった気がした。
タランチュラにも顔を出している。
バーテンダーに次こそは違う酒を頼もうと思っているのだが、どうしても毎回ジントニックになってしまう。
二コラが来ると、ウィスキーになってしまう。
白銅貨とは飲み会以来あまり顔を合わせる機会がなかった。それでも朝や帰りに顔を合わせると挨拶もするし、「置いてった鍋洗って返せよ。あと箸くらい買えよ」と会話もするので、避けられてはいないようだ。それだけでも嬉しかった。
鍋も箸も皿もコップも用意するからまた飲みに来てくれよ。とは、まだ言えていない。言おうとすると喉がからからに乾いてしまうのだ。
タランチュラで出会ったら、酒の力を借りて誘おうと思っている。
クロード・ファブリでは常連になった。
二コラの作るナポリタンは美味い。
バイト代になるから毎日来いと言われている。
けれど交友関係が広いらしく、行ってもいないときもある。そんな時は、若くて美人なお母様にお話相手をしてもらう。
代官山で一番仲が良いのはこのマダムかもしれなかった。
リコは、あれ以来見ていない。
タランチュラにも現れない。
ブログも更新されていない。
もしかしたら、元カレとよりをもどして電撃結婚でもしたのかもしれなかった。
人の不幸を願って生きるよりも、そっちのほうが幸せに決まっている。
大輔はリコの幸せを祈った。他人の幸せを祈ることなんて、生まれて初めてだったかもしれない。
代官山にきて、よかった。
日計煌大はタランチュラにいた。
深夜三時。
もう店は閉まっている。
カウンターの向こう側で、白鳥二コラがウィスキーのグラスを揺らしていた。
「大輔のやつ、気づいてないよな」
煌大が訊ねると、二コラはわざとらしく首を傾げた。
「大輔って誰だっけ?」
「イミテーション」
「あ、イミテーションって大輔って名前だったっけ」
「はぐらかすなよ」
「気づいてないんじゃないか? あの部屋、テレビもないし、新聞も取ってないし、それにあのアパート防音だろ? ボロアパートだけど。外の音なんて聞こえないだろ」
「パトカーのサイレンってのはそんな簡単に遮断されるものか?」
「さあ。それは住人であるニッケルのほうが詳しいんじゃないの?」
「俺はその時間仕事だったんだよ」
「……。ほんと、ニッケルの推理ってマジであたんないよな」
「推理じゃない。ただの妄想だ。現実は物語よりも奇なり」
「むしろその推理をしたから、神様がその結末にだけはしてなるものかって避けてる気がするね」
「かもな。もしくは、俺には小説家の才能はない、か」
「インゴットは、お前には小説家か映画監督の才能があるって言ってたけど?」
「そんなことも言ってたな。懐かしいね」
「容態は?」
「さあ、死んだんじゃないかな?」
二コラが小さく口笛を吹いた。
「佐々木エミはサロンのマンションを出たところで刺されたらしい。三日間リコが周囲に現れなかったから、警備員も油断をしていた。そこをザクッと。いや、ザクザクザク、か。現行犯で即逮捕。逃げもしなかったらしいぞ、リコは」
「なんで殺しちゃうかね」
「さあな、……不幸にならなかったからじゃないか? エミが」
「そうなの?」
「マーキュリーの復活は早かった。エミが全面的に謝罪し、みんなで店を良くしようと話し合ったらしい。そして代官山のメキシカンカフェで、みんな仲良く決起集会を兼ねた飲み会を開いた。そして、エミは婚約をその場で発表した」
「あらら。もしかして、婚約者ってリコの元カレ?」
「いや、全く関係ないどっかの会社の役員」
「はー、そうなんだ」
「リコは元カレにブロックされた」
「あらー」
「エミは不幸にならなかった。リコは不幸だった。だからだ」
「……、イミテーションには言わないほうがいいか」
「お前の好きにしろ。俺は言う気はないが。聞かれたら答えるが」
「じゃ俺もそうしよ。言われたら答えるわ」
「んじゃ、そーいうことで」
「おう、そーゆーことで」
ほどなくして、大輔のポストに一通の手紙が届く。
インゴット様。
大輔はそれを開封せず、白銅貨の帰りを待った。
部屋の窓を開け、格子の門が開くのを待った。
六時。
スーツ姿の青年が格子門に手をかける。
大輔は顔を上げて、手を小さく振った。
「インゴット宛に手紙が届いてるぞ」
「見せてみろ」
スーツの青年は眼鏡をくいっと上げてから、そっけなく言った。
大輔が見るに、その表情はとても嬉しそうだった。
第一章 完
代官山ディオゲネスボーイズ 十龍 @juutatu
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