第24話 ミオ(2)
石を踏んだのだろうか、トラックが大きく跳ね、眠っていたミオは目を覚ました。
鉄の武骨な荷台でのまどろみのはずなのに、とても深く眠っていたらしく、ミオの頭は晴れ渡っていた。
ミオたちを乗せたトラックは乾いた荒野をキャラバンのように隊列を組んで整然と走っている。
トラックは人が座ったくらいの高さの箱状になっており、頭上には幌が張られている。村にいたときに定期的に訪れていたドスケベアーミーの、かつて見慣れていたトラックだった。
慰み者になっていた女たちや老人、子供には一人1枚毛布が渡され、皆それにくるまって肩を寄せ合っていた。
幌にはいくつか窓が開いており、時折そこから吹き込む風がミオたちの髪を揺らした。
その乾いた風にはほんの少し、潮の匂いが混ざり始めていた。
ミオが首を伸ばして窓から荷台の外を見ると、キャラバンのように走るトラックは先ほどよりも明らかに増えており、その先には白く四角い建造物がいくつか見えた。
「ねえ、これからどこいくんだろ」
「わかんない、でもあそこよりマシだよ」
隣の女たちが小声で言葉を交わしている。
ミオは肩ほどまでに無造作に伸びた髪をかきあげて、自分の腕の痣を少し撫でた。
そうだ、ドスケベがないならどんな場所でもあそこよりマシなはずだ。
やがてトラックは徐々に速度を落とし、ゆっくりと止まった。
「着きました、皆さん降りてください」
荷台の外からドスケベアーミーが女たちに声を掛け、一人ずつ手を取って荷台からおろしていった。
その目の前には白い大きな建物があった。
綺麗だ、とミオは思った。
村で暮らしていた時の土とレンガと板でできた小屋や、無理やり連れていかれた灰色でところどころ崩れかけたレジスタンスたちの建物とそれは全く違っていた。
ふと横を見ると、整然と並んだトラックの荷台から、女たちが、老人が、子供が、時にはドスケベアーミーに抱きかかえられるように支えられながら降りてくる。
皆同じように毛布を体に巻き付けていた。
全てのトラックから人が下ろされると、ミオたちは目の前の建物の中に案内された。
村やレジスタンスのアジトではランプを使っていたが、その建物の中はどういう仕掛けか窓もないのに白く明るく保たれていた。
壁も白く、床も白いタイルが敷き詰められており、先導するドスケベアーミーが乾いた足音を響かせる。ミオはその足の裏に伝わるひんやりとした感覚に心地よさとほんの少しの不安を感じた。
皆同じように不安なのだろう。最初はばらばらに歩いていた女たちは無意識に肩を寄せ合って歩いていた。
しばらく廊下を歩いたのち、階段を2階分上ってまた少し歩くと、先導していたドスケベアーミーが廊下の左側にあったドアを開け、中に入るように促した。
恐る恐る中に入ると、そこはミオが見たことのない部屋だった。
広々とした部屋の中には寝台のようなものが数台、椅子のようなものが数台並べられ、それぞれの横には小さな台が置かれてギラリと光る金属の何かが大量に並べられていた。
その形から何に使うのかは全く想像できない。
小さなペンチのようなもの、ヘラのように見えるもの。尖ったもの。
それらが整然と並べられている。
そしてその寝台や椅子の横にはそれぞれ真っ白な服を着た男女が1人ずつ立っていた。
「皆さん、けがの治療と病気の検査を行います。お一人ずつ診察していきますので順番にこの線に沿って並んでください」
一番手前に立っていた白い服の男が少しこもった声でミオたちに言葉をかけたが、ミオは一体相手が何を言っているのかよくわからなかった。
それは周りの女たちも同じだった。
治療?一体それは何なのだろう。あの刃物のようにも見える金属の何かで新しい拷問か何かをされるのだろうか。
そもそも白衣をミオたち農民は見たことなどない。
病気になった時は村の長老が薬を調合し、流行病の時はドスケベアーミーが病に倒れた者を連れて行った。
近代的な治療の概念は彼女たちには存在しなかったのだ。
銀色の器具を持った得体のしれない風体の人間が言っている内容がわからず、ミオたちは誰も動けなかった。
もしかしたら、と女たちは思っていた。
アーマード倫理観は、ドスケベに染まった人間を処刑していた。
自分たちの意思ではないが、レジスタンスのアジトにいた自分たちも拷問されて処刑されるのではないか。
身体を強張らせて戸惑っているミオたちを見て、先ほどまで先導していたシンヤは、白衣の男の横に出た。
「シンヤ様」
「私が説明しよう」
白衣の男は一歩下がり、シンヤはゆっくりと落ち着いた声で語りかけた。
「ここへ来た皆さんに、今からけがの手当てをします。腹が痛いだとか、血が出るとか―――そういう不調も手当てします。ずっと体がだるいだとか、そういうことも全部、包み隠さず教えてください」
そこで少し言葉を切って、シンヤは女たちを見渡した。
「南関東地区の将、マリリン様は皆さんがドスケベによって傷つけられた人々であることを知っています。あなた達を助けたいと考え、マリリン様はここへあなた方をお連れするように我々に命じました。……何をされているのかわからないことや、調べる途中で多少の痛みを伴う場合もあるかもしれません。しかしそれはあなた方を傷つけるためではなく、けがや病を治すために必要なことなのです。どうか、信じてください」
目の前で、あのドスケベアーミーが自分たちを助けたいと言っている。
思えばレジスタンスのアジトを出てからドスケベアーミーたちは自分たちをひどく優しく丁重に扱ってくれていた。
ミオは、裸の自分を抱きしてくれた女性がマリリン様と呼ばれていたことを思い出した。
彼女はボロボロの自分をやさしく抱きしめ、毛布を掛けてくれた。
「――私、やる」
女たちの戸惑った空気を切り裂いたのは、ミオの震える声だった。
「だって、私たちを助けてくれたんだよ。あの地獄から助けてくれて――私はマリリン様に抱きしめてもらった。だから、信じる」
ミオが言った言葉に、女たちはみなハッとした。
そうだ、あの地獄で自分たちは死よりつらい生活を送ったのだ。
意思も、尊厳も奪われた生活。果てしなく続く地獄のような日々を破ってくれたのはこのドスケベアーミーたちだった。
トラックが出るときにはマリリンは自分たちに優しく笑顔で手を振り返してくれたのだ。
女たちはみな目と目でうなずき合った。
「私も、やる」
「私も」
波紋のように広がるその声は、ようやく手に入れた地獄の日々の終わりをかみしめて味わっているかのようだった。
シンヤは順番に治療へと並ぶ人々を見て、かつての自分とマリリンのことを思い出していた。
今この瞬間、マリリンは恐らくこの後この女たちをどう使うかを考えているだろう。
しかし―――倒れ伏していた女性を抱きしめ声を震わせた、それだけは演技ではないとシンヤは信じていた。
かつて、自分たちがそうであったように。
ドスケベマン さいのす @sainos
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