第25話


 ***リコリコの代官山ライフ***


 とうとうインゴットが動いたわ。

 信じててよかった!

 ふふふ。あのクソブタの今にも崩壊しそうな顔面!

 とっさに写真に撮った私ってば最高!!

 ここにアップしたいけど、さすがにそれは人としてできませんから?

 ひっそりと楽しんでまーす!

 明日からサロン再開しますね!

 きっと素晴らしい仕事ができると思うの!!



 出てきたわ、あの女、あーあ、化粧もぼろぼろ。

 それに職場も面々も悲壮感漂ってるぅ。

 インゴットってば何をしてくれたのかしら。

 あの職場ってば最悪で、私にだけ責任押し付けて、自分たちはしりませーんって顔で笑ってんの。

 私を笑いものにしてたけど、私が辞めてからターゲットが自分になって思い知ったかしらね。

 ざまーみろ!

 もっと嫌な思いして生きろ!

 ばーか!

 もっと不幸になれ!



 生まれてきて今夜が一番幸せ!

 高いワイン買っちゃった!

 元カレにも電話してみたし、好感触?

 やっと私の人生もちゃんと動き出したみたい!

 これからずっとハッピーに生きられる!

 それもこれもあの女の不幸のおかげ。あの女が不幸であればあるほど私は幸せになれるの!

 不幸になあれ、不幸になーれ!





「以上。夕方からこれまでの更新でした。昨日とはうって変わってのハッピーぶりに身の毛がよだつね」


 スマホ画面を下に伏せて、白銅貨はげんなりとした様子で缶に口をつけた。

 大輔はもはや酒の酔いなど吹っ飛んでいた。

 すでに二缶目も干しそうな勢いだった二コラさえも、すっと酔い気を沈め、白けたような顔で天井を見ていた。


「エステサロンの建物を出たとき、リコに見られたんだ。こっちを見て、ニヤッて笑って。俺恐くて」


 手を摩る。


「そのあとにあのエミって人が、お客様! って叫ぶ声がしたから、……逃げた」


「その時の様子で、リコは満足したんだろ。お前が佐々木エミに復讐をしてくれたと判断したわけだ」


「けど、俺、別に復讐とかそんなつもりじゃなくて」


「建前をすっとばして本音を口にしただけだろ」


「そうだよ」


「普通ならできない所業だったな。よくやったよ」


「……それ、褒めてるのか? 非難してるのか?」


「どっちもだ。すごい勇気だ」


 勇気などではない。浅はかなだけだ。きっと白銅貨はそう言いたいのだと、大輔は分かっている。


「今回に関してはナイスプレーだとしか言いようがない」


「グッジョブじゃん、イミテーション」


 二コラが大輔の背中をバンバン叩いた。


「けどこれで、あとは勝手に物語が進んでくれる。リコとエミの物語だ。もしかしたら全く平行線をたどる物語かもしれないけどな」


「お、ニッケルの推理か」


「推理?」


 大輔は二コラに向かって訊ねた。


「あー、うん。こいつは毎回、解決した事件のその後の出来事を推理するんだ」


「へえ」


「で、今回はどんな「その後」になるんだ? ニッケル」


「そうだなぁ」


 白銅貨は面白くもなさそうに新しいチューハイの缶を開けた。


「リコは、……、リコは……狂ったまま生きてゆく」


 狂ったまま。


「憎いエミが不幸になったのだと信じて生きてゆくんだ。自分の笑い声はまるで小鳥のさえずりだと思い込んで、死にかけた鷺みたいな笑い声を周囲に振りまく。リコには半年前に別れた恋人がいるんだが、そいつとよりを戻す。だけれどすぐに別れるんだろうな。口を開くごとに、楽しそうにエミの不幸を喜ぶ言葉を紡ぐからだ。リコはどんどん明るくなって、綺麗になって、周りに毒をまき散らして生きる。仕事は順調だけれど、常連客はできない。広告をたくさん打って、安いプランを作って、一見の客のおかげで店は繁盛する。けれど誰もリコにはついてこない。兄弟とは疎遠になってゆく。会っても悪口しか言わないからだ。笑顔で人の悪口を言う。だから誰もリコと話していて気持ちがよくない。……その先のことは知らない」


