第6話 いざ、敵陣へ!
「勇者、起きているか?」
「うん、起きてるよ。ちょっと待って」
翌朝、早速ブリが呼びに来たので、俺は慌ててドアの前に置いてあった椅子を退ける。
開かれたドアから入ってきたのは青々としたネギ、ブリだ。
いや、本当はもっと長い名前なんだけど、面倒臭いから俺の中ではブリで固定している。
ちょっと見分けがつくようになってきた当たり、このネギの世界に馴染んでしまったということか。
いや、馴染んでたまるか。今日こそ元の世界に帰ってやる。
「もうみんな揃っているんだ。勇者をどうしても見送りたいんだと」
「そ、そうなんだ」
俺のために朝から集まってくれるなんて。ネギとはいえ何だか少し照れる。
そしてブリの言葉通り、モニター部屋には既にネギ達がずらりと勢揃いしていた。
「勇者。頼んだぞ」
「
「目にもの見せてやれ!」
口々にネギ達は俺にエールやら激励の言葉をかけてくる。まだ何もしていないのに、既に英雄気分だ。
いや、有頂天になってはダメだ。万が一失敗した時が怖い。
ん? 待てよ。俺が
「何せ、やっと喚べた若い男だもんな! 絶対に上手くやってくれるさ!」
…………。
こ、これは失敗は許されない雰囲気だ。何もしていないのに勝手にハードルが上がったぞ。
思わず額から冷や汗を垂らす俺の足元で、ブリと長老が言葉を交わしていた。
「ブリュンヒルド。お主も気をつけよ」
「勇者がいるしな。大丈夫だ」
その横から、一本のネギが俺に向かってひょこひょことやってきた。
むっ。これは美少女声のネギか。
俺が昨日シャワーで流したせいか、全身が少し
「あ、あの。どうかお気をつけて……」
「うん。ありがとう」
美少女声のネギが不安げに言うのを聞いたあと、俺はネギ達にくるりと背を向けた。
ここはあっさりと流すに限る。いらんイベントのフラグを立ててしまわない為にも。特にあのお姉さんネギ。
「よし。出発だ」
まずブリが先に外に出る。俺はそのブリの後に続いた。
さあ、一体外はどんな景色が広がっているのか――。そしてどんな冒険が俺を待っているのか。
期待感にちょっぴり胸躍らせていた俺だったが、それは一秒後にあっさりと消滅した。俺の眼前に広がる光景、それは――。
真っ直ぐに伸びた廊下。
その両側に等間隔に並ぶたくさんのドア。 床に敷かれた朱色の絨毯……。
……えーと、どう見てもホテルなんですけど!?
あれ? ここ異世界だよね? 人の手の入っていない森とか、広大な荒れた大地とか、そんなのを期待していたんですけど、この期待感はどこにやれば!?
い、いや。まだだ。ここから外に出るんだよ。きっとそうだよ。
「勇者、こっちだ。着いてきてくれ」
「あ、う、うん」
拍子抜けして若干呆けていた俺にブリはそう言うと、ひょこひょこと歩き出した。俺もその後に着いて行く。
俺はブリが進んでから三秒経った後に一歩を踏み出すのを繰り返した。そうしないとすぐにブリに追いついて踏んでしまいそうだったからだ。
しかしその奇妙な歩き方も長くは続かなかった。俺達が出てきたネギ部屋から五つほど離れたドアの前で、急にブリが止まったのだ。
「着いたぞ」
「ええええええええ!?」
待て待て待て! ネギ部屋を出発して一分も経たない内に着いちゃうとかどうなの!? 別に冒険させろとかは思っていない! けどせめてこのホテルから外に出ようや! ていうかむしろブリの案内いらなかったよねコレ!?
