第2話 いきなり暗殺者に狙われてしまいました

「数日前から、今のように変な行き先ばかりが表示されるようになってしまったのです……」


 長老が枯れた先端を軽く前に折ると、周りのネギも皆同じように先端を折り曲げた。うな垂れているらしい。

 ……くそっ。集団でやられると何か変な笑いがこみ上げてくるからやめてくれ。


「……これは絶対奴らの仕業だ」

「ブリュンヒルド!」


 ぷるぷると震えながら声を搾り出した青ネギを、長老が大きな声でいさめる。

 この青ネギ、ちゃんと名前あるんだ。

 ブリャン――何だっけ? ややこしいのでブリでいいか。

 ブリはそんな長老に噛み付くように吼えた。


「そんなこと言っても、本当は皆もそう思っているんだろ!? こんな卑劣なことをするのは奴ら……生姜しょうが族しかいないってよ!?」

「やめろと言っておるのじゃ!」

「そんなこと言ってもよ!」

「お前はあの薬味戦争を繰り返そうというのか?」

「――――ッ!」


 ブリは奥歯をギリッと噛み、拳を震わせながら視線を斜めに落とした――と人間ならそう表現できるのであろうが、生憎あいにくこいつらはただのネギなので今のは俺の勝手な想像だ。

 ちなみにブリは、ちょっと横に揺れただけだった。


「えっと……。薬味戦争て?」


 おずおずと挙手しながら尋ねた俺に、長老は小さく息を吐いた後、枯れた先端を伸ばした。背筋を伸ばした……のかな?


「あれはそう……。ワシがまだ青々としとった、五年ほど前の事じゃ……」

「あ、できれば巻き気味でお願いします。三行くらいで」

「……。ワシらネギ族と生姜族が、ドンパチしたんじゃ」


 簡潔にまとめすぎ! でもわかりやすっ!

 一言で終わる事を、この長老は一体どんだけ水増ししようとしていたのか。お願いして良かった。


「で、この機械がおかしくなってしまったのは、その生姜族の仕業の可能性が高いってこと?」

「断言はできませぬが、限りなく黒に近いグレーといったところでしょうか」

「ふーん……」


 ネギと生姜が対立してるなんて変な世界だな――としみじみと思っていると、突然、一本のネギが俺の前までひょこひょことやって来た。

 と次の瞬間、そのネギは俺の眼前までジャンプしたかと思うと、全身を捻りながら俺の首に突っ込んできた!


「ええっ!?」


 ヒヤリとした感触が首筋を襲う。

 っつーかこいつ臭っ! 体臭キツイなおい!

 俺は思わずそのネギを指で摘んで首から離す。

 摘まれたネギは舌打ちしのような音を出した後、プルプルと震えだしてしまった。

 なるほど。プルプルと震えるネギね……。略してプルネギ……。プルコギの亜種みたいだな。

 ――って何考えてんだよ俺!? あまりにもくだらないことを考え付いてしまった俺は、ネギを摘んでいた指を咄嗟に離してしまった。


「い、いきなり勇者に何しやがんだてめぇ!?」

「そやつ……臭うぞ! ネギ族ではない! もしやスパイか!?」

「スパイ?」


 長老の言葉に、他のネギ達が一斉にざわめき出す。

 えっと、すみません。今まで何となく事態を受け入れていた俺ですが、そろそろ頭がパンクしそうです。


「ちっ……。しくじったか。だが今さら気付いたところで遅い」


 その臭いネギは今度は全身をバネのように縮こまらせ――。

 そして一気に上に伸びた。同時に、何か緑の物体がひらひらとくうを舞う。

 脱皮!? このネギ脱皮した!? いや、冷静に考えるとこいつは今まで変装をしていてその変装を解いたってことなんだろうけど、でも真の姿もそんなに変わんないじゃん!? 緑のままじゃん!


「俺はある一族に雇われたニラ族だ。勇者であるお前を殺すためにやってきた」


 なるほど。こいつニラだったのか! 確かに近寄ってきた瞬間、ネギの青臭さとは違った匂いがするなーとは思ってたんだよ。

 っつーかこのニラ、今さらっと恐ろしいことを言いやがったよ!? 俺を殺すって!?