 白銅貨が話し終えると、部屋はやけに静かになった。

 コトっと音がしたのは、白銅貨が缶を床に置いたからだった。

 それを合図にして、二コラが口を開いた。


「佐々木エミは?」


「酷く落ち込む。数日は落ち込んだりわめいたり、人にあたったり泣いたりするだろう。なんでかっていうと、このイミテーションが店を出た後にエミが店員を問い詰めたからだ。あのお客様になんて言った、ってね。そう問い詰めて、店員から逆上された。何も言っていない、この手のことを聞かれたのだ、けれど答えなかった。でもこの手はあなたのせいだ、ストレスだって言われた、そのストレスの原因はあなただ、……とか、そんなとこだろう。その店員に倣って、きっと他の店員も次々と不満をぶちまけただろう。マーキュリーは崩壊寸前だ。……けれど、エミはカウンセリングや経営セミナーに通うだろう。自分の心を落ち着けると同時に、もう一度店の有り方を考え直す。すぐではないだろうが、店は盛り返す。店員との関係も良くなる。イミテーション、お前のおかげでな」


「俺の?」


「ああ、お前の。お前がか変わるきっかけを投じた」


「俺の言葉なんかが……?」


「お前の言葉と、お前の財布だな」


「は?」


「お前、いくら持ってった?」


 なぜ金のことを聞かれるのだろうか。


「えっと、……、あ、そうだ。返さなきゃな」


 答える前に大輔は白銅貨に約五十万ほどのエステ代を渡さなけれべいけないことを思い出した。

 安財布はパンパンに膨れている。


「じゃあ、五十万で、いいかな? 消費税分を合わせたら……」


「いいよ、五十万で。ネイルオプションくらいは自分でもつさ。まいどあり」


 最後の一言がちょっと引っかかったが、大輔は五十万円の札束を白銅貨に渡した。

 その札を見事な指さばきで白銅貨は数えてゆく。


「はい、丁度五十万。ありがとうございます」


「……。なんだがぼったくられた気分だ」


「レシート渡したろ?」


「……そうだけど」


「んで、お前はいくら金をもってったんだ?」


「えっと、七十万くらい、かな。白銅貨さんに返す分と、自分のエステ代と、……あと今夜の酒代とか、かかるかなって思ったから」


「お前何歳?」


「二十一だけど」


「二十一のガキが、紹介制のエステサロンに現金七十万の入った財布をも持ってきた。お前、財布の中身を隠そうともせず、コンビニでコーラでも買うような感じで札束出したろ?」


「……、コーラほどではないよ。数えながら出したし。千円も交じってたから」


「財布の中身はきっと見られてただろうな。一万円の現ナマを大量にもって歩く、お偉いさんから紹介されたガキ。そんなガキに、なにやら店の根幹を揺るがす言葉を投げつけられた。……さて、店の経営者はどう思っただろうか。そして、早急にどのように動かなければならないだろうか」


「…………」


「エステサロンマーキュリーはこれから大改革が行われる。そして、紹介元にお伺いが立てられ、新体制で再出発いたしました、っていうお誘いが届くだろうな」


 白銅貨はそこまで考えて動いていたのだった。

 大輔は言葉がなかった。

 自分の一言や行動で世がどのように動くのか。今まで全くといっていいくらい考えていなかった。


「まあ、さ、ほら、ニッケルもこう言ってるんだし、お前の浅はかさが招いたことだったけど、なんとなくまーるくまとまったんだし、よかったじゃん。な、イミテーション!」


 ひときわ軽い声で二コラが言った。

 背中をバンバン叩いてくる。

 そして三本目の缶をプシっと開けて


「はい、解決! 乾杯しようぜ、乾杯!」


 と掲げ、大輔にも新しいチューハイの缶を握らせた。

 白銅貨も缶を手に取って、


「そうだな、解決っちゃあ解決だな。これで収めようか、おしまいだ」


 などと、本音かどうか知れぬことを言いながら二コラと乾杯をする。

 そして缶を大輔のほうへと向けた。


「ほら、乾杯だよ。乾杯。イミテーション」


「……、ああ、うん」


「暗いな。乾杯!」


「か、乾杯!」


 大輔はめいっいの声を腹から出して、白銅貨が手にしていた缶に自分の缶をぶつけた。

 がちゃんと変な音が出た。


「下手くそか」


 白銅貨が笑った。

 許されたのだと大輔は思った。



 続く。

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