第7話 この世界から早く帰りたいです

 いきなりの俺の提案に、驚いて声も出せない生姜達。

 俺は生姜達と同じく、驚いて固まってしまっていた足元のブリに視線を落とした。


「ブリ、お願いがあるんだけど、いいかな?」

「だから変な名前で俺を呼ぶな! ブリュンヒルドだ!」

「ごめん、ブリ。それでお願いなんだけど、用意してもらいたい料理があるんだ」

「……いや、だから――」


 そこで俺はブリにこっそりと耳打ちをする。

 お約束だが、どこが耳かはさっぱりわからん。が、ブリが俺に気があるっていう事実を、今は最大限利用させてもらおう。

 って、こんな言い方をすると、何か俺悪い男みたい……。


「――なんだけど、大丈夫?」

「あ、だ、大丈夫だ。すぐに用意してくる。ま、待ってろ」

「ありがとう」


 俺は自分ができる精一杯の爽やかな笑顔をブリに向けた。今の俺は、ブリにはイケメン度200%増しで見えていることだろう。

 ブリはそわそわと落ち着かない様子のまま、外へ出て行った。

 さて。その間に――。

 俺は再び生姜族の方へ振り返ると、できる限り丁寧な口調で『あること』を告げる。


「君達にお願いがあるんだ。すりおろした生姜を用意してもらいたいんだけど、すぐにできる?」

「そんなこと朝飯前すぎるぜ」


 リーダーは自信たっぷりに頷く。

 良かった。拒絶されるかと思ったけど上手くいったみたい。

 あとはブリが俺の頼んだ料理を持ってきてくれるのを待つだけだ。

 その間、暇だな。何しよう……。

 しかし当然やることなど無いので、俺は仕方なく生姜族を一人(一匹?)ずつじっくりと観察することで時間を潰すことにした。皆それぞれ体の凹凸具合が違うので、ネギ族と違って統一感がない。

 むっ!? あの生姜の凹凸具合は、まるで人間の女性のようではないか。

 俺は毎年二回程度は夕方のニュースで放送される『人間の形をした野菜が収穫された』というローカルな話題を咄嗟に思い浮かべた。

 あの生姜を持って帰って地元のテレビ局にでも持ち帰ったら、夕方のニュースで使ってくれるかもしれない。

 そんなことを考えている内に、ブリの声が聞こえた。


「待たせたな勇者」


 勇ましい声と共に生姜部屋のドアが開かれた。

 そこには昨晩ネギトロ丼を持ってきた時と同じように、全身に紐を縛りつけた姿のブリが佇んでいた。台車には俺の頼んだ料理がちゃんと乗っている。


「いや、全然待ってないよ……」


 まるでデートの待ち合わせ時のような返事を咄嗟にしてしまった俺。

 ていうか早すぎでしょ……。何この早さ。もしかして展開に巻き入ってる?

 俺はブリが引いてきた台車からその料理を皿ごと取ると、生姜達に見せ付けるようにドン、と勢い良く床に置いた。

 俺はまず、ブリが料理と共に用意してくれていたネギをひとつまみし、その料理の上に散らす。

 背後からはブーイングの嵐。でも無視。

 続いて俺は、おろし生姜をその上にちょん、と乗せた。途端、ブーイングはざわめきへと変わる。


「そ、それは……」

「ああ。カツオのタタキだ」


 そう、俺がブリに用意してもらった料理は、カツオのタタキ。

 俺は手を合わせいただきます、と小さく呟いた後、ネギと生姜が乗ったそのカツオのタタキを一気に口に放り入れた。

 その瞬間、生姜達から声にならない悲鳴が上がるが、俺は無視して口の中のカツオを堪能する。

 次いでもう一切れ。

 ちなみに箸は用意してくれていなかったので、素手で食べている。


「うん、美味い」

「…………」


 さらに続いてもう一口。口の中で融合する、カツオとネギと生姜。

 口の中で奏でられるハーモニーは爽やかな夏の風の如し。と、グルメリポーターっぽく評してみる。


「な? ネギと生姜を一緒に使っても美味しい料理なんていっぱいあるんだって。それをどっちが上とか決めちゃうのは、馬鹿らしいことだと思うよ」

「…………」


 ブリも生姜達も、黙ったまま俺の言葉に耳を傾けてくれている。あ、耳がどこにあるのかっていうそれ系の問題はもう流してほしい。

 俺は誰も口を開かないことを確認すると、言葉を継いだ。


「ブリ……。ブリの妹さんも、きっとそれがわかってたんだ。だから生姜族の男と共になろうとしたんだと思うよ」


 いや、まったく根拠はないんだけれども! でもこの流れでそう言ってしまえば何かそれっぽいし。それに俺、良いこと言ってるっぽいじゃん。


「というわけで、不毛な薬味論争はこれでおしまいにしませんか?」


 俺は生姜リーダーに振り返り、和解の提案を申し出る。

 頼む、どうか乗ってきてくれ。


「ネギと生姜を一緒に食べても美味しい料理はある、か……」


 生姜リーダーは力無くそう呟くと、わずかに左右に揺れた。


「人間よ……。どうやら俺達が間違っていたようだ……。機械の直し方を教える」

「ほ、本当!?」

「あぁ。男に二言はない」


 俺がしたことを冷静に思い返してみると、カツオのタタキを食べてドヤ顔をしただけなのだが……。

 それで元の世界に帰れるのならどうでも良い。


「ちょっと待ってくれる? メモの用意するから」


 俺はズボンのポケットからスマホを取りだし、昨晩から消していた電源を入れる。

 どうか起動してくれ――。

 俺がそう願う間でもなく、スマホの画面は明るい待受画面を映し出す。

 昨晩から電源を消していたのが功を奏したようだ。俺はすぐさまメモ画面を呼び出した。機械を直す手順をこれにメモするためだ。

 せっかく方法を聞いても、頭に残らなければ意味がない。俺は元の世界に戻るために必死なのだ。


「お待たせ。いいよ」


 入力のスタンバイOK。些細なことも聞き逃さないぞ。


「右端に赤くて丸いスイッチがあっただろ?」


 俺はあの機械を頭に思い浮かべる。

 確かにあった気がする。白いスイッチが多い中で、あれだけが目立っていたんだよな。


「うん」

「その横を思いっきり叩け」

「…………へ?」


 俺は生姜リーダーの言葉に、思わず目を点にしてしまった。

 もしかして俺の聞き間違いだろうか? 今、叩くっていう、ありえない答えが聞こえたような……。


「だから叩くんだよ。思いっきりな。一回でダメでも何度か試してみろ。大体の機械はそれで直る」


 …………。

 な、何それ!? 叩けば直るって昭和のテレビか!? あんな複雑そうなボタンがたくさん付いていたのに、そんなんで良かったのかよ! だったら昨日の内に俺帰れたんじゃん!

 とりあえず俺は開いたままのメモ欄に、『叩く』とだけ入力して保存した。

 俺は今、『虚しい』という単語の意味を、日本で一番噛み締めている大学生だろう……。

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