魔法少女の業と命

 魔法少女この仕事を長くやっていると、裏切りの現場に遭遇することはよくある。

 たとえばそれは、"正義の魔法少女"というレッテルに対する疑問だったり。

 たとえばそれは、敵となって現れた友人を無情に斬り捨てることができなかったがゆえのものだったり。

 たとえばそれは、敵である相手に惚れた女の、末路だったりした。




 杖を構える、桃色のツインテールの少女。

 自らに向けられたその武器を、殺意と害意を、御法みのりは冷めきった目で見ていた。

 右手の打刀を構えることもせずに、ただ温度のない瞳で、目の前の少女を見据える。

 少女の足が震えているのを見て取って、静かな声でぽつりと零す。

「……膝、笑ってるけど。それでもあたしに杖を向けてくるその気概だけは、評価してもいいよ」

「うるさい!」

 さらにいうなら腰が引けている。両手で構えた杖は、所詮虚勢だ。

 けれど、その瞳の奥に宿る決意だけは、本物だった。


「……魔法少女、辞めたいんだってね」


 御法の言葉に、少女はびくりと肩を跳ねさせた。

 この少女がこんなにも怯えているのは、御法の異名を知っているからだ。


 曰く、戦闘狂。

 曰く、黒い嵐。


 曰く────同族魔法少女殺し。


 御法と対峙した魔法少女は、ことごとく消息を絶っているという。

 唇を噛んで御法をめつける少女。

 ふっ、と御法は微笑んで、少女の予想の外の台詞を吐いた。

「止めないよ。……ただ、理由が知りたい」

「え……」

 少女の瞳が見開かれ、四肢から無駄な力が抜ける。

 異名から想像するほど冷酷な人間ではないのかもしれない、そう少女が思ったそのとき、翼を撃つ音が降り落ちた。

 蝙蝠コウモリの羽を背中に生やした金髪の美青年が、ふわりと少女のそばに着地する。

 御法にとっても見覚えのあるその姿は、確か敵の幹部のひとりだ。

「……大丈夫?」

「あ……うん、大丈夫」

「そっか。……よかった」

 見たこともないほど甘い笑みを浮かべて、青年は少女の頭を撫でる。

 それだけで、御法にはすべてが判った。

「……なるほどねぇ」

 嘆息混じりに零れた呟き。

 少女の顔が、絶望に染まる。

「……違、……これは」

「管理ナンバー888スリーエイト

 無機質な管理コードで呼ばれ、少女が身を強ばらせた。


「番外個体の権限で、君をにするよ」


 慈悲のないその宣告によって、少女の胸許のジェムと、左手に持っていた杖が、光を放って砕け散る。

 それに伴って変身が解け、桃色のツインテールは黒いミディアムヘアに、フリルとリボンで飾り立てられた衣装は平凡なブレザーの制服へと変化した。

「あ、……そん、な」

 声を潤ませる少女。

 同族殺しとはこのことか。

 命を奪われてはいないけれど、彼女の魔法少女としての生命は、ここで断たれた。

 悲嘆に暮れる少女は、救いを求めて御法を見上げた。


 ────笑顔、だった。


 御法がその顔に浮かべた表情は、たった今ひとりの魔法少女の首を落としたとは思えないほどの、柔らかで慈愛に満ちた笑顔であった。

 思わず1歩後退あとずさる少女。その肩を支えるようにして、青年も険しい顔で御法を睨む。

 御法が右手に握った打刀を、くるりと回す。

 攻撃に備えてシールドを張ろうとした青年の前で、御法はそのまま刀を鞘に納めた。

 甲高く澄んだ音が響き、彼女の得物は利き手を離れる。

 怪訝そうな表情をする青年と、未だ恐怖に震える少女に、同族殺しと呼ばれた魔法少女は笑顔のままこう云った。


「卒業、だよ」


「卒業? ……どういう、意味?」

 浮かんだ涙を拭って、少女は訊き返す。

「君はもうじゃない。立派なひとりの女性だ。……好きなように生きるといい。魔法少女なんていう役職に縛られて生きるのは、御免でしょ?」

 その言葉で、ようやく少女にも、御法の真意と笑顔の意味がわかった。

 管理No.000クローズド────番外個体。

 原初にして唯一の、歳を取らない魔法少女。

 天から戴いた役目は同族狩り、その実彼女が行うのは魔法少女たちの

「……いいの?」

「ほんとは殺せって云われてるんだけどね。まぁ、だから……バレないようにしてよ?」

 悪戯っぽく笑う御法。

 少女は先ほどまでとは違う感情から涙を流し、ありがとうと嗚咽混じりに云う。

 その身体を抱き寄せて、青年は御法に目を向けた。

「……僕からも、礼を云わせてほしい。ありがとう」

「いいの、好きでやってることだから」

 早く行けと云わんばかりにひらひらと右手を振ってみせる御法に、感謝の気持ちを表すように目を閉じてから、青年は少女を抱き上げる。

 青年の爪先が地面を離れる寸前、小さい、けれどよく通る声で御法は呟いた。


「薫ちゃん。……幸せになってね」


 御法が呼んだ名前は、今日首を切った魔法少女の、本名だった。




 どこからかふわふわと、羽の生えたウサギのぬいぐるみがやってきて、御法のそばでホバリングする。

「……キミは、敵の男の人をいいなって思ったこととかないの?」

「ないね」

 いっそ不自然なまでの即答と断言。

 胡乱うろんげな視線を向けてくるウサギに、御法は「だってほら」と左手で打刀の柄を握った。左耳で桜を象ったイヤリングが揺れる。


「あたしには、相棒がいるからさ」


 ハバキに桜の透かし彫りが入った日本刀を携えた少女の背景に、桜吹雪が見えた気がして、ウサギは目を擦った。




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刃物依存症魔法少女 中原 緋色 @o429_akatsuki

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