 ……つまりさっきの俺の首への突撃は、一撃必殺を狙った攻撃だったわけなのか……。

 でも一つ言っておきたい。お前のそのへにょへにょな体では、人間の皮膚を傷付けることなど到底できないであろうと!

 人間がニラに斬り殺されてたまるか。せめて絞殺ならまだわからんでもないが。人類を舐めないでもらいたい。

 それはともかくこのニラ、暗殺者のくせにペラペラ喋りすぎじゃね? 『ある一族に雇われた』って、それってもう、ネギ族と対立している生姜族ですって白状してるようなものじゃん。

 俺は暗殺ニラを再び指で摘んで持ち上げると、真っ直ぐと見据えた。顔がないからどこに視点を定めればいいのか、正直言って迷うけど。


「はっ、離せ!?」

「えーと。もしこの機械の直し方を知っているなら、教えてくれないかな? 俺を殺そうとしたことはとりあえず流してあげるから」

「くっ。敵に情報を洩らすくらいなら――!」


 えっ!? とりあえずダメもとで聞いてみよっか、くらいのノリで言ってみただけだったのに、本当に直し方知ってるんかい。何とかしてこのニラから聞き出さないと!

 しかしそのニラは全身を二、三度捻った後くたりとしなびてしまい、まったく動かなくなってしまった。


「……あの、もしもし?」


 呼びかけてみるが返事はない。

 …………え。何これ。もしかして自害しちゃったの? 俺のせい? 間接的に俺が殺しちゃった? 殺人ならぬ殺草をやっちゃった?


 沈黙が部屋を支配する。どのネギも言葉を発してくれない。先端をぴょこりと折り曲げて黙ったままだ。

 だから集団でその格好をするのはやめてくれって。シュールすぎるから。

 まぁ、いくら種族の違うニラとはいえ、自害するところを見てしまったんだから仕方ないか……。

 とりあえずこのニラ、どうしよう? 台所があるならニラ玉スープでも作りたいところなんだけどな。ちょっと小腹が空いてきたところだし。

 ――じゃねーよ俺! そんなことよりさっさとこの機械を直して、元の世界に戻らなければ。

 だがよくわからないのに闇雲に機械をいじって、取り返しのつかない事態になってしまう事だけは避けたい。ならば――。


「……長老、俺、生姜族の所に行こうと思います」

「なっ!? 勇者様自らが奴らの拠点に乗り込もうというのですか!」

「うん。だってこの機械をおかしくしたのはそいつらの可能性が高いんでしょ? だったらその生姜族に直してもらうのが手っ取り早いと思うんだけど」

「そ、それは確かにそうですが、でも――」


 うろたえる長老に俺は笑顔を向ける。


「大丈夫だって。俺を殺すために派遣された暗殺者があんなペラいニラだったわけだし、敵陣に乗り込んだところで大したことないって。さらっとお願いしてくるよ」

「おお……。何て頼もしい勇者様じゃ!」


 長老は全身をプルプルさせながら俺の言葉に感激しているみたいだった。だからそのプルネギ状態はやめてくれって。噴き出してしまいそうだから。


「……おい、勇者」

「ん?」


 突然、それまで沈黙していたブリが俺に声をかけてきた。


「俺も勇者に付いて行く。生姜族の所に行くのに、案内役が必要だろ?」

「ブリ……」

「名前を変な風に略すな!? 俺はブリュンヒルドだ!」

「ブリュンヒルド。お主本気か?」

「長老……。止めても無駄だぜ。俺は勇者と共に妹の仇を討ちにいく」

「そうか……」


 何か俺の足元で、勝手にドラマが繰り広げられているんですけど。ってかやっぱりこのちょっと枯れたネギ、長老で合ってたんだな。


「勇者様、もう遅いので今日のところはゆっくりお休みになられてくださいませ。明日の朝出発することにしましょう」


 え。それだと明日の大学の講義に間に合わないじゃん! 今から乗り込むつもりだったのに!?

 しかしそんな抗議をする間も無く、俺は大量のネギ達に押される形で、別室へと案内されてしまったのだった。

 ちなみに俺がずっと摘んでいた暗殺ニラの死体(?)は、部屋に入る際にネギ達に没収されてしまった。

 くそ……。ニラ玉スープが……。

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