もう色々とツッコミたい。全部指摘してやりたい勢いだけど、ブリの持つ雰囲気がシリアス一辺倒なので、喉まで出かかったそのツッコミはストンと腹へ落ちていく。
「勇者。どうした? 緊張しているのか?」
ふるふると小刻みに拳を握る俺を見て、ブリが下から声をかけてくる。
いや、違うんだ。ツッコめないからフラストレーションが溜まっているだけなんだ。
「そういうわけでもないんだけど……。と、とにかくさっさと頼みに行ってくるよ。ブリはどうすんの? ここで待ってる?」
「いや、俺も行く。さすがに一人であいつらの拠点に乗り込ませるわけにはいかねぇ」
ぐぐっと拳を握るかのように、ブリは小さく震えながら言う。
確かに生姜族とやらは友好的に接してはくれなさそうだから、俺も一人で乗り込むよりはブリがいてくれた方が心強いかもしれない。ネギ一本が隣にいるだけで心強く思う俺ってどうなのよ、って話だけど。
とにかく、さっさと生姜族の所へ乗り込もう。
コンコンとネギ部屋と同じドアをノックしたあと、俺は続けた。
「たのもー」
ふふふ……。実はこの台詞、一度言ってみたかったんだよね。実生活で使う機会がないから、言えて満足。
間を置かず、ドアが静かに開かれる。
ネギ族の部屋と同じ間取りの白い部屋の中に、薄い茶色の物体がわらわらと並んでいた。
こいつらが生姜族……。ていうか俺、加工されていない生姜を見るのは初めてだ。形の悪いじゃがいもみたいだな。
「に、人間、だと!?」
ドアを開けた生姜族の一人が俺を見た途端、恐怖に掠れた声でそう呟く。すると一拍遅れて、他の生姜達も一斉に騒ぎ出した。
「人間だ!」
「うわああああ!?」
「そ、そんな!? どうして人間が――」
部屋は一瞬でパニック状態になってしまった。餌に群がる
何だかUMA扱いされているようで、あまり良い気分ではない。
「お前ら静まれや!」
部屋を切り裂いたのは、雷かと錯覚してしまうほどの低音の怒声。直後、パニックになっていた生姜達の動きがピタリと止まる。
今の声かなり腹に響いたぞ。凄い声量だな。
生姜の群れがまるでモーゼのように割れる。その割れた中心を歩いて、リーダーらしき生姜が俺の前までひょこひょこと歩いてきた。
ちなみに生姜達もネギ同様、顔なんてありません。
「人間よ。異界の地の者がここに何の用があってきた?」
「君達がネギ族の所に置いてある機械をおかしくしたんでしょ? それを直してもらえないかなぁ、とお願いをしにやってきたんだけど……」
「ハッ! なるほど。お前があいつらに
「白々しいな。俺に暗殺者まで送り込んでおいて……」
「あぁん? 暗殺者なんて知らねぇなぁ? それにしてもわざわざこちらに乗り込んでくるとは良い度胸してやがるぜまったく」
そのリーダーは吐き捨てるように言い捨てると、今度は俺の後ろに佇んでいたブリに言葉を投げる。
「機械を直す、ねぇ。悪いけどそれはできない相談だな。ネギ族が俺ら生姜族より数段劣っているって認めない限りはなぁ?」
「何だと!」
リーダーのその言い方にブリが激昂する。まさに一触即発。対立しているって聞いていたけど、ここまであからさまだとは。
「ネギ族はお前らより劣ってなどいない! むしろお前ら生姜族の方が劣っていると言えるじゃねぇか!」
「ほう? 俺達がネギに劣っていると? ふん、笑わせんな」
生姜リーダーはそう言うと、なぜかくるりと横に一回転した。
……えーと、その動きには何の意味が? でもそんなことを聞き出せない雰囲気なので、俺はもやもやした気持ちを抱えたまま、二人のやり取りを見守り続ける。
「生姜は肉ど魚、どちらにも合う上に臭みを消すことができる。カットして料理に散らす使い方もできれば、チューブタイプに加工されて使いやすい物もある。豚の生姜焼きなど、俺達がいないと成立しない料理だってある」
「それを言うならネギだって! 和食のほとんどはネギが合う! 最近はカットした物もスーパーで売られるようになってきたから、切る手間も省ける。ねぎ塩豚カルビは俺達ネギがいないと成立しない料理だ!」
フーフーと息を荒げながら、ブリは生姜族を睨んだ(たぶん)。
ど、どうしよう。この、もの凄ぉおくどうでも良い不毛な争いを早く止めなきゃ。
でも下手に入りこむと両方に刺されてしまいそうな雰囲気だ。
むぅ、困った。どうしよう……。
オロオロしている俺の足元で、さらにブリが生姜族リーダーに噛みついた。
「大体、お前らのせいで、俺の妹は――!」
「妹……?」
瞬間、部屋の空気が一変した。
「お前、もしかしてあの――」
「あぁ、そうだ。俺の妹は、生姜族の男と駆け落ちしたんだ。でもそれが生姜族の奴らに見つかって――。男と共に妹も殺されてしまった……」
生姜リーダーの言葉に被せるようにして、ブリはそう答えた。
なるほど……。昨日妹の仇がどうのって確かに言っていたもんな。そんな事情があったのか。
「ふん。あの裏切り者と一緒にいた奴の姉か。こっちは裏切り者を処分しただけだ。何もおかしいことはしていないと思うが?」
「そ、それは――」
「そうだそうだ! 俺達は間違ったことなどしていない!」
「お前達の裏切り者もついでに処分してやったんだから、逆に感謝してほしいくらいだけどなぁ?」
「くっ――!」
次々と声を上げる生姜達に、ブリは悔しそうな声を出した後震え始める。
ブリ……。
生姜達の声は次第に大きくなり、ついには話の流れとは関係のない罵倒まで飛び交い始めた。さすがに俺もこの状況はちょっとムカっとする。
よし、ここは俺が何とかしてみよう。
「みんな静かに!」
肺にあらん限りの空気を溜めて、俺は部屋いっぱいに響けと叫んだ。瞬間、俺の声に驚いた生姜達は一斉に黙りこくった。
「突然だがネギと生姜のどちらが優れているのか、今から人間である俺がジャッジする!」
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