第4話 「いただきます」は心をこめて
風呂から上がった後、俺は何をするでもなくベッドの上でゴロゴロしていた。
ポケットの中に入れていたスマホを試しに機動させてみたのだが、当然繋がるわけもなく――。
気分転換に通信機能を使わないゲームでもしようかと思ったものの、バッテリーの残量を示す表示が残り10%しかなく、充電することもできないので諦めた。
このバッテリー切れになる寸前のヒヤヒヤ感は、元の世界にいた頃も幾度となく経験していたが、その時よりも数倍焦りを感じている。
これが切れてしまうと、俺と元の世界との繋がりも切れてしまいそうな、そんな不安感が俺を襲っていたからだ。
ネギ達はこれまで何人も人間を召喚しては元の世界に帰していたということを言っていたけれど、やはり本当に帰ることができるのか、という不安は拭えない。
いや……。悪いことを考えると本当に悪いことが起きるっていうし、ここはポジティブにいこう。
俺はスマホの電源を落とした後、気分を上向きに変えるため上半身を起こし、伸びをした。
この部屋は確かにホテルっぽいのだが、テレビは置かれていなかった。
まぁ、ここのネギ達は最終的にみんな人間に食べられる事を目的としているみたいだし、そういう娯楽がないのは仕方ないのかもしれないけど。
とその時、俺の腹が大きく鳴る。そういえば腹減ったな……。
「勇者。入るぞ」
タイミング良くドアの向こうから、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
この声はブリか。
一体どうしたんだ? もしかして明日の打ち合わせかな。確か、あいつが生姜族のところまで案内してくれるって言ってたし。
「いいよ」
返事をして間も無くブリが部屋に入ってきたのだが、俺は彼の姿を見てぎょっとしてしまった。
ブリは青々とした細い体に、紐を何重にも撒きつけていたのだ。
何のプレイですか? と思わず聞きそうになってしまった俺だが、その紐が小さなタイヤが取り付けられた木製の台座と繋がっていることに気付いた。そしてその台座には蓋をされた丼が乗っていたのだ。
馬車の馬か、お前は……。
「こっちに来てから、何も食べていないだろ? ちょっとしたものだが俺が食べる物作ってきたぞ」
体を揺すって紐を振り落としながらそう告げるブリ。俺はブリの言葉に思わずベッドから飛び起きた。
「え? 本当? 正直お腹空いてたから助かるよ。それで、この丼の中は何?」
「ネギトロ丼だ」
「…………」
俺はブリの返答に思わずフリーズする。
ネギトロ丼。
トロをどこから調達してきたのだ、そもそもその身体でどう調理をしたのだ、という疑問はひとまず置いといて。いや、置いてはいけない気もするが置いといて。
ネギか。なるほど、ネギね……。
俺が何とも言えない気分に浸っていると、ブリが丼の蓋に体当たりをかまして強引に蓋を開けた。なかなか豪快だな。
中身はブリの言う通り、普通のネギトロ丼だった。だが実物を見てしまったことで、俺が心の隅で思っていたもやもやした疑問がはっきりとしたものに変わる。
もしかしてこの上に乗っているネギ、さっきのモニター部屋にいたネギの内の一本が犠牲になったってこと?
たぶんそうだよな。何せここはネギの世界なんだし……。
だが俺は、それをブリに聞く勇気が出なかった。
「どうした? もしかしてマグロは嫌いだったか?」
ネギトロ丼を目の前にして沈黙を続ける俺に少し不安を抱いたのか、ブリが覇気のない声で俺に聞いてきた。
「いっ、いや。そんなことないよ。むしろ好きな方だし」
「そうか。それなら良かった。遠慮なく食べてくれ」
「そ、それじゃあ……。いただきます……」
俺達人間は、様々な食べ物の命をもらって生きているんだよね……。
この時の食事前の挨拶は、俺が今まで生きてきた中で一番心をこめたものになったのだった。
何だろう。何か視線を感じる。ブリがネギトロ丼を頬張る俺を凝視しているような気が……。
トロを
「その、勇者。あ、味はどうだ?」
「え? うん。美味しいよ」
「そ、そうか。良かった……」
ブリはそう言うと、まるで照れているかのように先端を少し折り曲げて横に揺れる。
そういえばこのネギトロ丼、ブリが作ったんだっけ。誉められて嬉しいからもじもじしているのかな。
「あっ、あの。そ、その、俺……」
ブリは横に揺れながら何やら言いたそうに、先端を伸ばしたり折り曲げたりし始めた。
モニター室での威勢のいい態度が嘘みたいな、このしおらしさは一体? と考えた直後、ブリは先端をピン! と伸ばして真っすぐとこちらを見据えてきた(たぶん)。
「ゆ、勇者のこと、好きになってしまったんだ!」
……………………。
えっと……。
どうしよう。今度はネギに直球の告白をされてしまいました、俺。
「いや、君の気持ちは嬉しいけど、俺、同性にはそういう気持ちを抱けないというか――」
それ以前に、ネギに対してそういう気持ちなんかこれっぽっちも抱けないけどな! と本当は言ってやりたかったのだが、さすがにこの流れでそれを言うと何だか俺が鬼畜っぽいので、やんわりとブリに断りの言葉を――。
「だ、誰が同性だ!? お、俺は女だぞ!?」
「ええええええっ!?」
だってお前自分のこと『俺』って言ってるし! 声も中性的だし! 見た目もさっきの美少女ネギとほんの少し色が違うだけだし! わかんねーよ!?
俺が心の中で頭を抱えて絶叫していると、ブリが俺の近くまで寄って来た。
「俺は妹を失ったあの日から、女であることを捨てたんだ……。妹を奪いやがった生姜族に、復讐を果たすその時まで俺は――。そう思っていたのに、お前を見た瞬間、俺の中で捨てたはずの女がむくむくと復活してきて……」
ブリは一言一言を噛み締めるように言葉を吐くと、お辞儀するかのように体を真っ二つに折り曲げた。
「いきなりこんなこと言って戸惑うのはよくわかっている。でも、俺は真剣なんだ。返事はすぐでなくてもいい。どうか、考えてくれ……」
ブリはそう言うと折り曲げていた体を伸ばし、脱兎の如く部屋から飛び出して行ってしまった。
「…………」
異世界トリップの神様。俺はネギにもてる容姿をしているのでしょうか? 俺はイケメンでもない、至って普通の容姿の大学生なのですが。そもそもネギに男女の区別があるのでしょうか? どうか教えてください……。
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